アルカヴェ/オメガバース/α×Ω/血統
※カーヴェがゼンとニロを恋仲にさせようとしますが、これはアルカヴェです。
※カーヴェ←ニィロウの片想いがありますが、これはアルカヴェです。
※カーヴェと鍾離が仲良し(?)ですが、これはアルカヴェです。
※カーヴェの血統を捏造。
※子を孕むという話ですが、まだ子を孕んでません。
※ハッピーエンドです。
真白い肌と、サングイトより赤い目と、麦のような金色の髪。これら全てが揃った子には赤い衣を着せなさい。
『血統』
カーヴェはいつも花の香りがする。アルハイゼンはまたかと思う。
酒場でカーヴェを拾ってからもう数年が経つ。カーヴェは何度もこの家を出ようとしては、様々な理由で戻ってきている。
いい加減、認めればいい。そう伝えて、これまた数年。カーヴェはようやく、アルハイゼンの家を巣として覚えたらしい。
その頃からだった。カーヴェは花の香油を頻繁に使うようになった。
元から華やかな香水を使う男だった。だから、まあ、好みなのだろう。アルハイゼンは部屋の中に漂う花の香りと、昼食のピタを作る彼の鼻歌を聴く。
カーヴェの花の香りは心地良く、彼が歌うのを聴くのは嫌ではない。アルハイゼンはカウチに座ると、本を開いた。
「アルハイゼンはアルファだよな?」
昼食の最中に、カーヴェは言った。確認することもない。アルハイゼンは第二性を隠してはいないからだ。
「アルファだと君も知っているだろう」
「いや、確認さ」
「君はベータだったな」
「うん。スメールじゃ珍しいことにな」
「スメールはアルファばかりだ。もしくはアルファの種を有用に使う為のオメガか」
「ベータはとことん無意味だと言われる。まあ、人材が国益なのだから、仕方ないな」
「それがどうしたんだ」
「いや? ベータならばベータらしく在ろうと思ってね」
カーヴェは笑う。それが何だか薄っぺらくて、アルハイゼンは眉を寄せる。ざりざり。心臓の裏を箒で引っ掻かれたような気がした。
「カー、」
「ところでアルハイゼン。僕は少し遠出しようと思ってね。仕事なんだ」
「どこまで行くんだ」
「璃月だよ。すぐ終わるだろうから、気にしなくていい。一応、作り置きの料理を冷蔵庫に詰めておくから、食べたいときに食べればいい」
「何故、璃月に行く?」
「仕事だってば」
カーヴェはあまり気にしなくていいと、ピタに齧り付いていた。小さな口だと、思った。
「いつからだ」
何とか声を出すと、カーヴェは言った。
「一ヶ月後。そう急な話じゃないだろう?」
一ヶ月後に、この男が璃月に発つ。その事実が、ぞうっとアルハイゼンの内臓を蠢かせた。
・・・
ニィロウは楽しげにバザールに立っている。私服姿で、明らかに上機嫌だ。赤い髪を揺らして、細い手足をゆらめかせる。もちろん、声をかける人たちはいて、みんながニィロウの待ち人を知っていた。
「ニィロウさん」
「あっ! カーヴェさん!」
こっちだよとニィロウは走り、カーヴェに抱きついた。
シアターの隅。カーヴェとニィロウは狭いそこで布地を見ていた。
「この布はどうだい?」
「うん。軽くて、踊りやすそう!」
「なら決まりだ。あとはこちらの色味と合わせたいんだけど」
「わあ、素敵な赤紫!」
「うん。あなた好みだと思ってね」
にこにことカーヴェは笑っている。ニィロウは花神の舞の新作のための衣装をカーヴェと作っていた。
どうしてそこまでしてくれるんですか?
