アルカヴェ/花吐き病になったアルハイゼン/花吐き乙女パロ/花吐き病パロ
セノとティナリも出てきます。


!捏造しかない!
※特にカーヴェの諸々を捏造してます。
!花吐き乙女に無い設定があります!
※世界観を混ぜすぎてよくわからなくなったけど花を吐いてるので花吐き病パロであり花吐き乙女パロなんだと思うことにしてください。お願いします。

!作中の知識には諸説あります!
気になったら調べてください。鵜呑みはいけない。


[newpage]


 恋をしている。ずっと、昔から。

 教令院の隅。アルハイゼンが、こほ、こほ、と花を吐く。黄色と赤の薔薇の花びらが、彼の口から滑り落ちる。それを、アルハイゼンは忌々しいと不快な目で見ていた。

 嘔吐中枢花被性疾患。通称、花吐き病。各地に見られる、いわゆる恋の病である。アルハイゼンがこの病を患ったのは教令院に再度学びに来てからだ。たまたま通りかかった庭園で、こほこほと花を吐く男子生徒がいた。アルハイゼンは花吐き病を知っていたので、無視して通り過ぎたのだが、風が吹いた。そして、花びらがアルハイゼンの肌に触れたのだ。あまりにも出来すぎた偶然に、この上なく苛立ったことをよく覚えている。
 とにかく、アルハイゼンは当事者になった以上、仕方なく花吐き病について詳しく調べた。
 花吐き病は嘔吐花に触れることで感染し、片思いを拗らせることで発症する。主な死因としては、花が気管に詰まる窒息死、嘔吐が続くことによる衰弱死、心を病むことによる自死である。治療は、対処療法しかなく、完治するには恋を実らせて純白の百合を吐くしなかい。または、完治ではないが、寛解を目指すこともできる。恋を忘れる、捨てる、そういったことで花を吐くのを止めることができる。つまり、片思いをやめろということである。
 アルハイゼンは一通り調べて、現状、己には花を吐く要因はないと判断した。何故なら恋なぞという不確実で不明瞭な感情は誰にも感じたことがないからだ。
 祖母からの穏やかな家族愛は充分に知っている。アルハイゼンはその愛情だけで良かった。これまでも、これからも、きっとその愛情だけで生きていけると思えた。
 だから、恋なんて無縁だったのだ。

 でも、それは唐突な出会いだった。庭園の中、見慣れない花びらがひらりと飛んでいた。薄桃色のそれに、アルハイゼンは興味が湧いた。あれは何だろう。導かれるように、幾つものその花びらを追いかけていく。やがて、ぶわりと花が吹雪のように舞った。
 そこは庭園だった。そのはずだ。しかしそこには、真っ黒な花畑が広がっていた。黒い、百合だろうか。空中には薄桃色の花びらが、そう、桜の花びらが円を描くように舞っている。その真下に少年が座っていた。金色の髪は糸のように細く、揺れている。白い肌は透明にも見える。そしてアルハイゼンに向けられたのは真っ赤な、ルビーの瞳だった。
「きみは?」
 澄んだ少年の声だった。アルハイゼンは、彼から目を離せない。ただ、答えた。
「アルハイゼン」
 そう。
「僕は妙論派のカーヴェだよ、知論派のアルハイゼン君」
 ああ、これが、恋に落ちるというものか。

 カーヴェとアルハイゼンは庭園でよく会った。アルハイゼンは知恵の殿堂で本を借りて、カーヴェはいつもスケッチをしていた。どうやら庭園の花をスケッチしているらしいが、カーヴェは毎日違う場所で違う花をスケッチしていた。
「今日は何の花なんだ」
「クローバー。ていうか僕の方が先輩だぞ」
 カーヴェは白い肌を淡く染めて怒って見せる。可愛い。アルハイゼンはすり、とその頬を撫でた。カーヴェはそんなアルハイゼンの手を黙って受け入れて、またスケッチに戻った。

