花嫁様は隠したがり05完/カントボーイカーヴェとその周囲のすったもんだ/カーヴェ受けではある。書きたいシーンが恋愛シーンではないので特に相手を決めてません。常に余裕のないカーヴェくんがいます。あと女の子たちが強い。
一通り書きたいところを書いたので完結とします。長々とお付き合いありがとうございました!


!生理の話が出ます!


 朝、体温を測る。そしてカーヴェは眉を寄せた。いつもと違う。脳に書き付けて、旅人に連絡しようか悩んだ。これはおそらく、生理の前兆である。初潮、それがとうとうくるのかもしれない。カーヴェは念のために専用の下着と生理用品を身につけて、朝の支度を始めた。
 今日は家の中でする作業しかない。無いわけだが。
「また、僕の鍵を持って行ったな?!」
 アルハイゼンを見送った後、何となしに鍵置き場を見れば、カーヴェ用の鍵が消えていた。結果、カーヴェは本当に今日は外出できなくなったわけである。

 苛立っていても仕方ないし、アルハイゼンがカーヴェの鍵まで持って行く"うっかり"をするのも初めてでは無い。掃除洗濯その他家事を徹底的にやってから仕事に掛かっても、充分な時間があることだろう。
 かくして家事を行い、家をピカピカにしてから仕事を始めた。さっさかとペンを走らせる。特に鈍さは無い。普段通りの筆運びである。あまりに普段通りなので拍子抜けだが、仕事だからだろうか。実際、ペンを取って集中していると、不安が分散していくのを感じる。カーヴェの中の男性としての柱が、しゃんと立っていた。
 仕事に区切りがついた。昼飯を食べて、トイレに行く。すると、真っ赤であった。
「ヒェッ」
 これが生理かあ。なんて頭の隅では思うものの、実際に見たら大混乱である。出血量は酷く無いはずだ。だが見た目が怖い。人間、生きてて早々、血溜まりなぞ見ない。それが自分の下半身から落ちてきたわけだから、もう、訳がわからない。とりあえず血の処理をして、生理用品を清潔なものに変え、汚れた生理用品は袋に閉じて自室のゴミ箱に捨てる。ぐったりと疲れたところで、お腹が、というか下腹部がじくじくと痛くなってきた。対応は、以前、本で調べた。温めておくことが効果的で、カフェインはよくない。とりあえずホットミルクを作って飲み、体内を温めて、自室のベッドに寝転がり、シーツにくるまった。あまり温かくない。仕方がないので毛布を出して、くるまる。やや良くなった。あとはもう寝ていよう。疲れたし。カーヴェはそう思ってぐっすり眠った。