カーヴェに聞いたのは少し前のこと。その言葉に、カーヴェは優しく笑った。
花神があなたの舞を喜んでいるだろうからさ。
その言葉がやけに嬉しくて、ニィロウはカーヴェのことが大好きになった。
裏表のない人。綺麗な人。優しい人。笑う人。ニィロウはそういう人を嫌うことがない。カーヴェという人は、どこにも、ニィロウが嫌う要素がなかった。兄がいたら、こんな感じなのかな。ニィロウがそう頬を染めると、シアターの仲間たちはそうかもねと笑ってくれた。
「裁縫は僕がやろう」
「え、そんな、手伝うよ!」
「いいの。僕がやりたいんだ。任せてくれるかい?」
「で、でも、サイズとか」
「サイズの合う衣装を貸してもらえれば、直接測る必要もないよ。そもそも、メラックを使ってもいい」
「あ、メラック! じゃあ、メラックにデータを記録してください!」
「いいのかい?」
「カーヴェさんなら悪用しないから大丈夫!」
「はは、ありがとう」
カーヴェの柔らかな笑みに、ニィロウはやっぱり素敵な人だと再確認した。ピッポと、メラックがカーヴェの隣に浮かんだ。さあ、採寸だ。
・・・
カーヴェが家の中に花を飾るようになった。アルハイゼンは首を傾げる。花は全てパティサラだった。ただ、その色は安定しなかった。白とか、青とか。日によってまちまちで、ころころと表情を変えるカーヴェ自身のようだと思った。
そんなパティサラを、カーヴェはドライフラワーにもしていた。皿には、押し花や、花ジャムにもした。すっかり花の香りで満ちるようになった家を、アルハイゼンはどうしてか拒絶できなかった。むしろ、好ましくて、心地良くて、帰宅や休日が楽しみになった。
そして、同時に、あと二週間もすればカーヴェが璃月に発つことに、胸がざわついた。
「アルハイゼン?」
今日はパティサラを使ったサラダを作るらしいカーヴェは、きょとんとしている。
「どうしたんだ」
「いや、君こそ。なんだか、泣きそうな顔をしてるぞ」
まるで子どもみたいだなと、カーヴェは笑った。
・・・
ニィロウの衣装が出来上がった。カーヴェがそう言って、見せてくれた。ニィロウはわあっと声を上げる。
「すっごくきれい!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。新作は来週だったね」
「うん! カーヴェさんもぜひ見て!」
「いや、僕は見れないんだ」
え、とニィロウは瞬きをする。カーヴェは苦笑した。
「来週には他国へ仕事に行くんだ。だから、」
「っそれなら、今、見てください!」
「へ?」
ニィロウは衣装を手に走る。シアターの仲間たちに今すぐ舞台に明かりをと頼み込み、衣装に袖を通す。白と赤紫の、花神に捧げるための花の衣装。それをカーヴェだけには絶対に見てほしかった。
「行きます!」
シアターの仲間たちはすでに状況を飲み込んでいて、頼もしい彼らの整えた舞台で、ニィロウは精一杯、踊った。
たった一人の観客であるカーヴェは、その踊りを嬉しそうに見ていてくれた。
・・・
「アルハイゼン」
夜。明後日にはカーヴェは璃月に発つ。その事実が苦しくなるほど、アルハイゼンを苛む。でも、花の香りがする家にいると、不思議と苛立ちが落ち着いた。
「何だ」
「これ、シアターのチケット。ぜひ見て来るといいよ」
「君の分は無いのか」
「僕は行かないよ! 公演日は僕が発った後だ」
「そうか」
「絶対に見に行ってあげろよ。ニィロウさんが踊るんだから」
「それがどうした」
「君ねえ」
全くもうと、カーヴェは言う。
「君、ニィロウさんのことは気に入ってるだろう? 大切な人は大事にすべきだ。ニィロウさんのハレなんだから、ちゃんと見て来い」
