アルカヴェ/ごちそう/ケーキバース


 世の中には普通の人間の他に、ケーキとフォークがいる。フォークはケーキの体液や肉などからしか味を感じない。その為、フォークによるケーキ殺害事件は後を絶たない。なぜなら、フォークの欲求はとても原始的な食欲に関する物であり、被害者であるはずのケーキは、性的倒錯な、誰かに食べられたい、という欲求を抱えている。これはケーキもフォークも、どちらにせよ異常である。なのに、フォークの風当たりばかりが強いのだ。
「不公平だと思う」
 カーヴェは言った。アルハイゼンは当然のことだろうと言う。
「死人に口なし。死んだらそれまでだ。ケーキが誘ったからと言って、フォークにそれを証明する手段はない」
「そうだけど、それでもケーキの食べられたいという欲求を無視されるのが嫌だ」
「そこなのか」
「僕は世間に正しく認知されたいだけさ」
「俺は当人が納得していればそれでいい」
 本当に僕らは合わないな。カーヴェはそう言って、アルハイゼンの膝に乗り上げて、唇を指先でそっと割り開いた。
「舐めて、食べて、僕のフォーク」
「俺の理性に感謝するといい。俺のケーキ」
 かり、とアルハイゼンは指先から僅かな甘露を口にした。

 アルハイゼンはフォークである。祖母からの教えにより、フォークだということは隠している。先天性のフォークであるアルハイゼンは、味覚というものがずっと遠かった。そんなフォークに甘味を与えたのが、カーヴェである。カーヴェはケーキであった。すぐにアルハイゼンをフォークと見抜いた彼は、僕を食べてと学生時代から誘惑し、ついには、別離からの、再開した暁に、アルハイゼンに食べてもらえたのだ。

 爪や体液を食べてもらえて、カーヴェはうっとりと恍惚の表情を浮かべる。アルハイゼンははあと熱い息を吐いて、カーヴェから離れた。
「満足したか」
「君こそ」
「俺はもういい」
「ふふ、僕はまだ足りないよ」
「駄目だ。これ以上は君を傷つける」
「傷つけたっていいのに」
「フォークの前でそんなことを言うな」
「アルハイゼンの前だけだよ」
「タチが悪い」
 酷いなあ。カーヴェははふはふと息をしている。深い赤の目は蕩けていて、肢体はベッドに沈んで、僅かに傷つけられた指先が白いシーツを汚している。散々キスした唇は赤く色づいていて、全てがとろとろな仕上がりになっていた。
「カーヴェ」
「なんだい?」
「全部食べてしまう前に、ベッドから降りろ」
「やだ」
「カーヴェ、いい加減にしろ」
「僕だって本能なのさ」
「俺はそんなものは控えたいところだがな」
「君と僕は本当に合わない」
「それでいいだろう」
「うん。それでいいんだ」
 ねえアルハイゼン。
「僕が死んだら、僕の骨を食べておくれ」
「そんな事はしない」
 けち。カーヴェはくすくすと笑った。

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