 ぽんぽんと、頭を撫でられている。大きな手が心地良い、温かくて、気持ちがいい。眠る、眠る。眠る。これは夢の中だろうか。
「カーヴェ、起きた方がいい」
 いや夢じゃない。
 カーヴェはがばりと起き上がった。下腹部の痛みにふらついたが、とりあえず、起き上がる。自室に何故かアルハイゼンがいた。外は暗い。部屋の鍵は、かけてなかった。さあっと顔から血の気が引いた。
「落ち着け」
「アッハイ」
「とりあえず、気分はどうだ」
「……悪い」
「そうか」
 聞くだけ聞いて、アルハイゼンは淡々と告げた。
「ここしばらくのきみの行動を洗った」
「何で?」
「何処かに出掛けていただろう。それを調べた」
「何で??」
「記録上、カーヴェはスメールシティの外には出ていない」
「はい」
「だが、目撃情報からして、きみは散歩に出てはいない」
「目撃情報なんて調べたのか?!」
「しかし、この家に何度か旅人が来ていたらしいな」
「……」
「さらに、草神様に聞き込みをした」
「きみは本当に何してるんだ?」
「はぐらかされたが、とりあえずきみが草神様を訪ね、助けを乞うたことは認めた」
「きみは自国の神様に何してんだ??」
「おそらく旅人と草神様の手引きによって、何らかの方法で、きみは外出した」
「僕の話を聞いてないなきみ」
「どこに行っていた?」
 じっと見られている。カーヴェは目を逸らそうとしたが、視線が痛かった。物理的に痛い気すらしてくる。怖い。
「あのなあ、アルハイゼン」
「……」
「驚いてもいいし、引いてもいいけど、とりあえず、誰にも話すなよ」
「草神様と旅人は知ってるんだろう」
「彼女たちはいいんだよ。あとパイモン。おい、拗ねるな」
「拗ねてないが」
「とりあえず、他人に話すな。本当に話すな。これっぽっちも言うな」
「ああ」
 カーヴェは大変気まずいが、どうせ言わないといけないのだと腹を括る。度胸が必要な時である。そして初潮のショックが大きすぎてアルハイゼンに話すことぐらいは大丈夫なような気がしてきた。
「ええとな」
「……」
「僕は下半身が女性なんだ」
「……は?」
 マジで思考が停止した書記官殿は大変レアである。
 しかし回復が早かった。
「つまり半陰陽だと?」
「そうだよ」
「それで、どこに行ってたんだ?」
「モンドの婦人科病院」
「スメールでは駄目だったのか」
「どこで知り合いに見られるか分かったもんじゃないだろ!!」
「隠していたかったと」
「そうだよ! 当然だろ!!」
「顔色が悪いから大声はやめた方がいい。うるさい」
「一言余計だ」
「しかし何故婦人科なんだ?」
「旅人と草神様に相談したら、婦人科系の病気があるかもしれないから見てもらった方がいいって」
「……きみが?」
「うん。健康優良児で一度も病院に行った事がなかった僕が、だ」
「そうだな。教令院時代から化け物だった」
「きみにだけは言われたくないんだが」
「だが、そうか、半陰陽なら説明がつくな」
「何が?」
「いや今はいい、で、結局、病気だったのか」
「いや、半陰陽だけど女性器はおそらく成熟してる。でも、血液検査の数値が悪くて、生理が一度も来たことがなかったんだ」
「生理が」
「薬を処方されてしばらく飲んでた。で、今日、初潮が来た」
「……何か、祝いの料理を作るべき、か?」
「急にポンコツになるな」
「ポンコツではない」
「あと僕は自認としては男だ。下半身が女性なだけで」
「うん」
「だからそういう変な気使いは要らない」
「分かった」
「でも今、僕は人生で一番体調が悪い」
「だろうな。真っ青だ」
「すぐに旅人を呼んでくれ」
「嫌だ」
「何でだよ」
「嫌だ」
「家に入れたくないのか?」
「そうだ」
「……きみ、すっごく面倒だぞ」
「知らん。とりあえず俺にどうして欲しい?」
「今すぐ部屋を出て、温かい夕飯を作ってくれ」
「分かった。何か食べれないものはあるか」
「カフェインが駄目らしいってことは知ってる」
「そうか、カフェインの多いものはやめておこう」
 あと、とカーヴェは言った。
「初潮が来たらすぐに病院に来るようにって言われてるから、明日は外出する」
「俺がついていく」
「仕事だろ。あと、男性は基本的に入れない」
「……分かった」
 というわけで。カーヴェは温かいミルク粥を食べ、風呂に入り、経血と格闘し、早々に寝た。

 翌日。とんでもなく体がだるい。女性ってこんな事を一ヶ月に一度経験しているのか。カーヴェは心の底から彼女たちを尊敬した。
 朝食も粥といった食べやすいものだった。流石のアルハイゼンも勝手が分からないのだろう。これは風邪などに掛かった人間に作るものではないか。そう思いつつもあのアルハイゼンが気遣いをしただけすごい事である。しっかり食べて礼を言って、片付けを任せて、また経血と格闘して、旅人に連絡を取った。アルハイゼンが。
「何で??」
「寝てろ」
 旅人はすぐに飛んできた。アルハイゼンを見ると、とてつもなく剣呑な目になったが、事情は説明したと告げると、やや和らいだが、めちゃくちゃ不審な目になった。アルハイゼンの日頃の行いの結果である。本人は不服そうだった。
 ローブを着て、香水をつけて、アルハイゼンより先に家を出る。アルハイゼンが香水をつけた事に対して何か言っていたが、変装だと言って黙らせた。フードを目深く被り、もう幾度めかの、ワープだ。
 中継地点を通ってモンドへ。アンバーが慌てた様子で駆けつける。どうやら事情は大体分かるらしい。今までの診察内容と急な予定変更だ。そりゃあ察するだろう。
 かくして、無事初潮が来たので、低容量ピルを処方された。生理中は何の効果もない錠剤を飲み、生理が終わったらピルを飲むらしい。毎日飲む習慣が必要ということだ。あとルームメイトに半陰陽がバレたことを告げると、信頼のおける人ならと言葉を濁された。信頼だけはある。旅人は不満そうだし、アンバーは不可解そうだが、あれでいてアルハイゼンはカーヴェに害をなすことはしない。口論や議論はするが。
 体調の悪いカーヴェの為に生理用の痛み止めなども処方される。低容量ピルを飲み始めたら要らなくなるだろうとのことだ。医学ってすごい。