「君は?」
「僕は関係ないだろう? それに、僕には仕事があるんだ。ニィロウさんのことを頼んだよ」
「何故?」
アルハイゼンは鋭くカーヴェを見る。
「頼むとは何だ」
「うん? そのままだよ」
「それはまるで、」
アルハイゼンに娘を託す、父親のような。
「ニィロウさんを幸せにしておあげ」
カーヴェは心底幸せそうに笑っていた。アルハイゼンは目を見開く。何も言えなかった。なのに、カーヴェは、パティサラの花ジャムの瓶をまた一つ、保存庫に仕舞っていた。
・・・
カーヴェは璃月へと発った。旅人とパイモンが、その付き添いをした。
アルハイゼンは、必要なかった。
・・・
ズバイルシアター。アルハイゼンは関係者席にいた。チケットを見せると、そこに案内されたのだ。ニィロウが新作の花神の舞を踊るとのことで、満席だった。
ふわ、ひら。ニィロウが立っていた。白と赤紫の、パティサラみたいな、見たこともない衣装だった。でも、何もかも、ニィロウによく似合っていた。芸術にあまり造詣の深くないアルハイゼンですら、そう思ったのだから、間違いはないのだろう。
ただ、ただ言うなら。
その衣装から匂い立つような花の気配が、鼻腔を掠めた気がした。
・・・
璃月。旅人とパイモンと別れる。カーヴェはいつもの赤い衣を着ていた。
「カーヴェ殿」
「あ、鍾離さん!」
案内しよう。鍾離はそう言って、懐かしそうに目を細めた。
・・・
アルハイゼンを見つけたニィロウが駆け寄ってくる。演目は終わっていて、アルハイゼンは控え室に押し込まれた。
「アルハイゼンさん、カーヴェさんを知らない?!」
「璃月だろう」
「え、璃月に行ったの?」
きょとんとするニィロウに、アルハイゼンは眉を寄せる。
「カーヴェがどうかしたのか」
「えっと、この衣装、カーヴェさんが仕立ててくれたの。あの、お礼をちゃんとした方がいいって思って。いらないって言われたけど、やっぱり必要だよ」
「そうだろうが、ここにカーヴェはいない」
ふわ、花の香りがする。カーヴェの、匂いがした。ぐらり、アルハイゼンはよろめく。ニィロウが慌てた。
「アルハイゼンさん?!」
「いや、何だ、その、匂いは」
「え、ああ。これはカーヴェさんの香水かな?」
「ニィロウ、あなたの第二性は?」
「アルファだよ。それがどうかしたの?」
この匂い、わたしも好きだな、と。ニィロウは笑った。アルハイゼンの本能を揺さぶる匂いだ。ニィロウもまた、頬を染めている。まさか。真逆。アルハイゼンはピースがハマった。
「ニィロウ、その衣装は着ない方がいい」
「え?」
「オメガの、匂いがついている」
「あ、確かに似てる、けど、なんで」
さあっとニィロウの顔から血の気が引いていく。だって、そんなの、一つしかない。
オメガが、衣装に匂い(フェロモン)をつけた。
そして、アルファを引き合わせた。
アルファの興奮剤とも言える、オメガのフェロモンと共に。
「なん、で、カーヴェさん……?」
「兎に角早く着替えろ。衣装は俺が預かる」
「う、うん! 待ってて!」
ニィロウはたったと走る。アルハイゼンは念の為にと懐のピルケースから抑制剤を取り出そうとして、見つからなかった。
ピルケースはあった。でも、その中の錠剤は、よく見てみればすぐにわかった。
よく似た、偽物。ただのラムネ菓子だった。
こんな事ができるのは一人しかいない。
「っ、カーヴェ!」
思わず小さく唸って、アルハイゼンは頭を押さえてよろめいた。頭が痛い。発情期を引き起こされる。ダメだ、駄目だ。嫌だ。
アルハイゼンは、
