カーヴェの意識が戻ってくる。目に光が戻ってきた。ぱちぱちと、瞬きをする。
「うん? なんか長い夢だったな」
 眠そうな、彼に、何も言えない。というか。とりあえずカルラは言った。
「それは夢ですか?」
「うーん、よく思い出せないけど、夢だろう? 夢だったし、夢だと思ったし」
「夢を認識していたんですか? 夢の中で?」
「え、夢だから、そういうものかなって」
「普段から夢の中で夢を認識しますか?」
「いや、無いなあ。変な夢だと思ったから、最初はかなり戸惑ったよ。夢の中で」
 カルラは額をさすっていた。ディルックは何も言えない。テルが言った。
「今話したことを、もう一度話せますか?」
「何か話したかな。長い夢の話はしたけど、もう一度? よく思い出せなくて、霞がかったような」
「ええっと、それは何ていうか、ぼくはそういう話に疎くて」
「疎い? 夢だろうに」
「あの、夢の中で、これは夢だろうってなかなか分からないんです」
「そうなのかい? 確かに初めてのことだったかな? いや、何度かあった気がする。あまり夢に詳しくなくてね」
「スメールってそういうところなんですか?」
「個人差はあると思うけど」
 ディルックは本当に何も言えなかった。
「ディルック? どうかしたかい? 顔色が悪いけれど」
 カルラとテルが顔を上げる。ディルックはもう本当に何も言えなくて。現実を直視するのがとても面倒というか、投げ出したいというか、だが、カーヴェは悪くないのだろう、とは思う。夢だと思っていただろうし、彼にとっては実際に夢だった。
 だが、まあ、相手にとってはそうではないのだろう。
「少し待ってほしい」
「うん?」
「旦那様?」
「どうかしましたか?」
 三人の無垢な目に、ディルックは胃が痛かった。記憶に重なる点がある。重ならない点もある。そういうことである。
 カーヴェは悪く無い。たぶん。夢だと思っていて、相手は小さな子どもだった。まあ、成長したし、夢であって夢では無いみたいな状況だったのだろう。
 本気で胃が痛い。
「ディルック?」
「ああ、うん。とりあえず、その花畑はここと似てるね」
「そうですね。とてもよく似てます。生き物がいなくて、透明な壁、ガラスがあって。白い花畑じゃないですけど!」
「古代種の花ばかりなのも同じですね。パティサラだけ古代種じゃないのも。ただ、ここはカラフルですし、椅子とかも置いてあります。中央はこうやって、石畳があって、地下には機械があるので、違うところもたくさんあります」
「すごく長い時間が夢の中であったんですね。戦火とか。戦っていつですか? わたしちょっと分からないです」
「ぼくもさっぱりです」
「戦って?」
「さっき先生が言ってました!」
「ごめん、僕には君たちが何を言ってるのかよく分からなくて。夢の中とここが似てるとしても、夢と現実は違うよ。それに、もし同じ場所だとしても、時系列が合わないんじゃないかな。だって、ここは恐らくとても長い間、存在してる。で、夢の中だっけ。とにかく、この小さな庭が大きく変わったことはなかなか無いように見えるよ。屋敷が建てられて、整備されてからは変わらないんじゃないかな。年代を特定できるようなものが特に無いけれど。多分、代々の庭師が管理してたんだろうね。機械に元素を注げなくても、表面上の管理はできるから」
 ディルックは胃が痛かった。
「ディルック、大丈夫かい?」
「何というか、夢と現実は違うものだけどね」
「うん」
「例えば、相手にとっては夢じゃないとしたら、カーヴェはどうする?」
「そんな事、起きないだろうに」
 ディルックは額に手を当てた。気が遠くなる。子どもたちは不思議そうだし、カーヴェは長い金髪を揺らしてキョトンとしている。無垢である。三人とも、純粋である。ディルックも知らないふりがしたい。聞かなかったことにしてもいいだろうか。いや、現実で起きていることが解決しなければ、カーヴェは怖い思いを続ける。何なら、このままでは、恐らく、と考えてゾッとする。
 誰がどう手を組んでいるのか、そもそもの実行犯が誰なのか。さっぱり分からないが、関係者の一部は炙り出せたとする。ディルックはひとまずと言った。
「マルガレーテに会いに行こうか」
「どうしてだい?」
「彼女は詳しいからね」
 色々と。

