アルカヴェ/いつか愛に至る/オメガバース/α×Ω/巣作り


 アルハイゼンは運命と出会っている。

 テイワットには第二性が存在する。よって、生物の性別は、男女の他に、α男性、α女性、β男性、β女性、Ω男性、Ω女性が存在する。
 αは優れたリーダーシップとトップクラスの能力があるとされ、希少である。βはごく普通とされ、数が多い。そして、Ωは生殖に特化した能力があるとされ、最も希少な存在だ。
 だが、それらは全て統計によるレッテルだ。例外は数多に存在している。
 カーヴェはΩでありながら、αクラスの能力を持つと言われ続けて来た。カーヴェは第二性を隠さず、強い抑制剤でヒート等のΩにとって社会で生きる上で障害となることを抑え込んでいる。強い抑制剤には副作用が付き纏う。カーヴェはそれでも、αが山のように集まる教令院を卒業したし、必然的にαの多いスメールシティに住み続けている。

 これはそんなΩのカーヴェのただの日常である。

「アルハイゼンっ!」
「何だうるさい」
「君なあ! またΩの子を振っただろ! 可哀想に、ヒートを起こして道端で倒れてたんだぞ。僕が介抱してビマリスタンに連れてったからいいものの、僕が見つけなかったらどうなっていたことか!」
「知らん」
「君はΩのヒートを甘く見ている! 本当に彼らは辛いんだからな!」
「俺の知ったことではない」
「このっ、個人主義!!」
「君こそ体はいいのか」
「僕は特別な処方の抑制剤を使ってるから問題ない。問題なのは倒れていた子で、」
「朝飯が冷める」
「ああもう! さっさと食べろ!」
 カーヴェは先に食べたからと、食器を片付けて、作業のために書斎に向かった。今日も製図作業である。

 メラックを使いつつ、製図をサクサクと進める。カーヴェに染みついた建築精神は、ありとあらゆる状態でもまっすぐな線を描く事ができる。
 この建物に住まう人々の情景を思い浮かべながら、細やかな図を仕立てていく。ひとつの狂いが大惨事となる。カーヴェは今日は体調がいいなと、テキパキ作業していた。
「カーヴェ」
「うわっ、アルハイゼン! 仕事はどうしたんだよ」
「君は曜日感覚が狂ったのか。休日だ」
「あっそう。僕は仕事があるから向こう行っててくれ」
「家主は俺だ」
「わかってるよそんなこと! さっさと出てってやる!」
「そうか。君は、」
 アルハイゼンはそこでひとつ、息を詰めた。カーヴェはなんだよと訝しむ。いや、とアルハイゼンは言った。
「巣作りはしないんだな」
「全てのオメガがやることじゃない。それに、オメガの巣作りはパートナーや思い人あってこそだ。僕には関係ない。あと、普通にセクハラだぞ」
「セクハラは謝ろう。そうか、君にはパートナーも思い人もいないのか」
「そうだけど、それが何だよ」
「俺は運命と出会っている」
 アルハイゼンの言葉に、カーヴェはぴしりと動きを止めた。第二性、バースにおける、運命とは運命の番を意味する。
 番の仕組みはαがΩのうなじを噛むことを成立する強固な関係であり、それでいて、αにとってあまりに利の多いアンバランスなものだ。
 その番の中でも、運命の番というものは、世界にたった一人しかいないとされる、運命の人のことだ。出会えるか分からないし、出会えたとしたら、それまでの番も社会的な関係も全て飛び越えて番になろうとするものだ。つまり、デメリットが多い。カーヴェはその運命の番というものを信じてはいなかった。だって、ロマンも何もない、本能だけの世界だ。
「へえ、君に運命がいるとは驚きだよ。僕なんかと同居している場合じゃないね。さっさと出て行けと言うならそう言えばいいだろう。今日中にでも荷物をまとめるよ」
「何故そうなる」
「僕(ルームメイト)に言ったということは、その運命の人と住みたいんだろう。だったら僕は邪魔者だ。それに、他人の愛の巣に居座るほど面の皮が厚いわけじゃない」
「君はひ弱だからな」
「うるさいな。兎に角、荷物はまとめる。今日の夕方に出ていくから」
「どこに行くつもりだ」
「何処だっていいだろ。君には関係ない」
「ルームメイトだろう」
「だから何だっていうんだ」
 カーヴェは息を吐いた。すこし、体が熱くて、頭が痛い。冷たい水で、痛み止めを飲みたい。この頭痛は抑制剤によるものだろう。カーヴェは長年付き合って来た頭痛と共に、その場からキッチンに向かった。
 さて、製図している場合では無くなった。

