花嫁様は隠したがり04/カントボーイカーヴェとその周囲のすったもんだ/カーヴェ受けではある。書きたいシーンが恋愛シーンではないので特に相手を決めてません。常に余裕のないカーヴェくんがいます。あと女の子たちが強い。


!生理の話が出ます!
!R-15程度の表現があります!


 ふわふわと頭がぼんやりする気がする。お腹があたたかい。いや、体全体がポカポカとあたたかくて、心地良い。他の誰もない。カーヴェだけ。一人の孤城。ふわり、ふわり。温かくて、気持ちよくて、さざなみみたいな、快感が込み上げてきて。きゅっとお腹が動いた、ような。はじけるような。何度も何度も、お腹がきゅうきゅうと動いて、温かくて、強くも甘くて優しい快感だけが後を引いた。
「ふぁ……」
 朝だ。夢の名残りを引きずったまま、気怠い体を起こす。ぐしゅ、と下着が冷たかった。えっ、何。恐る恐るシーツの下を見る。すると下着がべったりと濡れていた。粘度のあるそれに、くらりとする。これは、愛液だろう。
「えっ、これ何?」
 冷静になれずに頬を染めたまま、ぐるぐる考える。つまりこれは。
「夢精、みたいなやつ、か?」
 女の子にもあるのか。カーヴェは初めての経験に頭がパンクしそうだった。

 とりあえずびたびたに濡れた下着は、洗ったとしてもまた着る気になれないので処分することにした。袋に入れて厳重に閉じて、ゴミ箱へ。たらりとまだ愛液が胎内に豊富にある気がする。これは風呂だな。カーヴェは部屋着でそっと部屋を出た。
 アルハイゼンは台所で朝食を作っていた。彼にとっての地獄のような繁忙期が終わり、余裕ができたのだろう。なお、食事当番は特に決まってない。カーヴェが起きて来ないのでアルハイゼンが作っていたのだろう。
「おはよう」
 こちらを見ることなく言われて、カーヴェはなるべく平静を装って返事した。
「おはよう。シャワー使うから」
「ああ」
 ちらりとアルハイゼンが見てきたが、兎に角シャワーを浴びなければならない。湯船はとりあえずいらない。
 脱衣所でさっさと脱いで、シャワーを浴びる。そっと下半身に手を伸ばして、女性器を洗う。
「うぅ……」
 嫌だ。とても嫌だ。だがどろりとした愛液を洗い流す。粘度があって、白っぽい。何も分からないが、兎に角、性的な触れ合いは、カーヴェはしたことがない。自慰もしたことがない。性欲は感じたことがなかった。何もかもを建築士としての勉強に捧げたのだ。
「あう」
 ぐち、と洗って、違和感がひとまず消えたら、良し。まだお腹の奥が温かい名残りがあるが、これ以上は無理だ。カーヴェとしても触りたくない。というか自身の女性器を触りたくない。下半身が女性であるということを考えたくなかった。
 じわと、涙が出てくる。
「っくう」
 シャワーを流しながら、ひくひくとカーヴェは一人で泣いた。

 とまあ長くシャワーを浴びて。カーヴェは体を全て洗ってから風呂を出る。いつものように髪を乾かして、保湿をして。部屋着でリビングに戻ると、朝食の用意が整っていて、机についたアルハイゼンは本を読んでいた。
「戻ったか」
 声をかけられて、一呼吸する。
「うん、まあ」
「体調不良か」
「分かんない」
「……」
 眉を寄せた。不満そうな顔をされても、カーヴェも分からないのだ。
「熱は」
「ない」
「食欲は」
「そこそこ」
「痛みなどは」
「ない」
 ふむ。とアルハイゼンはカーヴェに手を伸ばした。頬を撫でられる。触れられそうになった瞬間にびくりと震えたのは許してほしい。大人しく撫でられる。
「赤いぞ」
「鏡で見た。赤かったな」
「病院に行く予定はあるか」
「ない。でも知の殿堂で調べてみる」
「そうか」
 納得したらしい。二人で朝食を食べ始めた。アルハイゼンの作る朝食は美味しい。人の作るご飯は美味しいなあとカーヴェはふにゃふにゃ笑った。そんなカーヴェをアルハイゼンは眉をやや寄せて、不安そうに見ていた。

