アルカヴェ/宝石を吐くカーヴェの話/パラレル


 傷つける程に、石ころは宝石へと変わっていく。

 こほ、こほ、ころん。
 カーヴェは石を吐いた。宝石だ。全く嫌な体質だ。カーヴェは渋々、宝石を空箱に詰める。

 全ての生き物には宝石が宿る。
 その宝石は命の宝石とも呼ばれ、亡骸を焼いた時にのみ、燃え殻の中に原石が出現する。
 しかし、稀に命の宝石を自在に生み出せる生き物がいる。
 その稀な生き物を、人々は宝石族と呼んだ。

 カーヴェは宝石族だ。とはいえ、宝石を吐いた(オーバー)のは教令院を出てからである。宝石族としてはかなり遅い開花だ。それ故か、カーヴェの吐くルビーは色調が安定しなかった。つまり、ルビーの色調変化型と呼ばれる者だ。

 アルハイゼンにはバレない様にしないと。そう思いながら、箱を積み上げる。そろそろいくつか売りに出さないといけない。宝石族の宝石は、高値で取り引きされる。特に、カーヴェは一般の宝石でも価値の高いルビーであり、時にはスタールビーさえ吐く。そんな希少な宝石族は、アルハイゼンならさぞかし嫌うだろう。

 また璃月で売り捌くか。カーヴェは自分の身元が割れない様に、計画を練る。もし、カーヴェがルビーの宝石族と知られたら、攫われて檻の中だろう。

 さて、そろそろ夕飯を作らねば。アルハイゼンの帰宅はおそらく、と考えながら、カーヴェはメラックと共にキッチンに向かった。

 メラックと料理を作る。時間を測ったり、温度を測ったりと、何かと便利な機能も詰め込んであるのだ。そろそろメンテナンスかな。カーヴェは考える。メラックにはカーヴェの宝石をいくつか使ってある。それもとびきり大粒のものだ。メラックをもし解体されたら、カーヴェは完全に宝石族とバレるだろう。もしくは宝石族から宝石を買ったのかと疑われる。

 アルハイゼンが帰ってきた。戻ったと、彼は言う。カーヴェは風呂なら出来てる。夕飯はもう少しと応えた。


・・・


 その日、カーヴェは璃月港にいた。宝石の入った小箱をメラックに詰め込んで、ふらふらと歩く。髪を黒く染めて、赤い目は緑色に変えている。服装は桜色をしたものだった。
「申し申し」
 カーヴェが璃月港の古い雑貨屋の戸を叩く。ぴょんと若い少女が飛び出して来た。
「もしもしさんこんにちは」
「はい、こんにちは」
「もしもしさんはいつもの用事?」
「はい、いつもの」
「おじいが待ってるよ」
 ぴょんぴょんと少女はギミックを稼働させる。店の中、奥深く。鉱山と繋がるそこで、本物の鑑定士の老人が待っている。
「やあ、お兄さん」
「お久しぶりです。宝石を買っていただけませんか」
「鑑定しても?」
「お好きにどうぞ。言い値で売ります」
「貴方は自身のことを気にした方がいい。命の宝石はその命そのものだ。宝石族にとっては、吐いた宝石は子どもに近い」
「そうとは限らない」
「まあ、貴方はまだ若いからね。いや、長生きする宝石族は知らないが……うん。買取価格は……」
 そうしてカーヴェは宝石の入った箱を、モラと交換した。


・・・


 璃月の小料理屋で昼食を摂る。粥を食べていると、隣はいいかと声をかけられた。どうぞと振り返ると、鍾離先生がいた。
 カーヴェは鍾離先生を旅人を通じて知っている。洞天でお茶したこともある。故に、カーヴェは今、パニックになりそうだった。
「貴方はカーヴェか」
「すみません。どうか内密に」
「変装しているのだから、事情があるのだろう?」
「はい……」
「スフェーンの色調変化型が殺された」
「っ!」
 鍾離は粥を頼み、言った。
「コサックギツネだったか。動物だったのでな、うまく生み出せなかった。過剰なオーバーでの衰弱死だ。俺としては、殺したに等しいと思う」
「そう、ですか……」
「宝石族は種を問わない。ただ、宝石を吐くだけの特性を、人間は好み過ぎた。仙人までもが、宝石族を尊ぶ」
「貴方は、違うのですか」
「俺の様なもの達は宝石族も等しく命ある生き物だとよく分かっている。長くを生きたからか、責任を持って生きてきたからか、分からないが」
「……」
「貴殿は宝石族だろう」
「何も無い」
「なるほど、不躾だったな」
「いや、ええと、もう分かっているのでは?」
「今度、旅人の洞天で話そう」
「ぜひ」
 カーヴェは粥を食べ終えて、モラを鍾離の分も合わせて机に置いて、さっさとスメールへと帰った。


・・・


 スメールシティ、今は夜だ。カーヴェは道中で変装を解いて、いつもの姿でメラックを手に歩く。スメールシティの人々は優しい。だからこそ、カーヴェが宝石族であることで生まれる諍いに巻き込む訳にはいかなかった。
 アルハイゼンの家は暗かった。もう寝ているのかと戸を開くと、アルハイゼンが立っていた。
「うわあっ?!」
「煩い。どこまで行っていたんだ」
「仕事だよ。璃月までね」
「計画書が提出されていなかった」
「璃月のことを教令院に報告しないだろ!」
「静かにしろ」
「というか灯りをつけろよ」
 カーヴェがぱちんと元素式のランプをつける。ぽわぽわと明るくなる部屋は本で散らばっていた。また片付けてないのかと、カーヴェは呆れる。
「君なあ、僕が出て行ったら、本に埋もれて死ぬ気か?」
「君が片付けるからいい」
「はいはい。古い本は知恵の殿堂にでも持って行っておあげよ。あそこは喜ぶだろ」
 夕飯を軽く作ると言うと、アルハイゼンはキッシュがいいと宣言した。どうやら夕飯を食べていないらしい。自炊できないわけでもないのだから、食べろ。カーヴェはせっせとキッシュの支度をした。