 カーヴェは荷物をまとめて、アルハイゼンへのツケの分だけのモラを机に置く。手持ちは少なくなったが、問題ない。借金の支払いも、問題なくなる。
 メラックに製図に必要なものも詰め込む。そうして、カーヴェは夕方までにアルハイゼンの家を出た。当然、鍵は鍵置き場に置いた。キーホルダーも外しておいた。他の人間の面影など、あってしまってはアルハイゼンの運命に申し訳ない。アルハイゼン自体はどうでもいい。

 そうして、たったかと冒険者協会に向かう。ちょうど、旅人がいた。
 運がいい!
 カーヴェは意気揚々と話しかけた。
「旅人たち! 少しいいかな」


・・・


 アルハイゼンはヘッドホンを外した。静かな家の中。カーヴェはモラだけ残して、去っていた。
 否、もう一つ、残していったもの。彼が好んだ果物などの食材だ。持って行けばよかったのに。アルハイゼンは息を吐く。カーヴェはすぐに"熱"を出す。原因はよく分かっている。カーヴェ自身は自覚がないが。まあその"熱"があるときに、彼は果物を欲しがる。てずから果物を与えた回数は数え切れない。アルハイゼンは果物を保つように保管する。
 カーヴェはフェロモンを残さなかった。普段からフェロモンの扱いに慎重な男だった。オメガが、フェロモンに細やかな注意を向けるのは、珍しい。アルファであるアルハイゼンと住んでいたからだろうか。アルハイゼンと住む中で、習慣として染みついたのなら、そんなに喜ばしいことはない。
 アルハイゼンにとって、運命、は戯言である。虚言である。妄言である。運命などという言葉でアルハイゼンに近寄って来たオメガがどれだけいたことか。アルハイゼンはオメガが嫌いだ。理性を本能で揺さぶろうとする彼らは日常に不和を生み出す。
 カーヴェだけなのだ。アルハイゼンに過干渉せず、寄り添い、ひとりさみしくベッドの中で泣いている。そんなオメガは、アルハイゼンにとってたった一人、カーヴェだけだった。
 だから、これは唯一の人に対する勘違いかもしれない。でも、学生時代。初めて声をかけられた時の衝撃は、正しく、運命の番との出会いだった。
 アルハイゼンの運命はカーヴェである。
 カーヴェの運命はアルハイゼンである。
 ずっとずっと、そう決まってる。なのに。
「どうして居なくなる?」
 アルハイゼンは、カーヴェの思考が理解できない。それでいいのに、どうしてか、胸がざわついた。


・・・


 カーヴェは旅人の助けを借りて、スメールの砂漠のさらに奥にいた。時空の歪みから、やって来たこの場所は、旅人も来た事がないと興奮していた。あまり物を持ち帰ったり、食べたりしない方がいい。カーヴェはそう伝えて、すぐに旅人を帰らせた。もちろん、対価として残っていたモラを全て渡した。
 もういらないからだ。
「カーヴェさん」
「ミドリさん、ですね」
 ふわりと微笑む、緑色の髪と目の女性。ミドリという彼女は、まるで老婆のような笑みと少女のような目をして、ようこそと言っていた。


・・・


「カーヴェ? 来てないよ」
 アルハイゼンが訪ねたのはガンダルヴァー村のティナリの元だった。しかし、ティナリは来てないと頭を振る。
「何、また喧嘩?」
「いや、カーヴェが出て行っただけだ」
「何それ。番を出て行かせたの?」
「俺とカーヴェは番ではない」
「は? じゃあ何で同居してたの」
「ただのルームメイトだ。おかしくないだろう」
「おかしいよ! 番でもないαとΩが同居なんて気が触れてる!」
「別に問題なかった」
「今、問題が起きてるってことだね。ああもう。どこに行ったか分からないの?」
「……正直、ここにいると思った」
「ふうん。アテが外れたわけだね。とりあえずセノにも報告しよう」
「何故だ」
「カーヴェがトラブルに巻き込まれた可能性は?」
「ある」
「そうだろうね。ってことでセノ(大マハマトラ)だ。もうすぐ村に来るよ」
「そうか」
「はい、そこ座ってて。今ハーブティーを淹れるよ」
「いらん」
「落ち着きなよって事」
 ティナリは鎮静作用のあるハーブティーを用意し始めた。アルハイゼンは苛立って居たことを自覚する。運命に逃げられたのだ。いや、まだそうは決まってない。ただ、出て行っただけ。それだけ。アルハイゼンの手の届くところに居るはずだ。
 その筈だ。
「ねえ、アルハイゼン。ラットを起こさないで。僕はアルファだから気分が悪くなる程度だけど」
「……本を読む」
「それで気が紛れるなら、そうした方がいいよ」
 ハーブの匂いが、アルハイゼンの精神を少しずつ落ち着かせていた。