 部屋着から普段着に着替えて、教令院で仕事の打ち合わせをして、知の殿堂に向かう。身体についての本を漁る。あと、リラクゼーションやらなんやら漁る。結果として、症例が少ないものの、女性にも夢精のようなものがあり、一例には夢イキと呼ばれ、欲求不満などで起きるらしい。ただ、この欲求不満。なんと生理前に欲求不満になりやすいらしい。たぶん、カーヴェの下半身が生理になろうとしているのだろう。子宮に胎盤が形成されていっているのかもしれない。血と共に流れ落ちるしかないそれ。少しだけ虚しいなと、お腹を撫でた。
 まあ、誰とも付き合わない、結婚しない、そう決めたのはカーヴェである。半陰陽なのだ。カーヴェの自認は男だ。下半身がいくら女性でも、カーヴェは男なのだから。

 帰りにいつも使ってる香油の店で、ユニセックスな香りの香水を探す。しかし、ティナリの言っていた少女の匂いが分からない。困ったな。そもそも朝の夢イキのせいでそれなりに動揺している。何も買えずに、馴染みの店主に謝ってから店を出た。店主は心配そうにしていて、香水選びで困ったことがあったら今度は相談しておくれと、プロからの申し出があった。とてもありがたかった。

 帰ると、アルハイゼンが夕飯を作っていた。
「おかえり」
「ただいま」
 カーヴェは返事をして、鍵を鍵置き場に置く。ソファにくたりと座ると、アルハイゼンが気がついたように振り返った。
「いつもの店に行ってきたのか」
「うん香油のね」
「何も買ってないのか」
「分からなかったんだ」
「意味がわからない」
「香水が必要なんだ。でも、何を買ったらいいのか……」
 はあと息を吐く。アルハイゼンは一旦作業を止めて、カーヴェに近寄った。
「きみが香水なんて珍しい」
「必要になったんだよ」
「何故だ」
「なんか、匂いがするんだって」
「は?」
「アルハイゼンは分かるかい?」
 目を閉じる。アルハイゼンがカーヴェの隣に座って、顔を近付ける。すんすんと嗅いでいる。犬のようだなと思った。
「分からない」
「だろお」
 離れたのを感じて、カーヴェはがっくりと項垂れた。アルハイゼンは淡々と言う。
「いつものきみの匂いだろう」
「それ以外になんかあるんだってさ」
「……例えると、どのような匂いだ」
 純粋に疑問らしい。カーヴェは言いたくないなあとは思いつつも、告げる。
「ティナリ曰く、少女みたいな匂いだって」
「何だそれは」
「甘い匂いらしいよ」
「甘い……?」
 アルハイゼンがカーヴェの体に顔を寄せる。肌がむき出しになっている首の辺りだ。すんすんと嗅いでいるのをカーヴェはぼんやりと見ていた。そして、なるほどとアルハイゼンが身を引いた。
「確かに甘い匂いはする」
「えっ、本当か!?」
 ずいっと身を乗り出してしまう。落ち着けとアルハイゼンがカーヴェを元に戻した。
「しばらく前からだな」
「それって、いつぐらいだ?」
「それは分からないが、忙しかった時に宥めてもらった際はもうあった。今の今まで、忘れていたが」
「きみ疲れてたからな……そうかあ」
「その匂いで何で香水なんだ」
「あー、この匂いは消せないだろうから、香水で誤魔化したらどうかって言われたんだ。ちょっと似た甘い匂いの方が誤魔化せるって」
「ティナリか」
「うん」
 カーヴェは自分では分からない匂いだから、と考えて、言った。思いついたのをそのまま発言したとも言う。
「明日、休みだろう。一緒に香水を選んでくれないか」
「……構わない」
「じゃあ明日な。とりあえず着替えてくる」
 カーヴェが立ち上がって自室に向かう。それを見て、アルハイゼンは息を吐いてから夕食作りに戻った。
 二人で夕飯を食べて、交代で風呂に入る。入浴剤は入れなかった。カーヴェのお腹の熱はいつの間にか引いていた。大変助かる。
 アルハイゼンが読書するのを横目に、リビングの作業台で製図をする。さっさと書いて、明日の分も終わらせる。そもそもアルハイゼンの休みに合わせて、休日になるように調整している。どうしても外せない打ち合わせなどはよくある。だが、いくらフリーランスでも休日は必要だ。アルハイゼンの規則正しい生活の、定期的な休日は、分かりやすい目安になっている。
 仕事を終わらせる。アルハイゼンはまだ本を読んでいた。夜更けである。いつもなら寝ているだろうに。明日が休日だからだろう。そう思って、カーヴェは、立ち上がった。
「先に寝るからな。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
 カーヴェは自室に戻ると、鍵を閉めて、息を吐く。ぐいぐいとストレッチをして、髪の手入れをして、薬を飲む。寝間着になって、ごろんとベッドに横になり、電気を消して、深く寝た。

