『花を手折る』
アルカヴェ、ナリカヴェ、セノカヴェ、同時空オメガバースパロ
※全部妄想です。信じてはならない。
※教令院妄想から始まります。
※通常のオメガバース設定には無い設定があります。
※名前ありモブが喋ります。やさしいせかい。
※全員初書きです。口調諸々不慣れです。
※なんもしんじてはならん。


 しとしと、雨の降る日だった。ゆっくりとした雨音が三人の足音を消していく。
 妙論派の研究室の一つ。なかなか入れないと噂のそこで待っていた教授は、三人を迎え入れると慎重に扉を閉めた。

 このテイワットには男女の性別に加えて、バース性というものが存在する。
 大勢が持つベータ性はごくごく平凡な、特徴のない者とされる。ある種、特徴といえるのは、アルファとオメガのフェロモンに影響されない者が多いことだろうか。耐毒性が強いとも言われている。
 少数はアルファ性を持つ。カリスマ性とリーダーシップに優れた性であり、男女共に、子種を生産し、ベータ性の女性やオメガ性の男女を、孕ませることが可能である。また、フェロモン操作が得意であり、特定の相手をマーキングしたり、フェロモンを使って他のアルファ性を威嚇することが可能である。ただし、大抵のアルファ性はオメガ性のフェロモンに弱い。さらに、アルファ性には特定の感情を持つ相手を守るために過度に攻撃的になる、ラットという状態に陥ることがあり、案外自身のコントロールが難しい性である。
 そしてさらに少数のオメガ性は、女性であれ、男性であれ、子宮と卵を持ち、孕むことが可能である。大抵のオメガ性は三ヶ月に一度の発情期(ヒート)があり、この期間はオメガ性のフェロモンを撒き散らしてアルファ性を手当たり次第に誘惑してしまう。また、このヒート期間は理性や記憶が曖昧になりがちであり、普段ならしない言動、ありえない言葉を放つ可能性がある。
 このオメガ性のヒートの際のフェロモンを制御するのが番制度である。制度とは言うが、これは法で定められるより前に決まったバース性の根源たる制度である。オメガ性のうなじをアルファ性が噛むことによって、番が成立する。番となったオメガ性とアルファ性は物理的に距離が離れすぎると強い不安感に苛まれるが、オメガ性のフェロモンが番相手にしか効かないものへと変化する。
 ただ、この番制度には根深い問題がある。アルファ性ならばこの番制度を無理矢理解消できるのだ。無理矢理番を解消させられたオメガ性は半身を失ったような喪失感に苛まれ、気が狂い、自死へと至る。
 また、この番解消はどちらかが亡くなった時にも起こるが、その際には自死に至るほどの狂気には苛まれないようだ。
 このような特徴から、バース性は多数派であるベータ性に煙たがられ、迫害の対象であった時期もある。だが、今ではフェロモン抑制剤や避妊薬の薬効の向上、副作用の低下報告などもあり、バース性であっても、平等な教育や保障を受けられるようになっている。社会で活躍するアルファ、そのアルファになくてはならないオメガ。オメガが活躍するためにも、アルファは必要である。ベータ性の認識はこのようなものとなっている。
 ただ、混血が進んだ現代のテイワットにおいてはバース性は果たして三種なのだろうかという疑問も提議されており、不安定な情勢は続いていた。