 そんな日々を過ごして、いつの間にか討論をするようになって。共同研究をすることになって、カーヴェと、大喧嘩した。そもそも意見の相違は多かった。アルハイゼンはその上で、カーヴェの意見に反論していた。ただ、その時はそれが大きかった。
 カーヴェはひどく傷ついた顔をしていた。でも、その赤い目の奥は、やけに凪いだものだった。
 違和感を問い詰める前にカーヴェはアルハイゼンの前から消えて、アルハイゼンの元には何も残らなかった。恋する人が目の前から消えた。花を吐いたりはなかった。アルハイゼンは、そうか、と思った。自分には、恋なんて不確実で不明瞭な感情は元からなかったのだと、思った。

 それが覆されたのは、共同研究が取り消しとなって、遠退いていた庭園に足を向けた時だった。
 青年がいた。年は卒業間近といったところだろうか。線の細い、柔らかな物腰の男だった。その彼が、跪いた。彼の目の前にいたのは、あの大喧嘩以来、姿を見ていなかったカーヴェだった。カーヴェは静かに、穏やかに、柔らかに、男を見ていた。そして、跪いた男はカーヴェの左手をとり、手の甲に、口付けをした。
 目の前が真っ暗になった。カーヴェは振り解かない。ただ、優しく見ていた。男は、きっと、カーヴェに受け入れられたのだ。
 アルハイゼンは走り出した。庭園から離れて、何処にいるのかもわからない建物の裏手で、こほ、とむせ返るような花の匂いがした。こほ、こほ、とアルハイゼンの口から、赤と黄色の薔薇の花弁が落ちていた。こほ、こほ、こほこほ。花弁は次々と落ちていく。赤はカーヴェの目の色。黄色はカーヴェの髪の色。ああ、とアルハイゼンは分かった。
 俺はカーヴェに恋をしているのだ、と。

 以来、アルハイゼンはビマリスタンの花吐き病の専門医の元に通いながら、教令院を卒業し、書記官に就職した。カーヴェがどう過ごしているか、は申請書で何となく追えた。医者からは止めるように言われたが、カーヴェの名前や関係者らしき名前を見ると、止められなかった。
 そして、カーヴェが破産したと知ると、アルハイゼンはあの日と同じように走り出した。
 スメールシティを走り回り、カーヴェを見つける。カーヴェは道端にいた。不思議なことに、周囲には花が咲いていた。
「ロベリアだよ」
 カーヴェは振り返る。
「馬鹿だなあ、アルハイゼン。君はもう僕から逃げられたのに」
 言っている意味が分からなかった。だが、顔色と痩せ方から、衰弱している様子が分かったので、アルハイゼンは迷いなく、家へと連れ帰った。

 そもそも家は共同研究の成果の名残りだ。その他、様々な事を理由として述べた。カーヴェは呆れた顔をして、分かったよと不貞腐れたように言った。そうしてルームシェアが始まった。

 医者からは散々小言を言われた。もちろん、アルハイゼンは右から左へと聞き流した。カーヴェが手の届く場所にいる。だから、もう二度と離さない。そんな愚かな真似はしない。だから、もしかしたら恋が成就するのかもしれないと、思っていた。
 カーヴェはお人好しで、アルハイゼンが頼んだ事は必ずやったし、仕事もしていた。酒や買い物の出費はアルハイゼンにとって痛くも痒くもなかった。ただ、そこにカーヴェがいる。それだけがアルハイゼンの拠り所となっていた。

 しかし、それも長くは続かない。カーヴェはいつも、目の奥にあの日と同じ凪いだものを持っていた。アルハイゼンを見る目は、怒っていも、笑っていも、拗ねていても、苦々しそうでも、必ず目の奥が凪いでいた。
 静かな湖面や海面を"凪いだ"と表現する。だが、それは水ではない。カーヴェの目の奥の凪いだものは、何だ。観察しているうちに、気がついたのは、彼がいつものように自分にとって不利益な人助けをしているのを見つけた時だった。
 その目はあの凪いだものだった。
 カーヴェにとって、アルハイゼンは、他一般と、同じなのだ、と分かってしまった。

 大人のアルハイゼンは今日も花を吐く。赤と黄色の薔薇の花弁。カーヴェを想う、カーヴェの色。いつも花弁だった。一輪まるごとではないのは病が進んでないのだと医者は言っていた。だがつまり、それはアルハイゼンの中で時が止まってしまっている事を示す。アルハイゼンは、あの日、カーヴェが見知らぬ男を受け入れていた所を見た日から、何一つ変わっていなかったのだ。