 セノはコレイに花束というお土産を渡してから、ティナリのいる場所まで来た。
「何だこれは」
「これとは何だ」
「君たちさあ……いいけど。カーヴェが逃げちゃったみたい」
「番に愛想を尽かされたのか。オメガから離れるとは興味深いな」
「俺とカーヴェは番ではない」
「……不健全だ」
「何もしてない」
「ヒートとかどうしてたの」
「ヒートもフェロモンも、あいつが薬で抑え込んでいた。誘引フェロモンを使った事もあるが、薬の方が強かったな」
「は??」
「ティナリ」
「待って。カーヴェはどんな抑制剤を使ってたの? そんな強力な抑制剤、存在するの?」
「知らん。ただ、本人はビマリスタンで処方されたと」
「そんな強い薬をビマリスタンで扱うわけない!」
「ティナリ。どういう事だ?」
 ここにはアルファしかいない。オメガの抑制剤事情は分からないんだ。セノの言い分に、ティナリは苦々しい顔で言った。
「抑制剤は軽い物であっても、本能に作用する薬だ。当然、とても強い薬効がある。副作用もね。それなのに、アルファに誘引されても、ヒートもフェロモンも抑え込むような、強い抑制剤なんて! 副作用が強すぎて普通は使わない。余程の緊急時だよ。それを常用してたってこと?」
「ああ」
「副作用は本能の阻害かな。一番最悪な副作用だよ。そんな作用があったら、カーヴェはオメガとして、番を作れない」
「どういうことだ? 番を作れないもなにも、うなじを噛むだけだろう」
「セノは何でそこで即物的なんだかな……。まあそうだと思うよね。でも、本能が阻害された場合、アルファのフェロモンを感知できなくなる。目の前の人物がアルファかどうかすら分からなくなる」
「それはただのベータになるということか」
「そうだね、オメガとしての生殖機能をきちんと持った、ベータの偽物だ」
 それがどれだけ危ういことか。ティナリは舌打ちする。
「薬のこと、もっと早く知っていればやめさせるように説得したのに……」
「ふむ。副作用があるとは分かって居たがそこまでとは」
「アルハイゼン、冷静になりたいとは見えるが、ラットが僅かに起きてる」
「カーヴェは俺の運命だ。誰にも手出しさせない」
「だったらもっと繋ぎ止めておくべきだったんだ! 話し合いだってすべきだった。それを怠ったのは君だよ」
「だからと言って、カーヴェが素直に受け取るとでも?」
「話してみなきゃ分からない!」
「ティナリ、落ち着け。とりあえず、カーヴェの捜索をしよう。シティからは出ているか?」
「アルハイゼンには心当たりがないみたい。僕もね。セノにはある?」
「……ある」
 その言葉に、アルハイゼンは僅かに目を見開く。ティナリは驚いていた。
「え、どこ?!」
「あまり、知られてはいないが。というか、ビマリスタンだったな? ビマリスタンに一度話を聞きに行きたい」
「どうして?」
「確認しないといけないんだ」
 もし、セノの心当たりが当たってしまったら。
「最悪の事態を、想定しなければならない」


・・・


 ビマリスタン。すぐにカーヴェに薬を処方した人物が分かった。
 ミドリ。白いワンピースを着た、老齢のようで少女のような女性。緑色の髪と目をしていて、ふらりとビマリスタンに現れることがある。カーヴェは彼女から、無償で、薬を受け取っていた。
「ミドリは、マハマトラの観察対象だ」
「何をしでかした人なの。そもそもカーヴェに薬を無償で与えていたことが、おかしいけど」
「たまに人が消える。人攫いが、スメールシティで起きている。ただ、どれもこれも、知恵を捨てた者たちだったから、マハマトラにとって優先順位が低かったんだ。俺が観察対象にするまで注意していたのは、個人的に、人攫いなんてことが気に食わなかっただけだ」
「いや当然だよ」
「カーヴェはそのミドリに人攫いに遭ったと?」
「おそらくな。あとは、ミドリの本拠地か。砂漠に行く。途中アアル村にも寄りたい」
「すぐ行こう」
「俺は構わないが、二人はいいのか」
「友達を助けるなら当然でしょ」
「カーヴェのことが気になる」
「そうか」
 アルハイゼンはこくりと頷いた。


