アルカヴェ/新約09/掌編


 アルハイゼンにはカーヴェの生き方が分からない。分からなくていい。人間は個である。個々は別々である。アルハイゼンとカーヴェは違う人間だ。
 カーヴェは時折、アルハイゼンを理解したいという顔をする。無意味である。アルハイゼンはそれに応えることはしない。同一になど、ならない。なれない。だから、理解はすべきではない。
 個人とは自由であるべきである。カーヴェはいつから、自由を失ったのだろう。
 学生時代から、彼はその自由を他人に捧げていた。愚かだろう。カーヴェはそう言う目をしている。目とは雄弁である。アルハイゼンは、愚かだとは思わない。
 行き過ぎた善意は、彼を苦しめる。でも、それが愚だと、誰が決めた。少なくとも、アルハイゼンは、彼の個性だと思っている。
 悪いことではある。でも、人間は皆平等に愚者である。だから、善人が輝く。
 偽善だろうと、アルハイゼンには関係ない。カーヴェにも、関係ない。彼はいつだって、罪と罰の為に、他人に手を差し伸べる。
 アルハイゼンは言ってはならないことを言った。カーヴェとて、そうだった。だから、それだけなのだ。痛み分け。それだけ。
 カーヴェは怯えている。怖がっている。羽を折られて、ちぎられて、地に落とされた、鳥。それでも鳥は鳥だ。彼の目はまだ、輝いていた。その輝きさえあれば、カーヴェはまだ立ち直れる。その経過をアルハイゼンは手伝うだけだ。
 より完璧な、己の視野を手に入れるために。
「愛だね」
 旅人は言う。
「そういうのを、愛情っていうんだよ」
 愛とか、情とか。
「無意味だ」
「そう切り捨てないでよ」
「俺にとって大切な視野だ」
「それは分かんないけど、きっと、アルハイゼンは大切なものを大切にできる人なんだね」
「さあな」
 言いたいことは、それだけか。
「カーヴェは大切にしたいから、相手を傷つける」
 そう見えるよ。旅人の声音は柔らかい。だが、その言葉は優しくない。アルハイゼンは眉を寄せた。
「だから何だ」
「ううん。そう言うところも、正反対だね」
「興味ない」
「そうだろうね」
 カーヴェにスープをあげてね。旅人は笑って、スープの入った瓶を差し出した。

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