 朝である。夢は見たが、とりあえず、夢イキはなかったし、変な夢ではなかった。ただ、仕事をする夢だった。
 くあと欠伸をしながら自室を出る。アルハイゼンはまだ起きていないようだ。朝食を作ろう。
 テキパキと朝の支度をしていると、アルハイゼンが起きてきた。
「おはよう」
「おはよう。今日は平気そうだな」
「は?」
「昨日は不調だっただろう」
「あ、ああ、そうだったな」
 不調の原因を思うと何とも気分が悪かった。うへえとした顔をしたのが見られて、アルハイゼンは一度だけため息を吐いて、席についた。
 本を読むアルハイゼンの前に朝食を並べる。自分の席にも並べたら、完成だ。
「ほら、本を置け」
「ああ」
 二人で朝食を食べる。話題はとりあえず買い出しの話だ。
「バザールで買い出しな」
「分かっている」
「あと僕の馴染みの香油屋に、香水を選びに行くから」
「行くのか」
「決めただろ」
「構わないが」
「何だよ」
「いや、何でもない」
「はあ?」
 アルハイゼンが微妙な顔をしている。まあ、普段香油に馴染みがないやつだからだろう。カーヴェはまず食料の買い出しだからなと繰り返した。
 いつもの食材を買って、アルハイゼンに持たせる。無駄に筋肉があるので、こう言う時に使えばいい。一通り買ったら一旦帰って食材をしまってから、香油屋に向かった。
 馴染みの店に入る。アルハイゼンは初めて入るので、並んだガラス瓶を興味深そうに眺めていた。香水の棚に向かうと、文字を指先で辿る。
「どれが近いと思う?」
「……ザイトゥン桃、だが、あそこまで甘くはない」
「じゃあ葉の方にしてみるか」
 試し紙に吹き付けて、ぱたぱたと振る。ふわりと爽やかな甘い香りがした。アルハイゼンも確認する。
「少し似てる」
「ちなみに果実のほうはこれ」
「甘すぎる」
「あと、こっちのスメールローズ」
「違う」
 カーヴェはやや考えて、店主に言った。
「調香師はいるかい?」
 店主は奥にいるよと呼びに行ってくれた。
 調香師は女性だった。カーヴェは注文する。
「ザイトゥン桃の葉をベースに、果実とスメールローズを少し加えた香水を作って欲しい。レシピは保存しておいてくれ、ここでしか買わないから」
 テキパキと注文し、三日ほどで完成すると言われて、頼んだよとカーヴェたちは香油屋を出た。
 何だか疲れた。ふうとカーヴェが帰り道に息を吐くと、アルハイゼンはぱちぱちと瞬きをした。
「初めて頼んだのか」
「初めてではないな」
「慣れていた」
「人に贈ったことはあるよ」
「贈るような人がいたのか」
「いちいち失礼だなきみは。友人の誕生日に贈ったんだ。なかなか喜んでくれたよ」
「成る程」
 出来上がったら通院日に使うか。ぼんやり考えていると、アルハイゼンは言った。
「普段使いか」
「え、いや別に」
「急いでいただろう」
「うん。まあね」
「何故だ?」
 夕陽に照らされて、澄んだアルハイゼンの不思議な目がカーヴェを射抜く。これは純粋な好奇心だ。カーヴェには手に取るようにわかった。だから、答える。
「必要だったからだよ」
 それだけだ。