 それはここ、スメールの教令院においても同じである。
 よく来てくれたね。妙論派の教授は優しく笑い、三人に椅子を勧めた。呼び出されたのは、アルハイゼン、ティナリ、セノ、である。学派が違う者同士であるが、三人は落ち着き払って椅子に座った。その堂々たる振る舞いは、彼らが優秀なアルファ性であることを示していた。
「まず、私は妙論派の教授……君たちは知らないだろうから、まあ、アイと呼んでくれ」
 アイはベータ性の女性であるようだが、アルファ性の男子学生三人に怯むことなく、柔らかな口調で言った。
「呼び出したからには理由がある。妙論派の星のことは知っているかな」
「カーヴェ先輩のことですか?」
 ティナリが言うと、その通りとアイ教授は肯定した。
「彼はとても優秀な学生だ。優秀な頭脳は勿論、気難しい生徒が多いこの教令院の中で誰にでも等しく、平等に親切に接する。実に何者にも変え難い学生だよ」
「噂は聞きます」
 セノがはっきりと告げた。噂程度にしか知らないという意味である。セノはあまり院内で見かけないアイをやや警戒していた。そんなセノにアイは苦笑だけしか反応しなかった。
「ただ、これは内密な話になるんだが、」
 アイは絶対に秘密にしなさいと先に言ってから告げた。
「彼は、オメガ性なんだ。それも、強いオメガ性であることが血液検査で判明している」
「強い、オメガ性?」
 セノが瞬きをした。ティナリが眉を寄せる。ここでアルハイゼンが淡々と言った。
「異国ではあるが、文献では見かけたことがある。ただし、オメガ性も多様だ。どのような"強い"オメガなのか説明してもらおう」
 アイは勿論と頷いた。
「カーヴェの通常時のフェロモン値は他のオメガ性と大して変わらない。ただし、アルファのフェロモンの受容体が未発達のままなんだ」
「それではアルファのフェロモンを感じられないのでは?」
「ティナリ君の指摘は最もだ。実際、カーヴェはアルファのフェロモンを殆ど感じられない。一応、毎年の診断で徐々に回復傾向にはあるが、未発達で止まっているというのは決して過言ではない。ただ、経験則としてアルファのフェロモンだろうな、というものを感知しているに過ぎない。本能として感じることができないんだ」
「つまり、アルファのフェロモンが感じられず、オメガのフェロモンは生成され、分泌されている、と」
 ティナリの言葉に、セノがふむと頷く。アルハイゼンがそもそもと言った。
「オメガ性のフェロモンはアルファ性のフェロモンにより誘発される、という研究結果もあるが、それが体質的に不可能だということか」
「そうだね。その点としてはオメガとしてとても、幸運ではある。無理矢理発情期にさせられることもない。で、だ」
 頭が痛いことなんだが、とアイは言った。
「カーヴェはまだ発情期が来た事がない。さらに言えば、生理も未だだ。子宮の発達が遅れている可能性も高い」
「カーヴェ先輩は何歳なんだ?」
「セノ君の質問は最もだ。彼はもう、今年で十八歳だ」
「その年齢で、未だなんですか?」
 ティナリが驚いている。セノも驚いていたし、アルハイゼンも分かりにくいが驚いていた。三者三様ながらに驚きを与えたことを、アイはまあわかるよと米神を抑えて言った。
「あと、まあ、更に問題があるんだが」
「更に、ですか?」
「まだ血液検査の結果でしか分かっていないが、カーヴェの発情期時のフェロモンと、意識の剥離……ああ、発情期の際にオメガの意識が朦朧とする話は聞いているかな?」
「文献にはある」
「アルハイゼン君はよく本を読んでいる。素晴らしいね。で、その意識の剥離がおそらくかなり大きい。発情期のフェロモンも、普通のアルファでは対応できず、あー、君たちアルファを前にして言うのもアレだが、多分、気を失う」
「理性が削がれるではなく?」
「セノ君のそれは通常の発情期の話だね。カーヴェの場合は自身の意識がほぼ無くなる上に、フェロモンに釣られたアルファを悉く"体に触れさせる前に"倒れさせる。まだ検査結果からの予測でしかないけれどね」
「それは……」
 言い淀むティナリに、アルハイゼンがきっぱり言った。
「対アルファ兵器か」
「人間だよ。生命機械は禁忌だと知っているだろう。この話を要約すると、あまり言いたくはないが、対アルファ兵器並の高性能オメガがカーヴェという人間なんだ」
「……厄介な」
 セノの発言に、そうなんだとアイは苦笑した。
「そこで、私は君たち優秀なアルファ三人を呼び出したわけだよ」
「実験体か」
「気を悪くしたらすまない。だが、もしカーヴェのヒートが来たとして、倒れずに対応できるアルファはいないかと探った結果、君たち三人を呼び出させてもらった。ちなみに、君たち個人個人ではカーヴェには対応できないので、三人がかりでカーヴェの発情期を押さえ込むことになると思う」
「フェロモン操作をするにしても受容体が未発達では意味がない」
「あ、うん。そう。だから、有り体に言うと、三人分の精液でカーヴェの胎を満たして彼の発情期を短期間に止めてほしい」
「……乱交しろ、ということか?」
 セノがものすごく気が乗らない言葉を放つ。ティナリとアルハイゼンも引いていた。アイは頼むと眉を下げた。
「非常識なのは分かっている。だが、それだけカーヴェの才能が教令院には必要なんだ。三ヶ月に一度、一週間も続く発情期に振り回されて、彼の研究に遅れが出るのは厳しい問題だ」
「三ヶ月に一度、一週間。それは通常の健康なオメガ性の場合だろう」
 アルハイゼンの指摘に、そうなんだとアイは力一杯頷いた。
「まだカーヴェの発情期が来ていない以上、周期も期間も全くわからない。だが、その対策を練らないなんて愚策はできない」
「そもそも、僕たちに番になりたいオメガできたらどうするんですか」
 それならとアイは言った。
「そもそも君達にカーヴェの番になれとは言っていない。相手をしてほしいだけだ。カーヴェは番を得ても、相手がどのような状態に陥るか不明だ。カーヴェ自身、番を欲してはいないよ」
「意思確認したんだな」
 セノの安心した声に、まあねとアイは言った。
「私の話した全てはカーヴェに事前に確認したことばかりだ。でも、君たち自身が彼の口から意見を聞きたいだろう。私としても、カーヴェの言葉を直に聞いてほしい」
 アイは行こうかと立ち上がる。
「カーヴェには妙論派の応接室で待ってもらってる。すぐ近くの部屋さ」
 そうしてアイに連れられて、三人は応接室に向かった。