 アルハイゼンが花を吐く時に、カーヴェはいなかった。アルハイゼンがカーヴェの前で吐くことを耐えていること、そしてカーヴェが数日掛かりの仕事に頻繁に出掛けたりなどしていたからだ。
 彼は長めの金糸の髪を揺らして、凪いだ赤い目に優しさをのせて、飛び回る。精力的に仕事をしていた。それでいて、帰ってくると忙しく家事をして、アルハイゼンのために食事を作る。
 やめてほしい。やめてほしくない。アルハイゼンはカーヴェがおかえりと振り返るたびに思う。いってらっしゃいと見送ってくれるたびに思う。カーヴェの目の奥はずっと凪いでいた。どれだけ笑っていても、怒っていても、優しい声でも、その目は雄弁だ。カーヴェにとって、アルハイゼンはその他の人間と同じなのだ。
 そして、アルハイゼンは花を吐く。


[newpage]


「やめたらいいのに」
 ティナリは言う。ティナリとアルハイゼンとセノとカーヴェで呑むことは、定期的なことになっていた。最初はその中にアルハイゼンはいなかった。一連のスメールでの騒動で、ティナリとセノがアルハイゼンと知り合った事で、四人での食事と呑み会が繰り返されていた。そして、アルハイゼンの花吐き病を真っ先に見抜き、発言したのが善人のティナリだった。
「そんなに苦しいなら、はっきり告白すればいいのに」
 善意だった。痛いほどに、善意でしかなかった。アルハイゼンは衰弱しなかった。気管が詰まるほど、大きな花は吐いたことがなかった。ただ、心は少しずつ擦り切れていっていた。
「それで、どうなる?」
「少なくとも、曖昧な心と関係の決着は着くよ」
「カーヴェが家から出たらどうする?」
「それが結果でしょ」
 失恋。それを乗り越えないと、アルハイゼンの花吐き病は時が止まったままだ、と。

 セノとカーヴェが合流し、いつも通りの夕食会兼飲み会となり、アルハイゼンとカーヴェは同じ家に帰る。カーヴェはほろ酔いで、楽しそうにしている。その目は見れなかった。ティナリとセノにどんな目を向けているのか、知りたくなくて、見れなかった。
 だが、カーヴェは立ち止まった。
「なあ、アルハイゼン」
「……なんだ」
 もし、もしも、だと。
「神の祝福が正しくここにあるとして、天才である君は、幸せになれるだろうか?」
 意味不明な言葉だった。酔っ払いの戯言だった。その割に、カーヴェは空を見上げて、月を見ていた。柔らかな声だった。目は見えなかった。目を伏せていた。赤い目は何も見ていない。
 彼は今、何を話しているのだろう。

 アルハイゼンにとってカーヴェという才能の持ち主は、自身の欠けた視点を補う存在だった。それは何にも変え難い代物で、恋だとかそんな感情で切り離すことは出来なかった。だからだ。こんな曖昧なルームメイトをずるずると引きずっていたのは。花何度吐いても、何度凪いだ目を見せつけられても、アルハイゼンはカーヴェを手放せなかった。

 それが日常となって、しばらく。カーヴェはふと、朝に言った。
「しばらく出掛けるからな」
「期間をきちんと言え」
「分からないんだよ。仕事で、クライアントと少し揉めてる。まあ、話し合いをして、白紙になったらすぐ戻るし、続行となったらそのまま現場にいるよ」
「いつからだ」
「今日の昼には出ないと間に合わない」
「急すぎるだろう。もっと早く言え」
「仕方ないだろ。まあ、いつも通りだよ」
 そう言っていた。カーヴェが仕事で長期間家を空けることはたまにあった。だから、いつも通りと言われたら、そうか、としか答えられない。アルハイゼンはそのまま出勤した。

