アルカヴェ/新約08/掌編


 悲しみの中で愛を語る。

 そんなものは愛ではない。アルハイゼンは、そうは言わない。だが、目とは雄弁だ。彼が否定したいのだとすぐに分かる。カーヴェにとって、それは最も触れてほしくないものだ。だから、アルハイゼンは言わない。それは優しさではなく、面倒だからだろう。アルハイゼンは喧嘩は望まない。ただ、彼は彼なりに、自分の一部を自立させたいだけだ。カーヴェはそう考えている。鏡だとか、そんなのは懐疑するに値するほど極まりない。カーヴェはアルハイゼンの鏡なんて大層なものじゃない。ただ、カーヴェはいつも愚かな罪人であるだけだ。
「君の罪の意識は強すぎる」
「うるさい」
「そうか」
 カーヴェの前にデーツナンを置く。アルハイゼンは無言で、食べろと告げてくる。カーヴェはふと思う。いつから食事を疎かにしていたっけ。
「君が食べろよ。君のものだ。全部、ぜんぶ」
「君は俺のルームメイトだ。分け合うことは当然だ」
「僕は要らない」
「痩せただろう」
「それが何だって言うんだよ」
「拒食症になりかけていると見える。食べろ」
「やだ、やめろ」
「残念ながら、俺はルームメイトに健全な生活をさせると決めている」
「訳がわからない。君のことはずっと、わからない」
「分からなくていい。食べろ」
「やめろ!」
 手を弾く。だが、アルハイゼンはびくともしない。そのまま、小さくちぎったデーツナンをカーヴェの口に押し込んだ。吐き出すなんて勿体無いことができなくて、カーヴェはそれを食べた。
「なんで、だよ」
「君が息災であればいい」
「分かんない」
「分からなくていい。さあ、もう一回だ」
「やだ、やめろ、やめろってば」
 また、食べさせられる。無理やり食べさせられて、カーヴェはぼろりと涙をこぼした。アルハイゼンは手を止めない。静かな目でカーヴェを見下ろしていた。
「君は足るを知るか」
「なにひとつ、知りはしないよ」
 カーヴェはただ、何も知らないと繰り返した。愚かだと見切りをつけてほしかった。

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