・・・


 アアル村。旅人がいた。
「あれ、何してるの?」
「旅人こそ。砂漠の方で素材集め?」
「うん黄金虫」
「すまない……」
「うん。もっと集めやすい素材がよかったな」
「カーヴェは知っているか」
「カーヴェ?」
 旅人はきょとんとした。
「知ってるも何も、連れてったところだよ」
「何処へ」
「え、何、アルハイゼン怖い……えっとその場所の名前は分からないけど、オアシスの一つ、地図見るね。あー、ここだ。このオアシスに、カーヴェが立つと、扉が現れて。それを通ったら不思議なところに出たんだ」
「不思議なところ?」
 うん。と旅人の少年は言う。パイモンは腕の中で寝こけている。
「花に溢れてて、花の匂いに包まれるみたいだった。ミドリさんって人がいて、カーヴェを出迎えてたよ。何人か人がいて、花を籠に摘んだり、布を織ったりしてた。みんなそれぞれ違う服を着てて、うーん、スメールになかなか見ない見た目の人もいたよ。で、簡素な建物がいくつかあって、でも気候が良かったから、寒いとか熱いとかはなさそうだった」
 旅人の証言に、アルハイゼンは言う。
「俺たちを連れて行けるか」
「さあ……ミドリさんって人が招き入れたら行けそうかな」
 それ以上は分からないやと旅人は苦笑した。

「どう思う、ティナリ」
「怪しすぎてどこかツッコミ入れたらいいか分からないんだけど」
「コミューンか?」
「やめて」
「ミドリという女が分からない」
「そうだね。怪しすぎる」
 アルハイゼンはどう思う?
 ティナリの問いかけに、彼はきっぱりと答えた。
「オアシスに行く。恐らく、俺とカーヴェが運命だと言えばその緑女は出てくるだろう」
「その自信はどこから?」
「カーヴェに薬を与えていた以上、関係者が出てくれば引き入れたい筈だ」
「その心は」
「カーヴェは緑女によって実験に巻き込まれている」
 まあ、その通りだろうね。ティナリは納得し、憤慨した。セノは淡々と、オアシスに向かうぞと言った。


・・・


 何でもない。普通のオアシスだ。
「カーヴェを連れ戻しに来た。俺はカーヴェの運命であり、俺の運命はカーヴェだ」
 アルハイゼンが宣言すると、ふわりと扉が現れる。花の紋様が描かれていた。

 迷わず通る。そこは花畑だった。花の匂いで咽せ返る。ティナリが、眉を顰めた。
「オメガのフェロモンに似てる」
「ティナリ、アルハイゼン、抑制剤を飲め」
 三人は抑制剤を噛み砕いて飲み込む。そこへ、さらさらとその人がやって来た。
 女だ。緑色の、老婆のようで少女のような女だ。
「カーヴェさんを取り戻したいと聞きました。どうぞこちらに」
「お前は何者だ」
 セノの問いかけに、女は笑う。
「ミドリと言います。ここの管理者ですよ」
「ここは何?」
 ティナリの問いかけに、ミドリは言う。
「救われないオメガのためのコミューンです。私は、オメガが救われるためにここにいる」
「救いとは何だ」
 アルハイゼンの指摘に、ミドリは怯まない。
「ヒートにも、番にも支配されない。ただ人であるための、場所です」
 それを私は救いと呼ぶのです、と。