 だが、帰宅して、鍵置き場を見たら、彼の金色の鍵が、置いてあったのだ。

 慌ててカーヴェの部屋に入ろうとする。だが、鍵をかけられていた。個人の部屋に、鍵なんて、内鍵しかない。だが、カーヴェの靴は無かったし、上着もなかった。無理やり開けようにも、扉は動かなかった。
 嫌な予感がした。スメールシティを走る。酒場、バザール。いない。
 クライアントと揉めていた、ならばとアルハイゼンは沈黙の殿に行った。セノがいた。
 アルハイゼンがカーヴェのことを話すと、セノは不思議そうに言った。
「そのような話は聞いていない」
 言葉を失う。セノはまだマハマトラに連絡が来ていないのかもしれないと言っていた。しかしその声が遠くて、アルハイゼンは花の香りがした。
 こほ、と花を吐く。赤と黄色の薔薇の花びら。ああ、やっぱり、アルハイゼンはあの日から止まったままだ。
 セノの対応により、アルハイゼンは誰にも病を移すことなく、暗い家に、帰った。静かだった。暗かった。寒かった。冷たかった。恋する人は、何処かへ消えた。
 きっと帰ってくるだろう。セノは言っていた。その声は空虚だった。セノはアルハイゼンの説明した状況から、カーヴェが意図的に行方をくらませたのだと、分かっていたのだ。アルハイゼンにも分かっていた。セノはアルハイゼンに休めと告げて、代わりにカーヴェの行方を探し始めた。アルハイゼンはまずは休むことしかできない。そして、明日からは仕事の後にカーヴェを探すと決めていた。

 だが結局、朝に目が覚めた瞬間に仕事に身が入らないと分かったアルハイゼンは無理やり有給をとり、ガンダルヴァー村のティナリの元に向かった。親交があったから、という理由で行ったが、ティナリは何も知らないと頭を横に振った。
 そして、おかしいと言った。
「ねえ、何でカーヴェの部屋に入れないの?」
「分からない」
「しおらしいなあ。アルハイゼンらしくない。とにかく家に入らせて。僕も調べてみるよ」
 かくして、ティナリはアルハイゼンの家に入った。瞬間、すんと鼻を鳴らす。
「何このにおい」
「薔薇か? それなら」
「違う。これは薔薇じゃないよ。なんか色々混ざってる」
 ティナリは不快そうに進む。カーヴェの部屋は教えていないのに、彼は扉の前に立った。
「ここからにおいがする」
「そこはカーヴェの部屋だが」
「ねえ、アルハイゼンはカーヴェの部屋に入ったことある?」
「ない」
「まあプライバシーだもんね。で、扉が開かないの?」
 どれ、とティナリが扉を押したり引いたりする。そして、首を傾げた。
「ねえ、これ鍵とかいう問題じゃないよね」
「内鍵しかないから鍵であるわけがない」
「だよね。うーん。ちょっと乱暴だけど、破壊していい?」
「それは、」
「家を傷つけることになるのは謝るし、なんなら修理代出すから。僕もこのにおいが気になるんだ。何だか、嫌なにおいがする」
 そしてアルハイゼンが頷くとティナリは扉から距離を開けて、思いっきり弓矢で攻撃した。


[newpage]


 破壊された扉の先は暗かった。ぱち、と明かりをつける。
「え、」
 ティナリの声が漏れる。アルハイゼンは言葉が出なかった。
 中には桜の花びらが溢れていた、窓が開いていた。そこから、とめどなく桜の花びらが入ってきては、一定時間で花びらが消える。溜まった花びらは溜まっているくせに一定の流動性があり、新鮮だった。だから、桜の花の香りはする。問題は、花弁に隠れるように床に敷き詰められた絵、スケッチだった。

黒百合。

クローバー。

ロベリア。

 アルハイゼンが分かったのはその三種だ。さらにティナリは桜の花弁を掻き分けて指差しながら言う。

アザミ。

オダマキ。

アジサイ。

トリカブト。

ザクロ。

オトギリソウ。

カルミア。

 そして、カーヴェの机の上には生の花。
「サフラン、だよ」
 ティナリの声は怒りに震えていた。
 彼は怒りのままに机を叩く。アルハイゼンには意味が分からなかった。ティナリはふざけるなと叫んだ。
「こんな! こんなものを!」
「ティナリ、落ち着け。どうした」
「アルハイゼン、読書家でしょ? 知らないの?」
「俺は花が出てくるような本は読まない」
「あっそう。じゃあ教えるね、まずは床」