 夕飯を作って、食べて、風呂に交代で入って、リビングで読書する。カーヴェもソファに座って、本を読んでいた。アルハイゼン程ではないが、カーヴェだって本は読む。主に仕事に関係する本ではあるが。モンドの建築様式や文化が浅くまとめてある本をざっくり読む。気候も何もかも違う。興味のままに読む。あ、と顔を上げたらもう夜も遅かった。
「先に寝る。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
 いつものやり取りをして、カーヴェは自室に戻った。

 残されたアルハイゼンは本に栞を乗せた。さて、と考える。カーヴェの匂いだ。少女のような、とティナリは言っていたらしい。アルハイゼンとしても、確かに学生、それもまだ少女と呼ばれる学生から淡く漂う匂いに似ていたように思う。だが、昨日だ。昨日の匂いはそれだけではなかった。前に抱きしめられた時の淡い少女のような匂いだけではなく、甘くて、どうにも惹きつけられるような匂いがした。あれは男性にはないものだ。だが、カーヴェは男性である。そして、カーヴェは女遊びをする人ではない。
 学生時代からずっとカーヴェは恋愛から距離を置いてた。告白されてもすげなく断り、それでも縋り付いてくる男や女はアルハイゼンも協力して諦めさせた。大抵はカーヴェとアルハイゼンの二人による論戦で諦めさせたものである。それでもダメな時は異常なのでマハマトラに連絡である。慈悲はない。あのカーヴェが、恋愛に関しては冷徹になのだから、アルハイゼンは不思議だった。一度だけ質問したら、カーヴェは長く気を持たせる方が可哀想だろうとだけ言っていた。アルハイゼンも概ね同意だった。アルハイゼンとしては、可哀想ではなく、無意味であり無駄な時間だと思ったが。
 とりあえずあの匂いだ。何故だ。アルハイゼンは眉を寄せる。今日は昨日のような惹きつけられる匂いはなかった。昨日は体調不良だったようだ。何なんだ。アルハイゼンは気になったら突き詰めて答えを得たい性分である。学者ならば皆、同じだろう。
 しかし、この匂いに関しては、カーヴェのプライベートに踏み込む気がした。それは気が引けた。カーヴェは大切な己の半身であり、鏡である。彼が見る世界はアルハイゼンとは全く違う。彼がいることで、アルハイゼンの世界は不足を補える。必ず必要な人だ。だから、プライベートに踏み込んでいいものか考える。鍵までつけた辺り、何やらプライベートに踏み込んで欲しくないように見える。元々、互いの部屋には入らないように自然となっていたが、鍵が決定的にカーヴェの孤城を作った。決して、誰にも触れさせない。そんな気持ちの現れに、躊躇う。もし、プライベートに踏み込んで、離れて行ってしまったら、元も子もない。さり気なく、調べなければ。アルハイゼンは基本方針が決まると、本を適当に置いて、自室に戻った。
 自室で寝間着に着替えてから、香水はいつ使うつもりなのだろうと疑問に思ったことを、思い出した。甘い匂い。あの香水なら、男性でも特に問題のない香りではあると思う。だが、でも、あの甘さはやはり、少しだけ、性的だった。
 カーヴェらしくない。アルハイゼンは確信した。何かある。そのうち聞き出した方が良さそうだ。アルハイゼンの日常に面倒事を持ち込む前に、芽は摘みたい。そう思いながら眠った。

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