 ディルックの案内でメイドのマルガレーテの元に向かう。お戻りですかと彼女は言った。ディルックは落ち着いてと言って聞いた。
「落ち着いて聞いてほしいのだけれど、」
「はい」
「あの、あれの好きな花って何だったかな」
「あれ……ああ、」
 マルガレーテは言った。
「白いパティサラですよね。大切にされてました。存在しない花だと思うので、どこで手に入れたのかと不思議に思いました。よく覚えてます」
 ディルックは、ああうんとか、何とか、返事をするしかなかった。マルガレーテは不審そうだし、子どもたちは白いパティサラだと驚いているし、カーヴェは白いパティサラなんて存在しないよなと首を傾げている。そういうところなのである。各自。全員に言える。
「旦那様、何か分かったのですか」
「マルガレーテ、すぐに連絡を取れると思うかい?」
「全く思いません」
「僕もだよ」
 子どもたちは顔を見合わせて首を傾げている。カーヴェは連絡を取りたい人がいるのかと不思議そうである。ディルックは何も言えない。ただ、マルガレーテは察しが良いのである。
「何かお分かりになりましたね?」
「うん。まあ、彼の周囲で不審なことがあっただろう」
「花の方の周りで、沢山ありますね。関連があるのですか?」
「マルガレーテから考えて可能性はあるかい?」
「……少しは考えました。けれど、そもそも屋敷に来ないのでは?」
「複数人が関わっていたらどうかな」
「組織的犯行だと?」
「そこまでは言ってないんだけどね。そうなるかもしれない」
「何故はっきりと仰られないのですか?」
「彼の記憶がそもそも曖昧なんだ」
「花の方の? 記憶力は確かだと思いますが」
「夢だって」
「夢?」
「彼にとっては夢で、あれにとっては夢じゃないとか」
「そんな事ありますか?」
「僕も無いと思うけど、記憶に一致する点が多くてね」
「例えばどのような」
「白いパティサラ、白い人、七歳の旅行」
 ディルックの言葉に、マルガレーテは反応する。そして、怪訝な顔をした。
「それが、花の方にとって夢だったと」
「そうなってるかもしれない」
「そうだとしたら、あの、頭が痛いです」
「僕は胃が痛いかな」
「私は花の方を守ることしか出来ないです」
「そうしてほしいよ。僕は城の方で探るしかないかな。あとは旅人にそれとなく聞くとか」
「それは確実に花の方が危ないのでは?」
「僕としてもそう思うよ。でも、これ以上、悲しませるのは嫌だからね」
「それはそうです」
 その時、ふっとカーヴェが言った。
「初日に、このワイナリーの前に少年がいたよ」
「少年かい?」
「うん。不思議な子だった。こことは無関係者だって言って。ただ、夢を見たねって聞いてきたんだ」
 カーヴェは不思議そうだった。マルガレーテは眉を寄せている。ディルックとしても初耳だ。
「ええと、その子はこう言ったかな」

『夢が夢であるとは限らないし、夢と現実は変わらない。記録と記憶は違うけれど、そこに形がなければ、大概は同じさ』

「だから、僕はこう答えた」

『夢というものに、僕は詳しくないけれど。形がなければ概ね同じというのは何となく分かるかな』

「そうしたら、少年は明るく笑って、またねってどこかに走って行ったよ。彼は誰かな? 無関係者とは言っていたけど、その時、僕は依頼で来たんだって言って、その反応が無関係者という返事だったから。何か知っていたのかなって」
 ディルックは米神を押さえた。
「ディルック?」
「念のために聞くけれど、今の言葉はそっくりそのまま言っていたんだね?」
「うん。記憶にはそれなりに自信があるから、間違えてないと思うよ」
「そう。それで、分かるという返事をしたわけで」
「形が無ければ計りようがない。それは現実的な話ではなくて、空論になるかもしれない。でも、実際、そこに形が無ければ、何も比べられない。比べられないものを、違うもの、と断定はできない。ならば、文の構造として、同じ、ということになるよね」
「そう、なるかな」
「花の方は学者ですね」
「うん?」
「いや、多分、その少年の言いたかったことは前半なんだろうね」
「前半? 夢が夢とは限らなくて、夢と現実は変わらない? 記録と記憶は違うけれど、形が無ければ……。ええと、夢が夢と断定するには、定義がいる。夢は脳の見せる個人のものだろう。だから比較はできない。よって、限らない、とかは言い切れない。却下だね。で、夢と現実は変わらない、というのは、それこそ意味がわからないだろうに。文章が成立してないよ。まあ、書き出しとしてはロマンがあると思う。だから無闇に切り捨てはしないね。相手は少年だし。ええと、次に記録と記憶が違う、か。それはその通りだろう。記録とは事実あったこと、または、記録者が記録したいと思った事が、形として残っている必要がある。つまり文面だね。これは古代から粘土板や木の板など、紙に限らず残っている。文字がそもそも成立している必要があるけれど。で、記憶は個人の認識、または二名以上の集団の共通認識だろう。個人の場合は形という記録にしない限り、何とも証明できないね。共通認識となると、対話による証明が可能になる、ただ、認識が食い違うことがある。これが記録とは違う、あやふや、な点だ。つまり、後半に繋げるならば、形のあるものが記録、形のないものが記憶になる。全くの別物だね。これでいいかい?」
「先生、長いです」
「ぼくも分からないです」
「うーん、文章になるから僕は詳しく無いね。後輩が詳しいよ。知論派だし」
「学者ですね……」
「僕はどうしたらいいかな」
「どうにもならないです。これは、たぶん」
 マルガレーテは遠い目をしていた。ディルックも遠い目をしていた。
「人間性かな」
「欠如というものですね」
「僕も欠点が多いよ。人間だからね。普通のろくでなしさ」
「いえ、その、何と言いますか、多分、分からないから、会話なさるのですね」
「それはそうだよ。自分と他人は違うからね。だからこそ交流をして、相互理解のために努力しなければ、いつまでも分からないままさ」
「そうなってしまうのですね」
 マルガレーテは浅く頷いた。決定的に、カーヴェは人の心が分からないのである。だからこその博愛であるし、立ち振る舞いである。表面的に穏やかで人に笑いかけるからこそ、その内面との落差に周りはついて行けないのである。現在のディルックとマルガレーテはそうである。子どもたちはよく分からない顔をしている。まだ分からなくていいのだ。たぶん。
「たぶんですが、旦那様」
「何かな」
「これはもし出会ってしまった場合、事故になるのではありませんか」
「現実で事故が起きてるよ」
「ああ、そうでしたね。髪が長くなってしまいましたね」
「髪の長さが、今、関係あるのかい?」
「ずっとその話ですよ」
「ええ?」
「とりあえず、子どもたちは各自の持ち場に戻ってください。花の方は少し休みましょう」
「それは構わないよ。何だか、怖いというか、よく分からない事態になっているし」
「現実問題として、そうです。花の方が不審者に狙われたり、体が一夜にして変わったりしています」
「そうなんだよね。このまま何もしないと、また何か起きそうだろうに」
「そうなのです。とりあえず寝てくださいませ」
「そうするよ。おやすみ、マルガレーテ、ディルック」
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
 カーヴェは部屋に入った。子どもたちはもう立ち去っている。さて、である。ディルックは言った。
「怪しいのは、あれと、シロサギさんだ」
「経緯をお聞かせください」
 ディルックは先程までの内容を掻い摘む。マルガレーテはどんどん目が死んでいく。
「とすると、このままだと、花の方が本当に花嫁になってしまうのでは?」
「そうなるね」
「それは流石に国際問題というか、国交とかそういうことになるのでは?」
「彼の後輩と友人というのが、そもそも国の中枢人物たちだからね。そして、彼らのことはよく知らないけれど、思い切りはあるはずだよ」
「……先手が必要ですか?」
「というより、旅人が先に分かりそうなものだね」
 恐らく屋敷に嵐がやってくる。

