アルカヴェ/宝石を吐くカーヴェの話2/パラレル


 宝石とは永遠性と美しさが求められる価値だ。
 命の宝石は、逸話と美しさが求められる価値だ。
 つまり、命の宝石には永遠性がない。時が経てば劣化していく。勿論、永遠性も兼ね備える命の宝石だってある。だが、その儚さと制限が、命の宝石の価値を吊り上げているのは事実だ。
「カーヴェ、また吐いた(オーバーした)のか」
「まあね」
「宝石生成が足りないんだろう」
「そうなるけど」
「ほら、手を貸す」
「なんか君がそうやって協力的だと嫌だな」
 まるで、昔を思い出すようで。そこまで言わずとも、アルハイゼンは分かったらしく、眉をほんの少し寄せた。だが、それだけだ。カーヴェは大人しくアルハイゼンの手に手を重ねた。
 ソファに連れて行かれて、隣同士で座る。手をぎゅっと握られるので、カーヴェは深呼吸をして、思考を研ぎ澄ます。懐かしいような、温もり。ころん、大粒のルビー、命の宝石が生まれた。
「スタールビーではないか」
「うん。君、僕がスタールビーを吐くこともあると知ってるのかい」
「君の部屋から運び出した命の宝石はきちんと確認した。種類分けしていただろう」
「まあ、売るときに楽だからね」
「もう売らなくていい。俺が管理する」
「はあ?!」
 命の宝石の価値を分かってるのか!
 カーヴェが声を荒げると、アルハイゼンは頷く。
「だからこそ、俺が手元に置く」
「危険だ! もし、周囲に知られたら」
「空き巣対策は必要だな」
「だろう! それに、君の望む日常からも程遠くなる」
「だが、君が命を削るよりずっといい」
 命の宝石を、一部の良質な鑑定士はこう言う。
「己の産み落とした子どものようなもの、なんだろう」
 愛しいのだ。カーヴェは指摘されて黙る。カーヴェはまだ、命の宝石をオーバーするようになってから数年だ。だから、まだその本質を理解しきれない。でも、本能は命の宝石をきちんと価値の分かる善人に使って欲しいと希っていた。
「俺では不足か」
「そ、そんなこと無いけど、いいのか?」
「構わん。それより今日の夕飯だが」
「ああ、カレーピラフを作ったよ。スープもあるけど、無理して飲まなくていい」
「自分の分ぐらいは飲む」
「はいはい」
 カーヴェは夕飯の支度に戻った。

 夜中、カーヴェは吐き気で目覚める。起き上がって、袋を手にする。
 こほっ、こほ、かはっ、ごほっ。
 から、からん、からから、かん。
 命の宝石が口から飛び出していく。真っ赤なルビーは深い色をしていた。これは高そうだなと、カーヴェは泣きそうになる。こほこほと続けて吐いていると、扉が開いた。アルハイゼンがこつこつと近寄る。
「吐きたいだけ吐けばいい」
「あう、こほ、ごほっ」
 アルハイゼンの大きな手が背中を摩る。カーヴェは麻袋に宝石を吐いていく。
 嘔吐感が消えるまで吐くと、カーヴェは意識が朦朧としていた。
「あるはいぜん、ありがと、」
「ああ」
「ごめんな」
「……」
 もう、寝るといい。アルハイゼンに寝かせられて、カーヴェは意識を手放した。寝るというより、気絶だった。その姿を、アルハイゼンは痛ましいものを見るように見ていた。

 翌朝は遅く起きた。休日で良かった。カーヴェはブランチの用意をする。アルハイゼンは本を読んでいて朝飯を食べていなかったらしいので、二人分だ。
 さくっとフレンチトーストを作って、アルハイゼンを呼ぶ。二人で、朝飯を食べた。あ、幸せだな。カーヴェは思うと手からころんと何かが転がった。
「スタールビーだ」
 アルハイゼンが持ち上げる。カーヴェはポカンとした。
「え、何で」
「さあな。だが、これを生成したなら少しは体が楽だろう」
「うん。少し気が晴れた」
 カーヴェは何でだろうと思いながら、でもとらあえずは目の前のフレンチトーストを食べたのだった。

 宝石族の価値は古(いにしえ)より変わらない。美しい宝石をいくらでも生み出す極上の生き物。スメールでも、保護の対象だ。保護されないといけないぐらいに、不届者に見つけられたら監禁からの過度なオーバーで衰弱死してしまう。宝石族は正しい宝石生成を知ることなく、何者が介入せずとも衰弱死しがちだ。アルハイゼンはそれを知ったのだろう。カーヴェはあれからしばらく経って、書斎を片付けていて分かった。
 アルハイゼンが最近買った本達は、主に宝石族に関する論文などだった。そこまでしなくていいのに。カーヴェは思う。べつに自分の生い先が短かろうといい。命の宝石が残る。ただ、命の宝石も劣化する。でも、でも。人はいつか忘却と共に消えるのだから、何の問題もないだろう。
 カーヴェは永遠の建築物を手がかけた。だから、自分と宝石が有限でも耐えられる。
「カーヴェ」
 呼ばれて、振り返る。また、手を差し伸べられた。
「宝石生成を行おう」
「うん」
 彼の手に、そっと手を重ねた。今日も、カーヴェはアルハイゼンの温もりと共に宝石を生成する。延命手段に過ぎない、それを。
(バカだなあ)
 僕も、君も。カーヴェそうして、少しだけ泣きそうになったのだった。


・・・

用語説明
【命の宝石】命と引き換えに生み出される宝石。大抵は亡骸を焼いた灰の中に紛れ込んでいる。多くは手のひらサイズの原石。普通の宝石よりも高値で取引される事が多い。市場には命の宝石を名乗る普通の宝石(つまり偽物)が多い。普通のジュエリーにするには価値が重すぎるが、コレクターにとってはどれだけ金を積んででも欲しい代物。全ての命の宝石に無造作に高い価値がつくわけではない。命の宝石の価値は、『美しさ』『逸話』が重要視される。
【宝石族】命の宝石を『死ぬ事なく』自在に生み出せる生き物のこと。種は問わない。宝石族は自分の命の宝石に似た色を好む傾向がある。
【生成(クリエイト)】宝石族が命の宝石を自在に生み出す行為のこと。信頼関係のあるひとと触れ合っていると生成が成功しやすい。
【宝石嘔吐(オーバー)(over)】宝石族が許容量を超えた宝石を生み落とす行為。吐き出すとも言う。強い痛みや激しい不快感を伴う為に大抵の宝石族はオーバーを避けようとする。
【鑑定士】命の宝石を生き物が死ぬ前に鑑定することが可能な特殊能力を持つ人間のこと。ヤブ医者ならぬ、ヤブ鑑定士も多い。また、鑑定士の鑑定能力は精度にだいぶ個人差がある。
【証明】公認の鑑定士が命の宝石の証明書を書くこと。命の宝石の証明書を指すこともある。命の証明とも呼ばれる。証明を好まない人も多い。
【色調(トーン)】音や色の調子。色合い。宝石族に対して特徴的に使われる際は、命の宝石の色について指すことが多い。
【色調変化型】色調の安定しない宝石族。その時々に様々な色の宝石(石自体は同じ)を生み出す宝石族のこと。

宝石族がただでさえ珍しいのに、色調変化型の宝石族は輪をかけて珍しい。
さらに宝石としての価値が高い石になるととんでもなく珍しい。

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