黒百合。
呪い。

クローバー。
復讐。

ロベリア。
悪意。

アザミ。
復讐。

オダマキ。
愚か。

アジサイ。
冷酷。

トリカブト。
復讐。

ザクロ。
愚かしさ。

オトギリソウ。
恨み。

カルミア。
裏切り。

「そして、サフランは、歓喜、過度をつつしめ、濫用するな。これはね、花言葉だよ。どの花にもいくつかの言葉がある。けど、この揃い方からすると全てが、悪意に満ちたものだね」
「は、」
「大体、この桜。種類がわかる? 分からないよね? 恐らくこれは枝垂れ桜の花びらだろうね。花言葉は優美とごまかし。……よくも僕らを誤魔化してくれたものだね」
「待て、ティナリ、これはどういうことだ」
「知らない。でも何かが、関わってる」
 誰に。
「カーヴェに、だよ」

 ティナリはアルハイゼンを引っ張ってセノの元に向かった。沈黙の殿に行くと、マハマトラが言った。セノは今日、何処かへ出かけた、と。
「何処へ?」
「分かりません。ただ、行ってくる、と」
「何か手がかりはある? 例えば、カーヴェとか」
「いいえ、何も」
「じゃあ……」
 あ、でも、とマハマトラの一人が言った。
「珍しく、花の匂いがしました」
「珍しくないだろ。いつも花の匂いをただよわせている」
「あれは何の匂いだろう。主張があまりない、甘い匂いだった」
「確かに花だけど」
 ティナリは目を丸くした。
「僕らと、会う時はそんな匂いしなかったよね、アルハイゼン」
「ああ、それは確かだ」
「村に来る時だって……」
 ああそうだ、とマハマトラの一人が言った。
「あれは桜でした」
 ティナリが唇を噛み締めた。
「最初から知ってたんだ」
「ティナリ、つまりそれは」
「セノは、僕と出会う前からカーヴェのことを知ってたよ」
「いつの話だ」
「学生時代。ああもう、セノはカーヴェについて何も言わなかった。むしろ怪しいじゃないか。あんなの。何で僕は気が付かなかったんだろう」
「セノは何を知ってるんだ」
「知らない。だけど、セノはカーヴェの何かを知ってた。知った上で黙ってた。あんな、あんな扱いを受けてたカーヴェを」
 花だ。花言葉だ。全てがカーヴェに向けられた悪意。悪意。悪意悪意悪意悪意悪意。

 庭園。

「初めて、会ったのは、庭園だった」
 アルハイゼンは思い出した。
「あれは、黒百合の花畑にいた。空中では、桜の花びらが円を描くように舞っていた」
「……え?」
「あそこは、庭園だった。だが、今、思うと」
 そんな場所、教令院にあっただろうか。


[newpage]


 ティナリとアルハイゼンは教令院に来ていた。庭園に入る。アルハイゼンにとって、苦しくも、懐かしい場所だった。ティナリはしきりに周囲を気にしていた。
「ねえ、アルハイゼン、感じる?」
「何がだ」
「見られてる」
「誰に」
「分からない。でも、視線が何処からなんだろう」
 レンジャー長としての、鋭い目が周囲を見渡していた。アルハイゼンはふと、においがした。花の匂いだ。
「っアルハイゼン!」
「あ、」
 ティナリに背中を叩かれた。
「今、何を感じたの? ぼーっとしてたよ」
「いや、花の」
「え?」
「花の匂いがした」
「そんなわけないでしょ。ここ、花なんて、ひとつも」
 ないのに。そんな言葉が、発せられることはなかった。ぶわりと花吹雪が二人を包む。桜だ。桜の花弁が大量に舞い、アルハイゼンとティナリの視界を遮る。
 そして、赤い花畑にセノが背を向けて、立っていた。