ということで嵐である。
「すまない、こちらで元素の塊が壊れたと話題になっているのだが」
「帰ってくれ」
 旅人ではなく、その仲間、が来た。

 マルガレーテに案内を頼むわけにもいかない。ディルックは来客をカーヴェの元に通した。カーヴェはその頃は休んでいた。元素を自然回復させたいのである。しかし、すぐに気がついて、目を開き、驚く。
「鍾離先生?!」
「ああ、元素が底をついて……影も気にしていたのだ」
「誰のこと?」
 ディルックは遠い目をした。国の中枢っていうか、何というか。
 完全に神々との関わり合いである。これで少年とやらもウェンティで確定だし、何ならナヒーダとも会ってるだろう。何一つ、相互理解が無いが。
「とりあえず、そこに寝ているといい。元素を回復させよう」
「できるのかい?」
「俺たちなら何ら問題なく出来るぞ」
「うん? そうなんだね」
「そういうことだ」
 話が進むのか。ディルックは思った。
 とりあえず、カーヴェは横になり、鍾離は手袋を身につけたまま、カーヴェの額に手を当てる。そのまま目元を覆うと、元素を流しているようだ。カーヴェは特に何も無いのだろう。鍾離が手を離すと、目を開いた。
「体が軽くなったよ。え、元素?」
「誰にでも出来るわけではない」
「そうだと思う。というか、何で鍾離先生が来たんだい?」
「岩元素の塊を使っただろう? すぐには分からなかったが、ゆっくりと分かるものだな」
「あ、岩元素の塊。アルハイゼンが言ってたな。本当に鍾離先生だったんだね」
「そうだな。勝手にすまないことをした」
「構わないよ。助かったからね」
「しかし、足りなかっただろう」
「まあ、ここで使う事になるとは思わなかったかな」
「うむ。あと、まだ来ている」
「来ている?」
 ディルックは気が遠くなる。
「カーヴェ! いた!」
「カーヴェさん! 先生もいた!」
「カーヴェ!! 大丈夫か?!」
 旅人、タルタリヤ、パイモンである。
「ええっと、仕事はさせてね」
「髪が長い……」
「その事は僕も分からないかな」
「カーヴェさんちょっとさあ、危機感を持ってよ」
「タルタリヤ君は何で兄目線なのかな」
「生きててよかったぞ!!」
「大丈夫、生きてるよ。言ったじゃないか」
「カーヴェのそれはフラグなんだよ」
「旅人??」
「とりあえず何が起きてるか説明してね」
「タルタリヤ君、ちょっと怖いよ」
「ああ、元素についてはまだ足りないだろう。そのうち元素を渡したいとナヒーダが言っていた」
「ナヒーダって誰?」
 何らかの形で出会っている。ディルックは頭が痛かった。
 なお、メイドのマルガレーテは全員分の紅茶を淹れて持ってきた。

「とりあえず、タルタリヤ向けのカーヴェの説明としては、教令院の妙論派の栄誉卒業生であり、職業は建築デザイナーだよ」
「そうなんだ」
「なお後輩兼ルームメイトはアルハイゼン。友人にティナリとセノ。コレイとも仲良しだね」
「駄目じゃん」
 タルタリヤのそれに、カーヴェは悪い人たちではないと説明している。鍾離はパイモンと菓子を食べている。鍾離は知っていたらしい。だろうなとディルックは思う。

「僕はここに庭師として呼ばれてて」
「絶対に違う職業じゃん」
「詐称になるね。ただ、庭師として来るしかなかったんだよ、最初は」
「で、今は何が起きてるわけ?」
「守秘義務があるというか、正直なんか色々と怪しくなってて」
「ディルック、どうなってる?」
「僕からは全て話していいと思うよ。まあ、カーヴェの認識は」
「僕の認識?」
「その後に僕が追加で説明するからね」
「うーん、でも庭のあれに関しては、実際貴重だよ」
「そのせいであなたが倒れているんだけれど」
「確かに!?」
「カーヴェ?」
「カーヴェさん、ちょっと話してくれるかい?」
 旅人とタルタリヤ、および鍾離に説明である。ちゃんとディルックの見解も告げた。なお、例の名前は伏せておいたが、カーヴェ以外の全員が気がついた。

「……アルハイゼンたちにはバレないように始末しないと」
「そうだね相棒」
「始末ってどういうことだい?」
「とりあえずナヒーダを呼ぶね」
「ナヒーダって誰?」
「てか、元素不足って起こるんだね?」
「ああ、僕には起きるね。他にも居るのかな」
「聞いた事ないんだよ、分かる?」
「タルタリヤ君はどうして兄目線なんだい?」
「カーヴェさんが危なっかしいからだよ」
「タルタリヤ君の方が年下なのに」
「もう関係ないよね。何が起きたか認識しててそれなわけ?」
「恐怖感ぐらいはあるよ」