 二人で夕飯を食べて、風呂に交代で入る。さて寝るかと寝室に戻ろうとして、カーヴェは喉に違和感を覚えた。あ、と思う。アルハイゼンはいない。いないなら、と、廊下に蹲った。
 げほ、こほ、ごほ、ころんころん、カラン。真紅の宝石たちが落ちていく。何だか色が濃い。これだから色調変化型は価値が落ち着かないんだ。カーヴェは嘔吐の苦しさで涙を流し、荒々しく呼吸する。アルハイゼンは来ない。来ないで。頼むから、気が付かないで。
 君の平穏を壊したくないんだ。
「カーヴェ?」
 宝石嘔吐(オーバー)が、止まらない。視界が、霞む。からんからん、きら、きらり。

 夢を見た。母と父の、家族が揃っていた頃の夢だ。あの頃、カーヴェは宝石を吐かなかった。何故だろう。何故、カーヴェは急に宝石族として開花したのだろう。
 愛しい子、お聞きなさい。
 母と父が手を握ってくれる。ふわ、と暖かくなる。心地良い感覚が広がる。手の中には、真っ赤なスタールビーがあった。
(そうか、そうだったんだ。僕はとっくに、宝石族だった)

 目を覚ます。アルハイゼンのベッドだった。彼の匂いがする。アルハイゼンは本を読んでいた。
「目覚めたか」
 ぱたんと本を閉じる。そして、木箱を指差した。
「君の部屋にあった宝石を回収した。君は宝石族か」
「うん」
「いつからオーバーを繰り返している? オーバーは苦痛を伴う。宝石族が衰弱していく原因だ」
「教令院を出てからだよ」
 そう、誰も、オーバーを防ぐための宝石生成を手助けしなくなってから、カーヴェ自身が忘れていたのだ。
「宝石生成しないと」
「親しい人と触れ合うといいらしいが」
「うん。親しい、かは分からないけど、僕がこんなことを頼めるのは君ぐらいかな」
「そうか」
 アルハイゼンがカーヴェの頬を撫でる。そして、手を握った。
「生成できるか」
「やってみる」
 目を伏せる。人の体温。ああ、懐かしい。傷つきやすいカーヴェを守る、優しい温度。
 手を開くと、そこには大粒のルビーがあった。スタールビーではないが、上々だ。
「定期的に宝石生成を手伝う」
「悪いよ。オーバーしても構わない」
「また倒れるつもりか」
「それは」
「君が、苦しむぐらいなら、俺の時間を割こう」
 アルハイゼンの言葉に、カーヴェは目を見開く。そして、恐る恐る言った。
「君がそんな事を言うなんて、熱烈だな」
「そうだ。君だからな」
 他ではない、カーヴェだから。そんなアルハイゼンの言葉に、カーヴェはゆるゆると目を閉じた。何だかとても眠たかった。


・・・


用語説明
【命の宝石】命と引き換えに生み出される宝石。大抵は亡骸を焼いた灰の中に紛れ込んでいる。多くは手のひらサイズの原石。普通の宝石よりも高値で取引される事が多い。市場には命の宝石を名乗る普通の宝石(つまり偽物)が多い。普通のジュエリーにするには価値が重すぎるが、コレクターにとってはどれだけ金を積んででも欲しい代物。全ての命の宝石に無造作に高い価値がつくわけではない。命の宝石の価値は、『美しさ』『逸話』が重要視される。
【宝石族】命の宝石を『死ぬ事なく』自在に生み出せる生き物のこと。種は問わない。宝石族は自分の命の宝石に似た色を好む傾向がある。
【生成(クリエイト)】宝石族が命の宝石を自在に生み出す行為のこと。信頼関係のあるひとと触れ合っていると生成が成功しやすい。
【宝石嘔吐(オーバー)(over)】宝石族が許容量を超えた宝石を生み落とす行為。吐き出すとも言う。強い痛みや激しい不快感を伴う為に大抵の宝石族はオーバーを避けようとする。
【鑑定士】命の宝石を生き物が死ぬ前に鑑定することが可能な特殊能力を持つ人間のこと。ヤブ医者ならぬ、ヤブ鑑定士も多い。また、鑑定士の鑑定能力は精度にだいぶ個人差がある。
【証明】公認の鑑定士が命の宝石の証明書を書くこと。命の宝石の証明書を指すこともある。命の証明とも呼ばれる。証明を好まない人も多い。
【色調(トーン)】音や色の調子。色合い。宝石族に対して特徴的に使われる際は、命の宝石の色について指すことが多い。
【色調変化型】色調の安定しない宝石族。その時々に様々な色の宝石(石自体は同じ)を生み出す宝石族のこと。

宝石族がただでさえ珍しいのに、色調変化型の宝石族は輪をかけて珍しい。
さらに宝石としての価値が高い石になるととんでもなく珍しい。

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