花嫁様は隠したがり02/カントボーイカーヴェとその周囲のすったもんだ/カーヴェ受けではある。書きたいシーンが恋愛シーンではないので特に相手を決めてません。常に余裕のないカーヴェくんがいます。あと女の子たちが強い。


!生理の話が出ます!


 カーヴェはマメである。きちんと毎朝体温を測り、優秀な脳みそに書き付けて、日常を何事もなくやり通した。そして、そろそろアルハイゼンが繁忙期になったなあと察した辺りで、モンドへの通院日だなと気がついた。
 なお、この間、カーヴェはいつも通りに酒場で飲んだりしているが、酔い潰れる事はしなかったし、仕事をちゃんとしていた。早めに借金を返してルームシェアを解消してほしいと旅人に懇願されているし、確かにこのルームシェアがいつまでも続くものともカーヴェは思っていない。不安定な身の上なのだ。あのアルハイゼンも日常にカーヴェが居なくなったらそれはそれで新しい生活をしていくだろう。そうしてくれ。
 二度目の変装を終えると、合言葉のやりとりで外に出る。旅人曰く、ナヒーダが、多分彼は何もしなくても定時で帰れないわと、笑っていたらしい。怖い。

 かくしてモンドで診察である。すらすらと体温の数値をそらで言うと、今回も護衛してくれたアンバーが驚いていた。医者も聡明な方ですねと驚いていたが、カーヴェにとっては特に胸を張るようなことではない。当然というより、当たり前である。今回も採血をして、数値を見る。やはり数値が低いので、と薬を処方された。少し不安になり、質問する。
「あの、これを飲んでたら生理が来るんですか」
「ええ、そのうちに」
「そうですか……」
「ショックは大きいと思います。カラーさんは男性として生きてきたそうですし、これからも男性として生きていくつもりですよね」
「はい」
「ですが、成熟した女性器は周期的な月経を必要としています。また、月経は心の問題にも直結します」
「心の?」
「月経が近づくと不安定になったり、ヒステリックになったりします。また、月経中は体力を消耗し、情緒不安定なることもあります。ただ、初潮を迎えた後は低容量ピルを飲む方がいいかと」
「えっ」
「月経を安定させられるんです。健康な女性であっても、月経は決まった周期で必ず来るとは限りません。周期が管理できれば、男性として生きていく上で偽装がしやすいかと」
「はえ……」
「また、低容量ピルを飲むことで心の不安定さをある程度取り除くこともできます」
「はわ……」
 混乱する。カーヴェは目眩いがした。ズバズバと言ってくれるのはありがたいが、男性として生きてきて、体のことを不思議に思って本で漁った程度の知識では、この現実を突きつけられる感覚はまだ慣れなかった。
 旅人がそっとカーヴェの肩を支える。パイモンもふわふわと浮いて、大丈夫だぞと励ましてくれる。アンバーも不安なのは分かるよと声をかけてくれた。ありがたい。優しい。カーヴェは泣きそうだった。一応大人としてのプライドがあるので泣きはしないが。
 こうして診察が終わった。

 今日はお昼をモンドで食べようかと旅人が提案した。アンバーが人の少ない食事処があるよと教えてくれる。その言葉に甘えて、旅人とパイモンとカーヴェは食事に向かった。旅人が適当に注文してくれた。机には見たことのない料理ばかりが並んでいる。いや、知識としては知っている。モンドに仕事に来たこともある。でも、そんなに食べたことがあるわけではないのだ。カーヴェは恐る恐るスープらしきものをスプーンで食べた。そして、目をキラキラとさせた。
「おいし……」
「おお、それは良かったな」
「ヒュッ」
 思わず口元に手を当てた。完全に油断していた。声を聞かれた。声帯は男である。性別がバレたか。焦っていると、旅人がカーヴェの後ろに立った人物ににっこりと笑いかけた。
「ガイア、どうしたの?」
「いや、見かけないお客様がいると聞いてな」
「へえ、店員から聞いたの?」
「噂だな」
「そうなんだ」
 表面下の冷戦が繰り広げられている。カーヴェは無言でぎゅっと膝の上で手を握りしめた。頼むから上から声を発するな。今回の診察でもメンタルをズタボロにされたカーヴェは男性が怖かった。普段なら怖くない。とにかく、下半身が女性であると思い知らされて、本能的に知らない男性が怖かった。ふわっと風が吹く、気がした。
「カラーさん、フード!」
 旅人の言葉で、ハッとしてフードを掴む。ぶわっと風が通り抜けた。ほっと息を吐く。とりあえずフードは被ったままだ。だが、何かがフードを持つ手に触れた。
「男か?」
 カーヴェの手はそりゃ男性のものである。しかも仕事柄、たこもある。手入れはしているが、骨ばっていることに代わりはない。ガイアの手が触れている。さあっと血の気が引いた。動かけないカーヴェのその手を、そっと握られる。
「大丈夫か?」
 全く大丈夫ではない。震えそうになる体を何とか押し留めていると、旅人の声がした。
「ガイア、カラーさんから手を離して」
 地を這うような声だった。えっそんな声出せるんですか。カーヴェは驚いたが、ありがたかった。ガイアはそう怒るなと言って笑いながら、カーヴェの手から手を離した。
 すぐにパイモンが飛んできて。その小さな手でカーヴェの手をさすってくれた。冷え切った手を心配している。彼女からしか見えないが、カーヴェの顔色は当然悪いだろう。自覚はあった。
「まあゆっくり食事してくれ」
「そうするよ。だからガイアは帰って」
「はは、そうするとしよう。何かあったら協力するぞ?」
「うん。考えておくね」
 これはお断りです、の意である。わあ、何でこんなに冷戦なんだ。僕か、僕が原因か。そうです、カーヴェが原因です。カーヴェは泣きそうだった。そもそも博愛主義でどんな人だって愛したい性分なのだ。冷戦は向かない。巻き込まれるのも当然向かない。
 ガイアが遠ざかると、旅人は雰囲気を和らげて、ちゃんと周りを見ておくから、安心して食べてねと微笑んだ。カーヴェは流石にぽろりと涙を溢した。パイモンがそっと清潔な紙で拭ってくれた。ありがたかった。
 モンドの料理は美味しかった。