「ああ、ここにいたのね。わたくしの民……」
「どちら様だい? あ、待って、二回ぐらい会ってる?」
「ええ。あなたが幼い頃と、あの夕方に。わたくしはナヒーダ。無遠慮に夢の話をしてごめんなさい。少しでも自覚してほしくて」
「何をだい?」
「だって、あなたは人に愛されているのに、全く自覚がないのだもの。わたくしは心配で。でも皆は止めるの」
「皆? ええと、ナヒーダさんは周囲に止められたのかい? 大変だね」
「ええ。本当に。元素は渡すわ。あと、幼い頃の約束は、きっと覚えてないでしょう?」
「歌を教えてくれたのはナヒーダさんだね」
「ええ、必ず忘れないでと約束したのよ。覚えていたのね、嬉しいわ」
「うん。僕が知っている歌はずっとそれぐらいだったよ」
「良かった。わたくしも救われたわ」
「あ、体が」
「体温が戻ったわね。もう大丈夫よ」
「ありがとう。ナヒーダさんは鍾離先生と友達か何かなのかい?」
「そうねお友達よ。皆ね」
「うん?」

「おはようございます!」
「綾華さん!?」
「はい。雷電将軍より文と贈り物です」
「どちら様? 文は、長いね。えっと、これは皆の前で読んでも大丈夫なのかな。読むけど」
「あ、皆様お久しぶりです。今お兄様とアルハイゼンさんが戦っていて」
「引き留めてくれてありがとう綾華」
「え、何してんの? それはカーヴェさんが何かしたの?」
「文ありがとう」
「読むのが早いですね! 流石はお姉様です!」
「誤解を生むからやめてね。贈り物は、わあ、すごい量の宝石の原石だね。全て稲妻産だ。え、よく揃えてあるね」
「装飾品はカーヴェさんが一番似合う形が良いということだそうです」
「普段からわりと装飾過多なんだけど。というか、わかった。あの黒い着物のひとだね。随分と気に病んでいたから心配ではあったんだ。元気かな?」
「それはもうとびきり」
「カーヴェさんは稲妻で何してんの??」
「タルタリヤ君は何で兄目線のままなんだい?」
「いやもう、過去を自分で振り返ってほしい。本当に。俺、すごい心配なんだよね」
「そこまで?」
「あと多分装飾品にするなら先生が早いよ」
「あら、わたくしの民よ」
「張り合って来るなあ!!」
「ナヒーダさんも見るかい? 綺麗だよ」
「ほんとうね」
「もうやだ。でもこの人が心配すぎる」
「どこでお知り合いに……?」
「綾華、カーヴェは個人で各国を飛び回ってるの。わりと、たくさん」
「そうだったのですね」

「カーヴェ、とりあえず俺が来た。ティナリはコレイと各所を回っている。アルハイゼンも一通り」
「セノ! え、みんな仕事は?」
「それどころではない」
「何で?」
「わたくしはここよ」
「もうこの部屋で仕事がある程度できる」
「何で??」
「あと、俺は普通にオフだ」
「うん。私服だね」
「花束を揃えてきた。花屋の常連客たちからだ。あとシティの人々からも一式ある」
「皆してすごいね」
「村のレンジャーたちからと、砂漠の民からも、色々とある」
「皆、大変なのに……」
「今一番大変なのはカーヴェだろう」
「何で?」

「カーヴェ! 吐血って本当?!」
「カーヴェさんっ! きたぞ!」
「ティナリ! コレイ!」
「元素は大丈夫そうだね。というかこれ誰から? えっ」
「俺だな」
「わたくしもよ」
「カーヴェはいつどうやってあの、二方と、出会ったのかな」
「町を歩いてたらかな?」
「何でそうなったの」
「カーヴェさん、これ、お花だぞ!」
「コレイ、ありがとう。綺麗な花だね」
「それは知らない花ですね」
「わあっ?!」
「綾華さん。これはスメールの、ええと、村の方の花だね。野生だよ。ドライフラワーにしてくれたんだね、ティナリの教えかな」
「うん。僕が教えたよ」
「俺は切り花で忙しかったからな」
「それで! かぞく!」
「コレイ、その話は落ち着いてからにしよう」
「ううっ」
「よしよし、泣かないでおくれ」

「こんにちは」
「こんにちは!」
「綾人君とトーマ君! 仕事は大丈夫かい?」
「将軍が来ると言っていましたので」
「うん? あの黒い着物の? 宝石あんなに貰ったから大丈夫なのに。まだ気に病んでる?」
「いえ、とても楽しそうでした。二人で来るそうです」
「二人?」
「八重神子と将軍で」
「八重さんって、もしかしてあの話し上手な人かい?」
「えっカーヴェさん本当に会ってたんですか?!」
「うん」

「カーヴェ」
「うわっアルハイゼン!」
「君は大人しく出来ないのか。甘やかされた子どもか?」
「君こそ大人しくしてないだろ! 大体、また睡眠不足だろその顔は! 食事は?」
「いつも通りだ」
「君はそうやってすぐやれることをやらない! 掃除は?」
「変わらない」
「帰ったら大掃除するからな!! その間、君は外出しろ!」
「当然だ。やることがある。君が各地で色々と騒ぎを起こしていたと聞いた。俺は知らないが、君が倒れると困る人間が山ほどいる」
「いや困る人間に関しては君の方が多いだろ?!」
「そこの二人はどちらも倒れると困るんだが」
「真面目にスメールが回らないよ」
「ふふ、優秀な民がいてたすかるわ」