 人々はアルハイゼンたちを見るとさっと隠れた。ただ、一人、金色の髪が揺れていた。花弁が浮かべられた浴槽で、彼は顔を出して浸っている。ミドリがそっと近寄る。
「カーヴェさん、貴方の運命を嘯く(うそぶく)人がやって来ましたよ」
「っ!」
 ティナリが怒る。セノが止めた。アルハイゼンはじっとしていた。
 カーヴェが目を開く。赤い目は濁って、黒みを帯びて居た。瞬きをして、ゆっくりと浴槽から起き上がる。ひたり、と浴槽の外に出ると、ミドリが薄い布を差し出した。裸体に、カーヴェはその布を纏う。花の匂いで、鼻が曲がりそうだった。
「だ、れ」
「貴方を誘惑する悪魔です」
「あく、ま?」
 ぼうっとしている。ティナリが歯を噛み締めている。セノの目も鋭い。アルハイゼンは成程と言った。
「俺を招き入れたのは、カーヴェに最後の仕上げをする為か」
 ミドリは微笑む。それこそが答えだった。
「僕、は、もう」
「ええ、あなたはもう苦しまなくていい。さあ、これを」
 ミドリはカーヴェの手にナイフを渡した。ナイフから液体が滴っている。毒だろう。
「最後に、あなたの運命(あくま)を、お殺しなさい」
 そうすれば、あなたは全て(忌々しいバース性)から解放される。
 ミドリの甘露のような言葉に、カーヴェはナイフを手に、ふらりと、アルハイゼンに近寄る。
 ふら、ふらり。アルハイゼンはただ立っている。
「あ、」
「カーヴェ、君は愚かではない」
 アルハイゼンが言った。
「君の考えは俺には分からない。俺たちは他者である。他者は分かり合えない。だが、だからこそ討論することが可能である。主義主張が違うからこそ、完全な視野を俺たちは手に入れられる。それを、高々バース性如きで、否定できると思うな」
 アルハイゼンの言葉に、カーヴェの目が、赤みを取り戻していく。
「あ、ああ、う、」
「俺の運命は君だ。君の運命は俺だ。今は薬で分からなくなっていてもいい。ただ、俺は、俺の番となる男を攫われて平気な質ではない」
 手を振る。片手剣が、ミドリに迫った。ミドリの前に、少年が立ち、剣を弾いた。
「ミドリ」
「あら、どうかしたの」
「もう撤退しよう。つまんない」
「貴方がつまらないなら撤退しましょう。さようなら、皆さん。良い実験だったわ。帰ったらまとめなくちゃ」
「っ待て!」
「ティナリ!」
 ティナリが矢を射る。少年が弾く。ミドリはふわりと笑う。すると、その場はオアシスの中になっていた。幾人ものオメガたちが、倒れている。カーヴェは、アルハイゼンの前に座り込んだ。
「あ、う、僕、は」
「カーヴェ、立て」
「ある、アルハイゼン? どうして、ここは」
「何故、こんな馬鹿なことをした」
「君の運命の邪魔をしたくなかった」
 それだけだったのに。カーヴェは混乱しながら言う。アルハイゼンはそうかと言った。
「俺の運命は君だ」
「……は?」
「分からなかったんだろう。その頃からもう、ミドリの薬を飲んでいた。違うか」
「う、うん。そう……でも、運命? 僕と君が? 笑わせないでくれよ! 君みたいな人にはもっと立派な番が居るはずだ」
「運命は俺も好かない。だが、運命を抜きにしても、俺には君しか居ない」
「何だよそれ」
 カーヴェがぽろりと涙をこぼした。アルハイゼンは言う。
「君だけだ。俺の理性を尊重し、俺の欠けた視野を持つのは、カーヴェだけだ」
 なんだ、それ。カーヴェは薄布を羽織ったまま、言った。
「まるでプロポーズみたいだ」
「俺はそうでも構わない」
「そう、そっか」
 だったら、僕はせかいでいちばん幸せ者だ、と、カーヴェは笑っていた。


・・・


 アルハイゼンが教令院から帰ると、家の中はフェロモンで溢れて居た。カーヴェのフェロモンは花蜜のような匂いだ。家事はそのままに、カーヴェの居るだろう、アルハイゼンの寝室に入る。ベッドの上にはアルハイゼンの服で巣が作られていた。
 カーヴェとアルハイゼンにとって、運命だと互いを認識してから初めての、ヒートだった。アルハイゼンもアルファのヒートであるラット状態に陥りそうだったが、なんとか登院して、休暇申請をしてから戻って来たのである。
 美しい巣の中で、カーヴェはアルハイゼンのシャツを抱きしめて転がっていた。
 はふはふと、荒く呼吸している。
「アルハイゼンっ、巣作り、ちゃんとできた、よ」
「ああ、とても上手だよ」
「うれし、」
 きて、アルハイゼン。
 カーヴェに誘われるままに、アルハイゼンはその愛の巣に入ったのだった。

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