 アンバーと旅人とパイモンとカーヴェで、モンドのレストランで食事をする。フラフラしているので、とりあえず鉄分のあるものを食べて欲しいとの助言であった。つまり肉である。
「この店なら食べやすく調理してくれると思うよ」
「ありがとう、アンバー」
「ありがとう」
「おい、カラーは喋っていいのか?」
「もういいかなって思ってきた」
「心境の変化かな」
「とりあえずヤケになってるだけかもしれないけど」
「まあ、初めてのことだもんね」
 アンバーはうんうんと頷いている。カーヴェは何ならフードも取っていいなとすら思っていた。どうせ一番バレたらやばいなと思っていたアルハイゼンにバレたし、あの様子ならルームメイト解消しろと言い出さないだろうし。モンドにスメールでの知り合いがいる可能性は薄いし。名前までは明かせないが。だって草神様の導きがあったとはいえ、不法に出入国しているのだ。流石に、ダメである。
 ということでフードに手をかける。ぱさりと取って、ふるりと頭をやや振った。うん。視界が開けた。テラス席だったので、アンバーがわあと感嘆の声を上げた。太陽の光に照らされたカーヴェは美しい。それぐらいは自認している。ありがとうと微笑んだ。
 食事をしていると、おやと声がする。ガイアの声だ。ようやく顔を見ることになるなあと振り返ると、ぴたりと動きを止めた色男がいた。なるほど、美形である。アルハイゼンとカーヴェ自身とティナリとセノを見ているので美形耐性はある。なので何か戸惑うことはないが、とりあえず、カーヴェの審美眼には適った。
「カラーさんかい?」
「そうだ。きみがガイアか。初めて顔を見るな」
「お互い様だな。同席しても?」
「いいけど酒はダメだよ」
「旅人、このレストランはなんと酒がないんだよ」
「え、じゃあ何でガイアがいるの?」
「おいおい、どういう認識なんだ」
 気の置けないやり取りに、カーヴェは微笑ましく見守る。やはり、仲が良い方がいいに決まっている。
「いやしかしカラーさんは珍しい色をしているな」
「そうかな?」
「私も思う! ここまで真っ赤な目と綺麗な金髪は初めて見たよ」
「オイラも綺麗なやつだと思ってたぞ!」
「私も」
「みんなありがとう」
 カーヴェは流石にやや照れる。でも笑みを浮かべて真っ直ぐに返事をした。
「みんなも可愛いし、綺麗だよ」
「そうかい?」
「ああ、ガイアは色男じゃないか?」
「そうか」
「顔だけはいいよね」
「ええと、旅人はガイアに何か恨みでもあるのかな?」
「話すと長くなるから今度ね」
「分かった」
「にしても、何故モンドまで来てるんだい?」
 どうやらガイアは深く詮索していなかったようだ。いい人かもしれない。カーヴェはちょっと思った。
「まあ色々あって。自分の住んでる国ではやりにくくてね」
「そうか」
 やはりガイアはそれ以上問わなかった。やっぱりいい人では、と思ったがめちゃくちゃ旅人がガイアを睨んでいた。怖い。アンバーも苦笑している。なんならパイモンは食べ物から手を離してカーヴェの肩に引っ付いてぐるぐる唸っている。そんなにか。
「女性は怖いな」
「怖い、というか、強いと思うよ」
 カーヴェは最新の認識を述べた。ガイアがぱちりと瞬きをしている。旅人とアンバーも驚いた顔をしていた。カーヴェは小さく肉を切って食べている。口が小さいわけではないが、これはもうクセである。
「元から美しいとは思ってたよ。だって、素晴らしい美の体現が、女性だと思う。これは僕の専門ではないけれど、美しいものを美しいと思うことは、僕にとってとても大切なことだ」
 カーヴェは小さく切った肉を食べる。赤身が多いが、食べやすかった。
「それに女性の感情も感受性も色彩の認知能力も、男性に比べて長けている。実験結果も出てるから論文を探せば論拠は幾らでも出てくるよ。まあ、その辺りは訓練である程度性差を減らせるけれどね」
 食べながら続ける。
「手先の細やかさだってそうだ。手工芸の分野では女性が重宝される。男性にも器用な人はいるが、圧倒的に少ない」
 続けて。
「コミュニケーション能力は大きな差がある。それによって仕事における評価に性差があることもある。これは各国で問題になっているな。でも、コミュニケーション能力が圧倒的に女性の方が高いのは確かだ。これは幼い頃から女性たちにしかない繊細なやり取りの必要性から生まれてる性差かもしれないね。これは調査が必要だけれど、僕の専門ではないから他に譲ろう」