「面会だよ」
「え、僕? 誰と?」
「とりあえず客人は全員屋敷から出ないでほしい。ええと、本当に、カーヴェは言葉を間違えないように気をつけてね」
「言葉?」
「髪はどうしようかな」
「まだそのままだね。歩きにくいから結ぼうかな」
「カーヴェ、本当に会うの?」
「旅人? そもそも、僕は誰と会うかな?」
「カーヴェさん、本当にさあ、多分話を聞く限り、両方悪いからさあ」
「タルタリヤ君はどこ目線なんだい?」
「わたくしはとても心配よ」
「ナヒーダは下がろうね」
「相棒はそのまま引き留めてて。とりあえずあの旦那に任せて」
「ディルックが何?」


[newpage]


 かくして、小さな庭である。カーヴェは柵の前までディルックに案内され、中へと進む。誰がいるのか。全く分からないが、中央へと進む。
 青い髪が見えた。覚えがある。いや、背丈はだいぶ成長している。ナヒーダがまじないを解いたという。カーヴェは長い夢を覚えている。
 振り返る。懐かしい子だ。
「おかあさん」
「ガイア君、成長したね」
「そうだな」
「僕より身長が高いかな?」
「そうかもしれない」
「夢だと思っていたよ。いや、夢だけれど、曖昧な場所だったみたいだね」
「俺はよく覚えていたんだ。ずっと」
「あんなに小さかったのに、よく覚えていたね」
「声も忘れそうだった」
「はは、それはそうさ。人間はまず声を忘れる。僕のことを忘れて良かったのに」
「おかあさんとして一緒にいたのはあなただけだった」
「そうなのかい?」
「あまり聞かないでほしいんだ」
「分かった。聞かないよ」
「ありがとう」
「うん。この髪はガイア君が望んだのかい?」
「大体はそうだな。色んな人が協力してくれた」
「うーん。とりあえずシロサギさんは確定として。他は?」
「おかあさんのご友人方だ」
「えっ、それはたぶん皆が教令院卒になるんだけど。よく声をかけれたね。各地に散らばっているし、必要がなければ僕から連絡も取らないし。皆はなんだって?」
「そんな面白そうなことなら絶対に協力したい、だそうだ」
「うわ、やりそうだ。皆、変わってるからな。僕も含め」
「おかあさんは変じゃないぞ」
「そうでもないよ」
「ところで花嫁になる予定はあるかい?」
「特にないね。え、何か方法とか立ててたのかい? いや、友人たちが協力したら何だって出来そうだな」
「俺は殆んど何もしていないんだ。ただ、おかあさんと話をしたいと思って」
「ありがとう。でも、うーん、肉体の性別を変えるという話に聞こえるけれど」
「そういうことだな」
「実際、あの廃墟で一時的に女の子になっていたし、髪は今も長いままか。できそうだね」
「出来ると言っていた。俺としてはおかあさんの決めることだと思うんだが」
「というか、どうして僕の体を変える発想になったんだい?」
「ご友人方のことは分からないが、俺から見たらおかあさんはずっと性別が曖昧に見えたんだ。幼い俺からしたら、どっちでも良かった」
「子どもは素直で正直だなあ」
「どうする?」
「ガイア君はどちらでもいいんだね?」
「おかあさんに変わりはないからな」
「じゃあ変わろう。あまり今と変わらない気がしてきたよ。悩むのが馬鹿らしくなってきた!」
「いいのかい?」
「うん。ガイア君の独断じゃないし、友人たちも協力しているなら、まあ僕のことは筒抜けだったわけだからね」
「筒抜け?」
「秘密だよ」
「分かった」
「素直だね、良かったよ。にしても、随分と泣いていたね」
「聞かないのに?」
「僕の前の話さ! その他は知らないよ」
「良かった」
 カーヴェは腕を広げて、ガイアを抱きしめた。背丈が伸びて、大人になったものである。カーヴェはまたあれから随分と会えない期間があったのだろうなと思った。まあ、聞かないと決めたので、聞かない。ガイアはカーヴェのことを知っているようだが、そもそもカーヴェは名前が知れ渡っているので、調べようと思えば誰でも調べがつくのだ。
「あ、僕はそれなりにろくでなしだぞ」
「それでもおかあさんだからな」
「いいのかい? 優しいね」
「会えないよりずっと良いさ」
「はは、根に持ってるだろう」
「そうだ。最後に言葉を交わしたのが、声を聞いたのが、あんなことだったから」
「旅行だっけ? まあ、言わなかった僕も悪いな。何度も会ってたから、何を話して、何を忘れているだろうか、ということが分からなくなっていたんだ」
「あまり深く考えなくていいんだ」
「学者に無茶を言うなあ」
「おかあさんは難しいことを沢山知っているな」
「そうかもしれないね」
 そこで、ガイアはカーヴェから体を離した。そして、手を差し出す。
「花を作って、おかあさん」
「構わないよ。白いパティサラを作ろう」
 ほら、とすぐに草元素で編み上げて作ると、ガイアの手に渡した。
「あと、どこかに嫁に行くなら事前に話し合いの場を設けてほしい」
「ああ、肉体を変えたら、あるのかもしれないのか」
「俺の元がいいんだが」
「それはまだよく分からないかな」
「ははっ、手厳しいな」
「こっちはガイア君の幼い頃から知っているんだ。どうしてもね」
「倫理観かい?」
「そうだね。あとガイア君も男性だなと思ってしまうと怖いな」
「ゆっくりと、伴侶となった人と解決していってほしい。俺はおかあさんと呼び続けるが」
「ややこしいことになるな!」
「ついでにアルハイゼンにはおじいちゃん呼びを認めてもらったぞ」
「えっそれは本当にびっくりだ! あいつ僕の父親のつもりが本当にあったんだな。あ、なるほど、だから屋敷で会った時に嫌味が少なかったのか。孫がいると思うとあれは喜ぶぞ」
「おかあさんよく分かったな。俺はどう切り捨てられるかと怖く思ったんだが」
「家族というものの愛情をよく知ってるんだ。あれでもな」
「よく分かった。おかあさんのことを沢山聞かれだぞ? でも、お母さんは色々な話をしてくれただろう。あれをよく覚えていたんだ」
「ふうん。僕が一緒だったとよく分かったのかもな。あいつは家族に血縁があるか気にしなさそうだ」
「おかあさんの父親の振る舞いを、嬉々としてやっているからからなあ」
「ああ、喜んでることがわかったなら良かった。ガイア君を泣かせたら、殴りに行かないといけないところだった」
「おかあさんの手は仕事道具だろう? 大切にしていてほしい」
「うん。ありがとう」
 さて。
「ガイア君のことを、皆がすごく警戒していたけれど」
「それはそうだろうなあ」
「だからここに皆が押しかける前に帰らなきゃね」
「また会えなくなるのかい?」
「落ち込んだ顔しないでおくれ。だからいつ、どこで会う? アルハイゼンが認めたなら、あのアルハイゼンの家に、ガイアの部屋を用意してもいいかもしれない。部屋が足りないなら、改築は任せてくれ!」
「じゃあ、もしもお母さんが誰にも嫁入りしなかったり、俺の花嫁になってくれたら、おじちゃんに頼み込んで一緒に住まわせてもらおう」
「父親だからな」
「ああ、俺のおじいちゃんだ」
「ふふ、不思議だなあ」
「おかあさん?」
「僕は家族というものが縁遠くてね。だから、何だかガイア君は本当に子育てした気持ちになっているのかも。だからそっか、夢じゃないなら。この惜しみない母の愛を子として受け止めてほしいな」
「だったら、おかあさんは子どもである俺からの愛をうけとってくれ。そして結婚したらその上に、妻として、夫として送り合えばいい」
「いいなあ。ガイア君に嫁入りするかは分からないけれど、その時はよらしくね」
「ああ、もちろんだ」
 幼く笑うガイアに、カーヴェもまた、あの時のように柔らかく笑ったのだった。