「カーヴェ……っ」
カーヴェだけなのに。
・・・
「花の香りを選んだのか」
鍾離は言う。カーヴェはいつもの赤い衣をひらめかせる。
「はい。いい匂いですよね」
「母君も、喜んだだろう」
「はい。母は僕の運命を悲しんでいたけれど、同時に応援してくれたので」
「だったら、すぐに運命を探し出すといいぞ」
「そんなことはしません! 適当なアルファを探すつもりです」
「適当に種をもらうと?」
「有り体に言えばそうなります。僕はこの血統を継いでいく役目があるので」
「だったら」
あ、とカーヴェは鍾離の前で指を口元に寄せた。
「鍾離さんは駄目ですよ」
「……やはりか」
「血統が強すぎます。僕の性質を受け継ぐ子にならなければ」
「そうだな」
鍾離は残念そうに言うと、ではと手を差し伸べた。
「フォンティーヌへ、案内しよう」
「ぜひ」
カーヴェは笑った。
・・・
走る、走る。
「っ! ニィロウ! アルハイゼン!」
「大丈夫か!?」
「旅人、パイモン。君たちに第二性は無いな?」
「うん!」
「無いぞ!」
「分かった。入ってくれ。ニィロウは別室にいる」
アルハイゼンから連絡を受けた旅人がシアターの控え室の一つに入る。中ではアルハイゼンが血を流している。旅人の空は慌てて駆け寄って、手当てをした。
それを終えると、言う。
「何があったの?」
「俺が聞きたい。旅人、正確に答えろ」
「あ、うん」
「カーヴェに何を頼まれた?」
「えっと、」
確か、と空は言った。
「"璃月に行きたい、できれば、足のつかない方法で"」
「何をした?」
「ワープポイントを使って璃月に連れて行ったよ」
「そうか」
「アルハイゼンはどうしたの? これ自傷の怪我だよね?」
「ラットだ」
「それって、アルファの発情期のようなもの、だっけ? オメガに誘発されるっていう。オメガがここにいるの?」
「カーヴェは、オメガか?」
「バース性がない俺には分からないよ。アルファじゃないの?」
オイラはアルファって聞いてたけどなあと、パイモンは不思議そうに相槌を打った。
兎に角、それならと、空はアルファ用のヒート薬をもらってくると部屋を飛び出したのだった。
・・・
カーヴェは夢を見た。花と砂の夢。優しいそれに抱かれて、目を閉じる。
──だめ。
ふと、声がした。花と砂の夢に異物が混じる。
否、それは、異物では無い。尊い、友だ。
──いくらその血を絶えさせないためとはいえど、
悲しそうな顔をしている。
花と砂の夢は柔らかくカーヴェを抱きしめている。その顔を、悲しい友が覗き込む。
「本当に好きな人以外の子を孕むなんて、悲しいわ」
本当に好きだから、巻き込みたく無い。
でも、そう言うには、友はあまりに悲痛な顔をしていた。
・・・
「見えたわ」
旅人はセノとティナリを呼び、ナヒーダの元にいた。
「カーヴェは船の中にいる」
それはフォンティーヌ行きの船だ、と。
・・・
アルハイゼンは血を吐く。ラットのための抑制剤が体に合わない。ビマリスタンの使者はシアターの控え室で、最善の治療をする。とにかく、長い事フェロモンに体が晒されていたのだろう、と。
「一度引き起こされたラットが長引くように……悪質なオメガが近くにいませんでしたか」
「っ!」
カーヴェを悪く言うな。そう言おうとしてしまう。だが、この状態は、確実にカーヴェに非があった。
ニィロウはもう回復したらしい。
・・・
ニィロウは思う。
「カーヴェさんが、オメガなら、わたし、」
私は、カーヴェさんと番になりたい。
その夢想を頭を振って振り払う。だって、カーヴェを乞い願う人は他にいた。
アルハイゼン。あの人こそが、カーヴェさんと並ぶ人だから。
