アルカヴェ/無神01/掌編


 僕は何かを生み出せただろうか。
 僕は世界を祝福できただろうか。
 僕は家─族を慈しめただろうか。

 終わりは、どこにあるのだろう?


『無神』


 アルハイゼンは息を吐く。肺の中の空気を入れ替えて、目の前のやせぎすなおとこを抱き上げた。体力が尽きて眠る彼の顔は苦しみに満ちている。
 目の前には大量の紙、紙、紙紙紙紙。厭(いや)になる程の紙の平原と、そこに刻まれた、砂金よりも価値のあるアイディア。
 カーヴェの思考の残骸を雑に避けながら、無理に言いくるめて使わせている、広めのベッドの上に彼を寝かせる。
 そして、アルハイゼンは床のアイディアの雫たちを、せっせとまとめる。一先ず、家具や家そのもの、外壁や塗装の組み合わせなど、カテゴリ分けして、仕分けてからざっざと積み上げていく。

──芸術家とは、アイディアに囲まれることで見えてくるものもあるんだよ。

 いつの日か、先輩が言っていた。そういうところが分からないんだ。アルハイゼンは当時、そのまま返事をした。カーヴェはやさしく笑って居た。取り繕っている。その事が、当時も今も、アルハイゼンは気に食わない。
 当時のアルハイゼンはどうすればいいか分からなかった。ただ、カーヴェと芸術家の定義について議論するしかなかった。
 今は違う。アルハイゼンは無為に言葉を重ねない。もう間違えない。決定的な別離を、もうしない。させない。アルハイゼンは知論派である。言葉とは、何よりも鋭いナイフだ。
「アルハイゼン……?」
 ぼんやりと、赤い目が濁(にご)っている。黒々とした赤は、グロテスクで、まるで静脈の血液だ。
「なあ、アルハイゼン、僕は、何かを間違えたのかい?」
 アルハイゼンは間違えない。
「間違えたら、正せばいい」
 なあんだ。カーヴェは笑った。
「そんなに、かんたんな、ことだったんだ」
 また、目が閉じる。すうすうと寝ている。顔色は悪いが、苦渋の色は和らいでいた。ただ、寝苦しそうだ。
 アルハイゼンはカーヴェに近寄ると、そっとシーツを被せた。肩まで包み込んで、トントンと背を撫でる。
「君は、君が思うより、強いんだよ」
 俺はそう知っている。うっすらと笑って、アルハイゼンはカーヴェの部屋を出た。変な時間に寝た彼は夜中に目覚めることだろう。スープでも作っておけば食べるに違いない。刺激の少ないスパイスを思い浮かべながら、アルハイゼンはキッチンに向かった。

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