[newpage]


 それから、カーヴェの仕事は使用人の子どもたちへの教育のみとなった。当然、ワイナリーの使用人全員にカーヴェの素性が認知されたが、本人は気にしないでくれとしか言わなかった。嵐のような客人たちは帰ったが、女性陣だけはころころと何かに理由をつけてやって来くる。
 様々なやり取りが各所であったようだが、結果的に、カーヴェは女性へと肉体を作り変えることとなった。

 最初に、女性陣が女性となったカーヴェに面会した。彼女たちはとても楽しそうであり、嬉しそうであった。彼女たちは皆が喜んでいて、受け入れていた。

 しばらくして、ディルックが男性の中で最初に面会することとなった。屋敷の主人であること、そして、女性陣曰く、紳士なので、らしい。ディルックとしては自身は普通だと思う。いや他の面々は何があったんだろうか。考えたくないが。

 そうして、客室に入り、カーヴェを見る。カーヴェは部屋の中で窓の外を眺めていた。そして、ふるりと振り返る。
「ディルック!」
 ふわ、と屈託なく笑うカーヴェは、あまりにも繊細で、美しい。金糸のような長い髪を揺らし、ルビーの目をキラキラと輝かせ、汚れ一つない肌を服から覗かせる。服装は普段の赤い衣の服を肉体に合わせて仕立て直したものらしい。白ではないんだな、とふと思う。きっと、カーヴェが白いドレスを着るのは花嫁として飾り立てられた時なのだろう。
「綺麗だね」
「ありがとう! 服は皆が作ってくれたんだ。僕がデザインは描いたけど、殆んど皆が提案してくれてね。やはり女性の感性は素晴らしいよ」
「今のあなたも女性だよ?」
「そうだね。だけど、そう数日では慣れなさそうだ。まあ、あまり変わらないと言ってくれる人が多いし、僕としてもそうなのかなって思えたんだ」
 穏やかに笑うカーヴェは、背が前よりも幾分か低くなっている。さらに華奢になったなと、ディルックは思う。きっと、男性に触れられるのは怖いのだろう。この体では、さらに、思うかもしれない。だったら。
「手を、」
「うん?」
「手を繋ぐことから慣れた方が良さそうだね」
「手?」
 手を差し伸べる。カーヴェはキョトンとしつつも、自らディルックの手に手を重ねた。そして、その細い指で、ディルックの手に驚いていた。
「えっ! 大きさが全然違う?!」
「前から違う気はするけれどね」
「ここまで違うことは無かったぞ? わ、ええっ、僕が小さくなったことは分かってたけど、ここまでとは」
 滑らかな細い指がディルックの手を撫でて、ルビーの目で観察している。ただ驚いているだけで、恐怖感は無さそうだ。信用と信頼は、感じる。
「どこまで違うと思う?」
「どこまで? うーん、そもそも僕は女性の中でも小柄みたいだからなあ。旅人たちもメイドの皆も、生活について気をつけておいた方がいいことは教えてくれたけど」
「そうなんだね」
「あと髪が長すぎるんだ。長さがこれ、足首ぐらいまであるだろう? これは流石にどうにもならない。切らないと」
「そうだね」
「服装なら、スカートについては、まだ丈の長いものはやめておいた方がいいって。膝の少し上ぐらいが歩きやすいって皆が言ってた。長すぎると足の動かし方に工夫が必要だとか。そもそも服の構造によって変わるらしいけど」
「そう」
「ディルック?」
 そこでカーヴェがディルックを見上げた。無垢な目だ。彼が、彼女が遭ってきた過去は何一つ変わらない。だけれど、あまりにも無垢で、人を信じて、愛がわからないなりに全てを愛している。少女だとか、処女だとか、花嫁だとか。そういうものを、彼女は全て掬い上げて形にしているようだ。美しさを語り、ロマンを語り、人に手を伸ばす。
 その全てにおける無自覚は、時々、周囲にとってとても苦しいものである。
「触ってもいいかな」
「触ってるけど」
「僕からだよ」
「え、あー、それは」
 戸惑っている。怖がる。それもまた、男性の心をくすぐるだろうに、と少しだけ呆れてしまう。それを指摘するには、また彼女が怖がるだろう。きっと。
「駄目かな?」
「うう、心の準備が要る」
「どのくらいかかるかい?」
「分からない……いっそ、今でいいやもう」