「ルコッソウ。おせっかい」
 セノは言った。
「来てしまったか」
 振り返った。その目は、ただ、澄んでいた。言葉にはない、決意と、確認と、確信があった。

 ルコッソウの花畑で、セノはティナリとアルハイゼンに語る。
「黙っていてすまなかった。ただ、話すわけにもいかなかった。これは、機密事項とされていたからだ」
「どういうこと?」
「"花の子が産まれたら教令院へ。花が迎えにくるまで触れてはならない。花が導く。花がその子を連れて帰る。花の病は子と共に連れて帰る"」
「それは、何だ」
「大マハマトラに伝わるものだ。俺は先んじてそれを伝えられていた。これを、今代の花の子が破っていたからだ」
「何それ」
「今代の花の子は人々へ手を伸ばし、伸ばされれば手を差し伸べた。人に触れた。花の子として、あってはならなかった。だから、花の怒りに触れた。今代の花の子は呪われた。"最も身近な人を傷つける呪い"を受けた」
「何、なの、それは!」
「俺はその呪いの矛先を見定める必要があった。もし、俺に向けばやりやすい。ただ、魔術で叩きのめせばいい。だが、そうはいかなかった。相手が不明瞭ゆえに、魔術の効かない相手だったものだからな」
「何をした」
「俺へと矛先が向いていたのは僅かな期間だ。それから長い間矛先は、お前に向いていた」
 セノの目がアルハイゼンを見る。
「アルハイゼンに向いていた」

 そもそも、とセノは言う。
「花吐き病は、流行り廃りを繰り返している。それは花の子の出現と消滅と一致している。これは記録に残っているから確かなものだ」
「待ってセノ、花の子って」
 ティナリが嫌だと叫ぶように言った。
「カーヴェのことなの?」
「それは……」
 セノは口にできなかった。あまりにも、残酷で、惨い、運命の話だ。
「花の子は短命だ。それだけは変えられない」
「カーヴェは死んだの?」
「まだ、今流行している花吐き病が残っている。だから、何処かにいる。おそらく、"最も身近な人"が居ない場所にと、ここに来たと思う」
「何でそんなことを」
「彼は、許せなかったんだろう。自分のせいで最も身近な人が傷つくのが」
 そして、どこかで知ったのだろう。
「アルハイゼンが花吐き病と知ったのなら、別の説明がつく。彼はその存在を代償に花吐き病を一時的に消す事ができる。だったら、彼なら、自らその花の元に向かった」
「花って何」
「俺はそれを親だと思っている。母親だろうか。彼の生みの親ではない。真の意味での、御母だ」
「悪意の花を送りつけるような奴が御母だって言うの?」
「ああそうだ。花は怒っている。彼の、カーヴェのあり方に」
 ああ。アルハイゼンは花の匂いがした。こほ、こほ、と、赤と黄色の、見慣れた薔薇の花びらが口から落ちる。
 こほ、こほ。アルハイゼンは吐く。痛みはない。苦しみもない。喉を詰まらせることなんてない。衰弱なんて起きない。そんな柔らかな、嘔吐だ。
「お前は、本当に、恋をしているんだな」
 セノが、静かに言った。セノの前でアルハイゼンが花を吐くのは、二度目だった。それでも、セノは言った。
「カーヴェに、恋をした。花の子に、恋をした。それは、花の怒りに触れる。アルハイゼン、お前はこの先に来ない方がいい。その方が、安全だ」
 優しかった。

 アルハイゼンはその場に立った。嘔吐は止まった。前を見る。
「カーヴェはどこだ」
 セノが目を逸らす。ティナリも問うた。
「あのね、ここまで来て帰るつもりはないよ。教えて、カーヴェはどこ?」
「それは……」
「機密事項だとしたら、罰は僕らが受ける。そうでしょ、アルハイゼン」
「罰ならいくらでも受ける。カーヴェが取り戻せるなら」
「花から花の子を取り戻せたことはない。花の子が消えなければ花吐き病の流行は抑えられない」
「他にも道はあるはずだよ。それしか道がない訳がないでしょ」
「だが、」
「カーヴェの元へ連れて行け」
「……後悔する」
「誰が? それって僕に言ってる? それともアルハイゼン? もしくは、セノ?」
「全員だ」
「じゃあいいでしょ」
 ティナリはけろりと言った。
「死なば諸共。僕は君たちと死んだって構わないよ」
 善。
 セノは息を吐いた。アルハイゼンはすとんと胸にその言葉が落ちてきた。
 これが、ティナリの友情であり、友愛であり、花への挑戦状だ。