・・・
カーヴェは船の中で船員たちと仕事をしながら、フォンティーヌを目指した。
「なんだア?!」
「どうかしたのかい?」
「いやカーヴェさん、あれさあ!」
「えっと、旅人、かな」
やけに怒気を感じるティナリとセノを連れてるけど。
「っカーヴェ! なにしてるの!!」
「ティナリ落ち着いて」
「さっさとスメールシティに戻るぞ」
「セノ、僕はなんと借金がもうないんだ。だから、スメールに戻る必要はない」
「アルハイゼンが探してる」
空の言葉に、だからこそさとカーヴェは笑った。
「僕はアルハイゼンと離れる為に、フォンティーヌに行くのさ!」
セノは唇を噛み締め、ティナリは毛を逆立て、空とパイモンは叫んだ。
「だからこそ帰ろう。カーヴェの家はスメールシティにある!」
「じゃあ、子を産んだらいいよ」
「カーヴェは本当に、」
「うん。オメガだね」
微笑むカーヴェは既に母のような顔をして、片手で下腹部を撫でた。ティナリがその手を掴む。
「帰るよ」
「ティナリ?」
「帰ろう」
「セノまで? 関係ないのに」
「友達が苦しんでるんだよ」
「旅人?」
空はハッキリと言う。
「アルハイゼンがカーヴェを求めてる」
「……ただ、僕らが近くにいただけさ」
目を逸らす。気持ちを言わない。カーヴェは、誰かの子を欲しがっている。それは、誰でもいいと。
「アルハイゼンは血統が強すぎる。僕(血統)が望む子を産むには適さない」
「だからって、好きでもない人の子を産むの?」
「うん。そうだよ」
ティナリが顔を歪める。セノも、難しい顔をしていた。空は言う。
「カーヴェ、大切なことを聞くよ」
「うん」
「好きな人はいるの?」
カーヴェの目は凪いでいた。
「だとしても、僕は血統を継ぐ子を産まねばならない」
ぶわ、花が舞う。砂が舞う。舞う、舞う舞う舞う舞う、踊る。
「僕の血統を、あなた達は知らないんだ」
知らなくて、いいんだよ。
空とティナリとセノは武器を手にする。カーヴェが、メラックを起動させて、大剣を振るった。船員たちが水を撒く。草原核が、次々と作られ、開花する。ティナリもセノも空も、カーヴェに近づけない。
「っ、ティナリいける!?」
「草原核とその開花が邪魔!」
「怪我を承知で行くしかない」
セノが突っ込む。ティナリと空も続いた。カーヴェは赤い衣をひらめかせた。しまった。空は目を見開く。
草原核が一気に花開いた。
「そこまでよ」
ナヒーダだった。
「カーヴェ、あなたを、わたくしは他の国になど行かせない。もうきめたの、友を失うことになるのは、やめようって」
「クラクサナリデビ様……?!」
「カーヴェ。あなたは、オメガなのでしょう」
「はい」
「ずっと、アルハイゼンと共にいたわ」
「はい」
「受け入れたと、思っていたの」
「……」
「番になるのも、子を成すのも、当事者間の問題だわ。でも、」
わたくしは、ね。
「あなた達がちゃんと話し合うべきだと思うの」
「クラクサナリデビ様、僕は」
「あなたの血統を、わたくしはやっと知ったわ。でもね、いいの。もう、いいのよ。あなたの母親だって、血統にしばられてあなたを産んだわけでもない」
「……はい」
「アルハイゼンとの間に色濃い血統の子を成せるかどうかは、天命のみが知ること。あなた自身が判断するところではないのよ」
「僕は、アルハイゼンには、血統に縛られてほしくない」
「わたくしにとっては、それはあなたもよ、カーヴェ」
「……」
「どうかわたくしの名の下に、スメールに戻りなさい。カーヴェ」
「……はい」
カーヴェは頭を下げた。
・・・