 腕を広げた彼女の目は揺れている。でも、ディルックは一先ずと彼女を抱きしめた。びくりと震え、動かないが、懸命に呼吸して、緊張を和らげようとしている。にしても、小さい。確かに成人はしている。柔らかく、細く、力を込めたら折れそうなほどである。
「ん、ディルック?」
「そうだね」
「何が?」
 声は震えていない。そっとディルックの背に、細い腕が回る。とん、とん、と撫でていた。
「ディルックも甘えたいのかい?」
「いや、そうではないけれど」
「そういえば、ディルックって皆に旦那って呼ばれてるんだな。使用人の皆が旦那様って呼んでるのは分かってたけど、旅人たちも呼んでてびっくりした」
 くすくすと笑うカーヴェに、ディルックはそうだねと抱きしめるだけだ。
「僕も旦那様って呼んだ方がいいのかな。身分とか全然違うだろうし、」
「呼ばなくていいよ」
「そうかい? 皆して、そう言うんだね」
「他にも言われたんだね」
「うん。綾人君とか」
「そうなんだ」
 少しだけ、抱きしめる腕に力を強める。カーヴェは不思議そうだ。
「ディルック?」
「こういう時に他人の名前は出さない方がいいよ」
「どういう時?」
「あなたにとって僕は何だろうね」
「ええと、人の良いお兄さんかな」
「友人かい?」
「友人、とは少し違う気がする。ディルックは人が良いから、なんか、悪いなって思うよ」
「どうして?」
「だって、ディルックなら、僕みたいな人間より、ずっと良い友人がいるべきだと思うからね」
「じゃあ、どんな間柄だろうね」
「僕には何とも上手い言葉が見つからないな。ディルックには分かるかい?」
 そこで、相手に言葉を求める。それが危うい。だって、カーヴェは今、もっとも怖いと思っている、男性に抱きしめられているというのに。
「僕にはね、」
「うん」
「告白してくれているように聞こえるよ」
「こくはく?」
 カーヴェはやや間を置いて、もう一度口を開いた。
「すまない、僕また何か間違えたのかな」
「怖くないよ」
「う、うん」
「最初に、あなたは僕を助けてくれたね」
「ええと、そうだね」
「何も聞かずに、聞こうともせずに、あなたも何も言わなかった」
「素性のことかい? でもそれは」
「僕の怪我は、あなたの命を削って治したんだね」
「うわ、それは言わないでくれ。別に大したことじゃないんだ」
「そうとは思えないけれど」
「どうせお人好しさ」
「あなたのそれは博愛だね」
「よく言われる」
「でも、そんなあなたが、僕を人が良いと言うんだよ」
 ねえ、と告げる。
「それはあなたにとって、とても大切なことに聞こえるけれど」
 カーヴェは黙る。
「僕は、確かにあまり、人に、そうは言わないかもしれない。善人と称したことのある人はいるけど、ディルックが善人かと言われたらなんか違うし」
「そうだろうね」
「優しいとは思うけれど、うーん、そう称するのも違う気がする」
「そうだね」
「大体、戦えない僕を、外で一晩寝ないで守ってくれたのは、ディルックぐらいだし」
「そうだったんだ」
「普通はできないだろうに。いや、あの夜は僕も寝なかったけれど」
「そうだったね」
「だから、ディルックはお人好しなお兄さんだと思う。僕の中で、そういう人はディルックだけだから、大切な人だよ」
 そうして、何とかディルックの腕の中で顔を上げる。そのカーヴェは微笑みを浮かべている。美しく、綺麗で、魅惑的である。繊細なのに、そうしていつも受け入れる。危うくて、それでいて、可愛らしい。
 その頭部、髪にそっとキスをする。すると、カーヴェは、わっと声を上げた。
「ディルック!」
「どうかしたのかい?」
「いや、あの、多分知らないと思うけど」
「何がかな」
「髪に口付けはしない方がいい。絶対に」
「どうして?」
「ディルックは顔がいいから本当にやめた方がいい。調べた方が早い」
「どういうこと?」
「うぐっ」
「ええと、教えてくれるかな?」
「……キスの格言。髪にキスは、思慕だからな!」
 気をつけた方がいいと顔を赤くして恥ずかしがるカーヴェに、ディルックはそうなんだねと頷いた。
「教えてくれてありがとう」
「とにかく気をつけた方がいい! あとの場所は図書室で調べれば分かるから」
「分かったよ」
 そうして、ディルックは腕を離すと、カーヴェの長い髪をさらさらと撫でてから、またねと部屋を出たのだった。