「桜が移動の鍵となる」
 セノは言った。
「匂いを感じたら発言すること。恐らく、惑わしてくる」
「僕の感覚は鈍らされるかもね。この中で先手を打つなら僕に、だよね?」
「だろうな。ティナリは俺とアルハイゼンが発言した後に発言を。アルハイゼン、いいか」
「ああ」
「あと花を吐きたくなったら言ってくれ。それは、大切にした方がいい。それを無くすために、カーヴェは、常に己へ向かってくる悪意の根元へと、向かったのだから」
「分かっている」

 花の匂い。
「右」
「同じく。ティナリはどうだ」
「僕は多分左。これ完全に罠だね」
 右へ。

 花の匂い。
「混ざっているな」
「左」
「これは僕も左。右からはスイセンだよ。花言葉はうぬぼれ。馬鹿にしてるね」
 左へ。

 花の匂い。
「後ろだ」
「同意だ。匂いが強すぎる気がする」
「多分僕の鼻を壊しに来てるね。こんなの効かないけど」
 後ろへ。

 花の匂い。
「……これは、どこだ?」
「部屋全体に匂いがある」
「あー、僕、分かった。匂いってね、基本的に"落ちるもの"だと思っていいよ」
 つまり。
「上」
 三人で見上げる。そこには桜の花びらが塊となって浮いていた。ティナリが前触れなく弓矢を構えた。それをセノが止める。
「降りてくる」
 ゆっくりと、桜の花びらの塊が降りてくる。それは球体だった。中が、徐々に見えてくる。桜の花びらの球体の中に白い花が積もっていた。それ体を埋めるように、カーヴェが、座っている。
 はは、とティナリが笑う。
「スノードロップ。花言葉は、あなたの死を望みます。……ふざけないで」
 目は鋭かった。
 セノは球体に触れようとして、弾かれる。元素か、と呟いた。ならば。
 アルハイゼンは歩いた。こほ、と赤と黄色の薔薇の花びらが口から溢れる。
「黄色の薔薇、献身。赤色の薔薇、熱烈な恋、そして、愛情」
 ふっとティナリが呟いた。アルハイゼンは止まらない。そっと桜の花びらに触れる。弾かれなかった。そのまま、進む。
 真っ白なスノードロップを踏み潰して、進む。こほ、と赤と黄色が白に落ちる。
 こほ、こほ、咽せる。進む。痛くはない。苦しくもない。塊は出ない。ただ、花びらが落ちていく。
 もし、もしも。カーヴェがその"最も身近な人を傷つける"という呪いをある程度操作できたとしたら、とアルハイゼンは思う。これほど、長く花を吐いて、時が止まったように症状が進まなかったのは、アルハイゼンの時が止まっていたわけではないのだろう。きっと、もしかしたら、これは、カーヴェがある程度望んでいたから、その為の行動をしていたから。
 あの凪いだ目。あの日の手の甲へ口付けた男への無反応。全て、全てが。カーヴェの愛であり、恋だったなら。
「カーヴェ」
 声をかける。のろのろと、カーヴェは顔を上げた。そして、言うのだ。

「馬鹿だなあ、アルハイゼン。君はもう僕から逃げられたのに」

 あの日、アルハイゼンが、破産したカーヴェを拾った日。ロベリア(悪意)の中でカーヴェが言ったことだった。
 そっと、抱きしめる。カーヴェの体は見た目より、ずっと痩せていた気がした。不健康だ。そんな言葉が脳裏をよぎる。

 もし、もしも、だと。
「神の祝福が正しくここにあるとして、天才である君は、幸せになれるだろうか?」

 四人で飲んだ日。二人の帰り道。その時と同じ言葉だった。
 馬鹿なのは君だろうに。
「神の祝福など、知らない。俺は、カーヴェが居れば、幸せになる」
「馬鹿だなあ、僕の後輩は」
「俺の先輩は余程の馬鹿と見える」
「そうだよ。僕はずっと馬鹿だ。母様を裏切って呪われたんだから」
「そんなものは母親ではない」
「でも生みの親は僕を捨てたから。縁を切られてるし」
「知らん。俺がいる」
「うわ、何様なんだ君は」
「そんなことより、カーヴェ」
 どうでもいい。何もかも。
「好きだ」
 カーヴェは、乾いた笑いを溢した。花は吐いてない。なのに、カーヴェのその笑いは、まるで花を吐くようだった。
「僕も好きだよ」
 アルハイゼンの口から純白の百合が、落ちた。