 かくして中継地点である。またぺたんと座り込んだカーヴェはお腹は満たされたものの、精神はボコボコであった。アンバーはガイアに強く出れないからなあ。旅人はそう言って、ガイア対策を考えてくれているようだ。カーヴェとしてはもう自室に篭りたかった。自室で仕事がしたい。図面に向き合いたい。酒は飲む気にはなれない。とにかく、男性のカーヴェ、としての軸を取り戻したかった。
「早めだけど帰ろう」
「アルハイゼンは残業だったか?」
「うん、たぶんね」
「機嫌悪そう」
「最悪だろうな。あーやだやだ」
「早く部屋に入って鍵かけた方が良さそう」
「口論する元気がなさそうだしなあ」
「うん無理」
 というわけで、またワープである。

 細心の注意を払って家に帰ると、さっさと自室でローブを脱ぎ、念のために隠してから、外していた装飾品を身につけて、すぐに仕事をした。掃除は昨日、念入りにしたからいい。新しく出しっぱなしになっていた本は見なかったことにする。とにかく集中して仕事にかかった。
 ふっと陽の傾きで夕飯の支度の時間になったことに気が付く。道具を片付けて、たったかと台所に向かう。まだアルハイゼンは帰っていない。定時だとしたらそろそろ帰ってくるし、残業なら何時になるか不明だ。彼は自分の影響力をきちんと理解しているくせに、それを無視する。こういう時に思い知ればいい。カーヴェは全くと息を吐いて、夕飯の支度をした。メニューは冷めても美味しいものである。
 夕飯を作り終えても家主は帰ってこない。これは相当不機嫌で帰ってくるやつだ。カーヴェは遠い目をしつつも、夕飯を食べて、片付けて、風呂に入った。入浴剤は入れないでおく。アルハイゼンが好きなやつを入れればいい。風呂とはリラックスタイムなんだから、不機嫌で帰ってくるであろう後輩に譲ったまでである。先輩なので。
 風呂から出て、どうせならと丁寧に体の保湿をする。下半身はもうずっと見慣れたものだが、月経が来るのかと思うとぞっとする。とりあえず、寝る前に処方された薬を飲まねばならない。部屋で飲むしか選択肢はない。カーヴェは部屋着で風呂場から出た。
 そしたらソファでずうんと座っているアルハイゼンがいた。不機嫌ではなく、落ち込んでいる。えっ、何故。と思ったが、まあたまにあるやつである。アルハイゼンも人間なんだよなあとこういう時に思う。
「おかえり。夕飯食べろよ」
「ああ」
「なんか仕事であったのか?」
「ああ」
「ったく、とりあえず無事帰ってきたんだから夕飯食べて風呂入って、読書でもして寝ろ」
 いつものルーティンが好きだろう。そう伝えれば、アルハイゼンはこくりと頷いた。本当に落ち込んでいる。多分、外では何でもないふりをしてきたのだろう。その反動でこうなるのだ。アルハイゼンにもやわい心はある。たぶん。それに何かよくない刺激を与えられたのだろう。心無いやつは当然いる。カーヴェも今日はメンタルがぼろぼろなので、よくわかる。まあ、医者に関しては完全に善意であるが。
 ちょっとガイアを思い出して思わず掴まれた手をさすった。冷えている気がする。風呂に入ったが、そういう問題ではないことは明らかだ。知らない男って怖いな。カーヴェは遠い目をした。
 とまあ、ここまでアルハイゼンはずっと俯いてどんよりしていたので、カーヴェの小さな動きになど気が付かない。平静を装って、カーヴェは部屋に戻るから、おやすみと告げた。おやすみ、とどんよりした返事が返ってくる。以前ならこの相手をしていたが、今日のカーヴェには余裕がない。
 心を鬼にして、カーヴェは自室に戻る。そして、なんかふしぎなちからでつけられた内鍵をきちんと閉じた。
 深呼吸して、ずるずると座り込む。旅人に男性には難しいらしいよと言われた座り方だが、書物で調べたところ、どうやら骨格と筋肉の問題らしい。ただし、男でもできなくはない。体が柔らかいならできる。要するに慣れだ。カーヴェはストレッチをしてみることにした。ぺたんと座ってしまうのは癖になっている。まだ旅人とナヒーダ以外の人前では、おそらく、やってないが、見られた際の言い訳は必要である。念入りにストレッチをしてから、お気に入りの香油で髪の手入れをし、ついでにハンドクリームで手のマッサージをして、なんか冷えた感覚を無理やり取り除いてから、ベッドに沈み込んだ。が、そういえばと引き出しから無地の袋に入った薬を取り出して、水と共に飲み込んだ。
 くい、と電気を消して、カーヴェは安全な孤城ですぐに寝たのだった。

- ナノ -