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 なおこちらは屋敷内の別部屋にて、女子会である。
「で、八重は満足したの?」
「あの子は聡明な子じゃの。いやはや、愛らしくて何より」
「稲妻滞在中の朝にお会いしたとは聞きましたが……あの頃から何か……?」
「誰もが思っていたじゃろうに」
「オイラは何でカーヴェが女の子になったのか分かんないぞ?」
「パイモンはお菓子食べててね。カーヴェが作ったやつだよ」
「もがっ」
「ほんと、に、おねえちゃんって、呼んでもいいのか?」
「いいのではないですか? 私はお姉様とお呼びするつもりです」
「わわっ嬉しいぞっ」
「にしても、カーヴェは結局誰かと恋愛するのかな」
「さあのう」
「私はお姉様が幸せなら、その方が良いかと」
「お姉ちゃんが悲しくないなら!」
「オイラはお菓子をくれたら嬉しいぞ!」
「そういうところだよね」
 どうなるかなと、恋バナに花を咲かせたのだった。


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【設定】

カーヴェ
・性別は男性で、性自認が女性で、性的趣向が男性のカーヴェくん。だったのが性別が一致した。
・女性体はさらに背が低く、細い。だがしっかりと成人女性である。胸は大きくも小さくもない美乳。
・サポート特化。武器すら持てない。大規模なスキルをぱかぱか使うので元素は常に不足している。普通は不足しない。
・自己犠牲型博愛主義。
・根本的に愛情が分かっていない。人間性の欠如。その上で人と交流して相互理解を得たい。
・理系。文系の思考はだいたい後輩との討論で身につけた後天的なもの。
・美とロマンを語るが、実用性も語るので、周囲は基本的についていけない。
・教令院卒の同期やら友人が多い。各地に散らばっている。名もなき人々からよく愛されている。
・幼少期からの恋愛沙汰による多くの事件により、トラウマが根深い。人格形成に大きく関わっている。
・実装する前にとりあえずここまで書きたかった。
・まじでずっと何も知らない状態である。実装したらどんな内容が飛び出してくるんですか??
・誰の花嫁になるんですか?については番外編で書けたらいいね。

アルハイゼン
・後方父親面。カーヴェへの恋愛感情はないが、家族とは思っている。娘だと思っているため、ありとあらゆるフラグを折ることに余念がない。
・人間性の欠如。
・文系。文系極めすぎて人の心がないタイプ。
・孫ができて嬉しい。家族認定に血縁を気にしていない。おそらく思い出が重要派。
・生活力があるはずだが、やらない。あまり気にしてない。
・とりあえずカーヴェが鏡発言はする時空です。
・カーヴェの選んだ相手が誰であろうと、面談はする。

ガイア
・幸せになってくれ……。いや原作……原作……。
・カーヴェが誰の花嫁になろうと第一子ポジションであり続ける。
・カーヴェをおかあさんと呼ぶが、恋愛感情もある。
・カーヴェの選んだ相手が誰であろうと家族会議はしたい。
・夢()のせいで色々な可能性が生まれてしまった。
・行動力がある。
・カーヴェの花嫁諸々の事件はだいたいカーヴェの友人たちが見事な連携をしただけなのでマジで何もしてない。ただおかあさんに会いたい件を伝えただけ。それだけで学者としては死ぬほど面白いから大変である。フルスロットル歯止めが聞かないし話を聞かない学者たち(学派問わない)(愉快犯)のため、それなりに後悔はした。
・アルハイゼンに凸した。おじいちゃん呼びを許された。すごい。シンプルに離別がアルハイゼンに効いた説もある。
・アルハイゼンは何も聞かないし、カーヴェも何も聞かないので、諸事情を何も話してないが、二人から信頼を得ている。つよい。多分アルハイゼン宅に普通に出入りできる。つよい。

ナヒーダ
・このシリーズのカーヴェが初回から歌っていた歌を教えた本人。幼少期カーヴェに夢の形で教えた。時系列が狂っているが、夢なので……。
・カーヴェのことをとても好んでいるが、周囲が会わせてくれない。かなしいわ……。
・夢()については許してくれたのでオッケーと思っている。
・小さな庭の管理をすることになる。オーパーツな機械の制作に必要な知恵を与えた神。夢の形で。時系列に関しては、夢は色々と超越するということで。
・カーヴェの元素最大保有量と、元素が不足する体質と、スキルの大規模さと、武器を持てない性質については、教令院内部が怪しいと思っている。そもそもこのカーヴェの記憶が、教令院学生時代より前がないので。出生について密かに調べている。
・あと神勢は旅人の洞天でよくお茶会をするお友達。周囲からめちゃくちゃ遠目に怖がられているお茶会です。人間は誰も近寄ってこないし、旅人とパイモンも近寄らない。話題は何一つ怖い内容ではない。

セノ
・カーヴェとの過去捏造シリアス激重エピソードをご用意してあったがあまりにもキツいので御蔵入りした。番外編で書くかもしれない。書いたらR18G指定になるかもしれない。セノは何も悪くない。
・なお↑のエピソードがこのシリーズのカーヴェの出生エピソードにも繋がる。捏造すぎて書くのを戸惑う。

女性陣
・こんなに面白い恋バナは無い。
・とりあえず八重の手で一通り出版されることは確定している。
・それはそれとしてカーヴェには幸せになってほしい。
・カーヴェに対するアクションがヤバい人に対してたぶんかなりお怒りです。
・他の女性陣との話も番外編で書きたい。全面的に面白いことになる。

- ナノ -