[newpage]


 桜は舞う。舞う、舞う。怒っている。四人は何も言わずとも確信した。
「ともかく、僕はサポートに回る。アルハイゼンとセノとティナリで母様を殺して」
「母親などではない。あれは一種の神だろう」
「神殺しか」
「いいんじゃない。あんな悪意の花を長年送り続けるような奴、生きる価値無いよ」
 花は形を作る。
 猿だ。それは干からびた、失敗作のミイラのような巨大な猿だ。その左手だけが、どくどくと脈打っている。
「猿の手」
 言ったのはアルハイゼンだ。
「神でも何でも無い。一種の妖怪だ」
「それは何だ」
 セノが問う。
「諸説あるが、主な役割は"願いを叶えるが、その代償に、等しく価値のあるものを奪う"ものだな」
「へえ、なんだ、そんなもの。恐ろしくも何とも無いね」
 ティナリが言う。そうだとも。アルハイゼンは言った。
「俺たちはカーヴェを取り戻すだけだ。そもそもカーヴェは貴様のものではない。これは願いではない。当然の権利を主張しているに過ぎない」
 花なんて、花吐き病なんて、この妖怪に関係なかったんだ。ただ、人の子を定期的に攫うためだけの、口実。そんなもの、アルハイゼンにも、セノにも、ティナリにも、関係ない。そして、カーヴェにとっても同じだ。
「ありがとう。僕には攻撃する術が無かったから」
 そう言って、カーヴェは三人へできる限りのバフを付与した。元素の消耗が激しいだろうが、カーヴェは言った。
「殺して」
 当然だ。なんて、三人は言わなかった。一気に、最大火力の攻撃を叩き込んだ。

 猿の手が消えていく。桜が消えていく。庭園が元に戻る。カーヴェが、ごほ、と咳き込んだ。慌ててアルハイゼンが駆け寄る。ぽた、と指の隙間から血が溢れた。血を吐いていた。
「吐血だな」
 アルハイゼンが冷静に言う。ティナリが処置するよと手袋を変えた。
 セノだけは、慌てていたが、アルハイゼンにしてみれば、抱きしめた時に感じた不調ならば、吐血しても違和感はなかった。心得のあるティナリから見ても、同じだったのだろう。落ち着いてと言いながら、ティナリは吐血に対応した。

「気持ち悪い」
「最近食事はとったか」
「食べたけど全部吐いた」
「馬鹿なの? まあストレスだろうけど」
「猿の手だったか、長いことスメールを苦しめたものだ」
「寝ていたか」
「寝れなかった」
「あの部屋で寝れたら精神図太すぎるでしょ」
「部屋とは何だ?」
「カーヴェの部屋。凄かったよ、悪意が」
 セノが露骨に嫌な顔をした。アルハイゼンはカーヴェを縦抱きに、歩く。カーヴェはアルハイゼンにしっかり抱きついて、不調を訴える。ティナリは自宅療養か、食べれないなら入院で点滴しかないと言う。アルハイゼンは自宅療養を選んだ。カーヴェはどっちでもいいとぼやいた。
「ストレッサーが消えたし、あーもう、あとは部屋の掃除か。面倒だなあ」
「俺がする。カーヴェはしばらく俺の部屋で寝るといい」
「一緒に寝よ。もう一人はやだ」
「うわ、いちゃつくなら二人きりの時にして」
「とにかく俺はカーヴェの部屋の惨状を確認しないと気が済まないが」
「それは見せる。大マハマトラとして語り継ぐといい」
「花言葉を一つ一つ説明してあげるよ。不快だよ」
「誘い文句が酷すぎるだろう」
 わいわいと、四人はすっかり暗くなったスメールシティを歩いたのだった。

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