 応接室の前でアイが立ち止まる。ノックすると、どうぞと声がした。
 アイを先頭に、四人が応接室に入ると、なにやらメモをとっていたらしい男子学生が顔を上げた。
 真っ赤な目、金色の髪。真っ白な肌。その肌に馴染む、金色をした金属のチョーカー。愛らしい見た目ではある。だが、オメガ性の特徴でもある、庇護欲を掻き立てられるような弱い人間には見えなかった。
「君たちが例の三人か。ええと、まずは謝らせてほしい。僕の体質のせいでこんな事に巻き込んでしまってすまない」
 彼は頭を下げた。そして顔を上げる。
「僕はカーヴェ。一応、君たちより先輩になるのかな?」
「ティナリです」
「セノだ」
「……アルハイゼン」
「そうか。とりあえず、まずは君たちには拒否権がある」
 目の前のオメガが何か言い出した。三人は思わず戸惑う。カーヴェは柔らかくも冷静に言った。
「この役目は院が用意したものだが、辞退はいつでも構わない。辞退の期間は、僕が初めてのヒートを迎えるまで。ヒートを迎えた時点で辞退していないと、否が応にでも対応してもらわないといけない。じゃないと、多くのバース性専門医が指摘した通りに、僕は研究が一度止まってしまうし、あー、周囲のアルファを気絶させてしまう。気絶ならまだいい。命の危険すらある」
 そこまでは聞いてなかったが。三人の心を読むようにカーヴェは言った。
「最悪の想定さ。僕の才能が惜しくて、なおかつ、アルファたちの才能が欲しい院、あとは僕の心配をしてくれる妙論派の仲間の心添えで今回の話がまとまってる」
 まあ、とカーヴェは微笑んだ。
「そもそも、僕は卒業するまでヒートが来ないかもしれないし、一生ヒートを迎えない可能性もある。だから、辞退は気軽にね。それには僕は神の目がある。アルファに特別守ってもらわらないといけない事態にも早々ならないさ」
 楽観的な見方に、自然と三人にのしかかっていた責任が軽くなった気がした。ティナリは言う。
「僕らが辞退したらどうするんですか?」
「ん? その場合は院がまた別のアルファを連れてくると思うよ」
 でもまあ、大きな問題じゃないと思うけれど。そんなカーヴェには危機感が感じられなかった。アルハイゼンが眉を寄せる。カーヴェは気にしないでくれと繰り返した。
「とにかく! 君たちには拒否権があるんだ。それを有意義に活用するんだよ」
「だが、貴方には拒否権が無いんだろう」
 セノの公正さ故の発言に、カーヴェはまあねと肩をすくめる。
「でも、僕も気負わないでいるつもりさ。それに、僕がどうこうできる問題じゃない」
「それはそうですけれど、カーヴェ先輩に一番負担があるのでは?」
 ティナリの問いかけに、さあねとカーヴェはあっけらかんと答えた。
「何せ僕は発情期を知らない。だから、負担もなにも分からない。オメガとして、他のオメガ性のヒートの際にヘルプに行ったことがあるから、まあ、オメガ性のヒートがどういうものかは何となくわかる。で、その上でなんか知らないけど検査結果が意味不明なことを言ってるんだ。どうしようもないね」
「あまりに受動的だ」
 アルハイゼンの指摘に、仕方がないだろうとカーヴェは呆れた。
「オメガにとってヒートなんてものは受動的以外の何ものでもないよ」
 そのからりとした発言に、三人は何も言えなかった。

 アイはカーヴェと話す事があるからと、アルファ三人を見送ると、すぐに研究室に戻って行った。
 残された三人は、とりあえずと深く息を吐いた。
「ええと、まず、僕はティナリ、セノとは面識がある。と言っても、授業で見かけた程度だけど」
「同じだ。ティナリは目立つからな」
「いや、セノも目立つよ……あ、僕は十七歳」
「同じだ」
 きみは、とティナリがアルハイゼンに声をかける。アルハイゼンは無表情で告げた。
「十六歳だ。名前はアルハイゼン」
「見かけた事ないけど、いつ入学したんだい? とてもその、目立つ見た目だと思うんだけど」
「去年まで自宅学習していた。祖母が学者だったからな」
「なるほど。それは良い環境があったね」
 にしても。セノが遠い目をする。
「番にならず、子種だけ胎にいれて、おそらくあれだと妊娠も不可。常識的に意味が分からない」
「非常識だ」
「まあ、分かるよ。ただ、生論派として、あの先輩の本能がどこにあるんだろう、とは疑問に思うね。だってオメガは植物でいうところの花だろうに……」
「意思も今ひとつ理解できなかったな」
「非常識極まりない」
「君たち本当にあけすけだね」
「ティナリも相当だが」
「そうかな。で、降りたい?」
 その言葉に、アルハイゼンが真っ先に答えた。
「まず過去の類例を探すべきだ」
「ああそういう……」
「何も知らずに拒否権を使うのも癪だ」
「アルハイゼンは負けず嫌いか?」
「これ戦いなの?」
「二人はどうなんだ」
「僕はもうちょっとカーヴェ先輩と話してみたいな」
「意見をきちんと聞き出したい。公正な判断力があるかが気になる」
「……なるほど」
 つまり、全員が様子見、ということであった。

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