スメールシティ。アルハイゼンの家。カーヴェは扉を開く。アルハイゼンのフェロモンと、血の匂いがした。
せっかく、花の匂いに混ぜ込んでフェロモンで埋め尽くしたのに。カーヴェは息を吐く。アルハイゼンはカウチにいた。
「アルハイゼン。君、何をしてるんだ。自傷なんてらしくない」
「……カーヴェ、か」
「ラットか? 抑制剤は飲んだみたいだな」
「カーヴェ、」
「料理は? 腹が減ってるなら料理を、」
「カーヴェ、君、帰ってきたのか」
「ああそうみたいだ」
ただいま。そう言うと、アルハイゼンはのそりと立ち上がって、カーヴェをぎりぎりと後ろから抱きしめた。
「カーヴェ、おかえり」
「うん。ただいま」
「君はオメガなんだろう」
「まあそうだね」
「だったら、俺と番になればいい」
「はあ?」
「そうすれば全てが上手くいく」
「何一つとして上手くいかないね。君と僕はあまりに合わない」
「全てが上手くいくんだ」
「アルハイゼン、君ねえ」
「カーヴェ」
アルハイゼンは苦しそうに言う。腕の力は強かった。
「俺と番になってくれ」
この、傍若無人とも言えるような男の懇願に、カーヴェは思わず唖然として、うなじを守ることを忘れてしまった。
次に感じたのは、うなじへの鋭い歯。その、痛みだった。
・・・
「カーヴェさん!」
「ニィロウさん。久しぶりだね」
「あのあの、アルハイゼンさんと番ったの……?」
「うん。ほら、」
長い髪を持ち上げるカーヴェに、むうとニィロウは頬を膨らませる。
「もう少し早く気が付いてたら」
「ニィロウさんにそこまで好かれてたのかい?」
「そうだよ。だって、誰よりも優しくて、綺麗で、あのね、かみさまみたいなの」
「それは、」
言い淀むカーヴェに、ニィロウは笑う。
「花神でも砂の王でもクラクサナリデビ様でもない。でも、そういうかみさまが目の前にいるみたいなの」
わたしね。
「カーヴェさんのことが好き」
「……ごめんね」
「ううん、いいの」
だからね。
「幸せになってね、カーヴェさん」
カーヴェはふわりと笑った。
・・・
「まだ孕んでなかったか」
アルハイゼンが覆い被さりながら、カーヴェの腹を撫でる。カーヴェはそうみたいだとビマリスタンで買った検査薬の結果を見せる。
「やっぱり男のオメガは発情期じゃないと受精が難しいのかな」
「君の発情期はいつだ」
「……教えなきゃ駄目か?」
「子が欲しいのは君ではないのか? 俺も欲しいが」
「構文やめろ。来月だよ。僕の発情期は三ヶ月に一度、一週間で、」
「誘発フェロモンを試すのはどうだ」
「そこまでしなくていい。そんなことで受精率が上がるとも思えない」
「そうか」
アルハイゼンはそれでもカーヴェに覆い被さったままだ。カーヴェがきょとんとする。
「アルハイゼン?」
「俺は、子を成すためだけに君を抱くのではない」
「は?」
赤い目が見開いた。
「好きだ」
はく、とカーヴェが息を吐いた。真正面から告白されたのは、初めてだった。熱に浮かされたわけでもない。理性での愛の言葉だった。
「カーヴェが好きだ」
「あ、アルハイゼンっ」
「愛してる」
「やめ、」
「君がドロドロになるまで抱きたい」
あいしてるから。アルハイゼンの誘いに、カーヴェは真っ赤になりながら、細く、言った。
「僕も、愛してる、よ」
だからこそ、君には幸せになってほしかった。
でも、君の幸せは僕と一緒になることだった。
カーヴェは涙を流す。アルハイゼンはそんな愛しい番の姿に、べろりと涙を舐めて、深いキスをする。
そして、言うのだ。
「一生を共にしたい」
「僕、も」
そうして二人はベッドに沈む。
それはどこまでも優しい夜だった。