「ちょっ、ちょっと待って」
 アンバーが止める。うん?と、カーヴェは首を傾げた。皆がぽかんとしていた。なんなら店もわりと静かになっている。
 何か悪い事を言っただろうか。カーヴェは本気で分からなかったので、そっと旅人を見た。遠い目をしていた彼女は、うんと生温かい目で頷いた。
「流石は某院の栄誉卒業生だね」
「た、旅人! それ何も隠してないだろお!!」
 慌てるパイモン。アンバーはええっと声を上げているし、ガイアは何やら面白そうにくつくつ笑っている。なるほど。これはやってしまったらしい。
 とりあえず食事を終えると、ガイアとアンバーと別れて、たったかとワープできる場所に移動する。ふわっと中継地点まで飛んで、フードを目深く被る。スメールシティでは流石にまだバレたくない。また、ワープだ。
 自宅に帰り、鍵を開けて入る。
 するとリビングでドライデーツを皿に乗せたアルハイゼンが、ソファに座って読書していた。
「仕事はどうしたんだよ」
「おかえり」
「ただいま」
「早上がりだ。さして有意義な会議とは思えなかった」
「きみってやつは……」
「それよりローブを脱いで楽な格好をした方がいい。あと調べてきた」
「何を?」
「生理中に注意するべき事だ」
「相変わらずデリカシー皆無だな」
「気にするなと言ったのはきみだ」
「そこまでは言ってない。いいけどさ」
 とりあえず部屋着に着替える。トイレで経血と格闘し、清潔な生理用品を股に、ソファに座る。痛み止めを飲もうと思い出して、水を汲んで処方された薬を飲む。
「痛み止めか?」
「よく分かったな」
「あとは吐き気止めや鉄分補給剤といったところか」
「いや、まだそこまでは処方されてない。なんか、個人差があるとかって」
「そうか。ソファに毛布を置いておいた」
「ありがとう」
「あと湯たんぽを用意する」
「何だそれ」
「湯を入れた入れ物だ。温めると痛みや違和感が弱まるとあった」
「ふーん」
 見たことのない入れ物を取り出して、湯を沸かし始めたアルハイゼンに、ちょっと疑問を持った。
「その入れ物どうしたんだ?」
「バザールにあった」
「何でもあるな……」
「俺も驚いた」
「淡々と言われても説得力がないぞ」
「必要か?」
「いや、きみに感情的な説得力があったら怖い」
「ならいいだろう」
 テキパキと用意しているが、不慣れなのは見て取れる。甲斐甲斐しいやつだなあ、なんてぼんやり思った。まあ、日常を守ることなら大抵のことはやる奴だ。カーヴェが彼の日常に組み込まれてるか、は微妙だが。いやなんか言われた気がするけどまあいいとして、まあ、悪い気はしないので放置しておく。
「念のため、酒は控えるように」
「分かった」
 布に包まれた湯たんぽを受け取る。抱いてみると温かい。これはいい。カーヴェは気に入って、毛布にくるまりながら湯たんぽを抱いてソファにころんと寝転がった。広いソファは一つではない。アルハイゼンは隣のソファでまた本を読み始めた。しかしページを捲るスピードはいつもより遅い。カーヴェが気になるのだろう。自室に戻った方がいいか、と思ったが、転がってしまっては痛みもあって動くのが面倒だ。薬が効けば、動けるだろう。
 そのうち、うとうととしてきたので、眠った。

 夢を見た。ナヒーダがいた。
「もういいかしら?」
「うん」
「あなたはどう思う?」
 自分の体のこと、自分の性別のこと。そう言われても、カーヴェの答えはひとつだ。
「僕は男性です。ただ、女性の体も持ち合わせてるだけです」
「……そう」
 ナヒーダは微笑んだ。
「また、困ったら訪ねてきて頂戴。力をかすわ」
「ありがとうございます」
「あと、ナヒーダと呼んでくれる?」
「はい、ナヒーダさま」
「ナヒーダよ」
「いいんですか」
「ええ、あなたは愛しい民だもの」
 だから、呼んで。そこまで言われたら、カーヴェは言うしかない。
「ナヒーダ、ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
 ナヒーダは柔らかく笑っていた。

 目を開く。いい匂いがした。夕飯だ。目が覚めたか、そんな声がした。
「動けるなら何か食べた方がいい」
「それは?」
「栄養素は揃っている」
「まあ、美味しそうだけど。食べるよ」
「席につけ」
「うん」
 そうして、カーヴェは美味しい夕飯を食べたのだった。

- ナノ -