アルカヴェ/新約03/掌編


 ほんものはいない。

 家という物がある。カーヴェはそこに住まう人を思う。それは悪いことではない。ただ、何事も過不足と、度合い、というものがあるだけで。
「やめろ」
 カーヴェの手を掴む。彼は真っ青な顔でアルハイゼンを見上げた。
「あ、」
「手を傷つけるな」
「そんなことは、してない」
「殴ろうとしていた」
「痣にもならない」
「手は商売道具だろう」
「メラックがいる」
「工具箱に出来る事など高が知れている」
 君は、とアルハイゼンは言う。
「もう休め」
「まだ、仕事がある」
「体を壊してまでやる価値があるとは思えない」
「っ君にとってはそうだろうな!!」
 カーヴェがギリっとアルハイゼンを睨む。手を離せと、暴れようとする。しかし、描きかけの設計図と模型たちを思って、動きを止めた。
 そういうところが、アルハイゼンには理解できない。それで良かった。
「ならば休憩だ。寝ろとは言わない」
「そう」
「スープを作る」
「君が? 滑稽だ」
「俺は飲まない。君が飲むためだ」
「君は僕が嫌いなのに」
「君が君を嫌いなんだ」
 カーヴェは目を伏せた。力のない体を、アルハイゼンは抱き上げて、そのままリビングへと向かった。

 少しの塩と細かい野菜。煮込んで、ほどほどに冷ます。そして、マグに入れて、カーヴェに差し出した。カーヴェは黙って受け取ると、インクで汚れた手をカリ、と掻いた。
「カーヴェ」
「うん」
「スープを飲んだら手を貸せ」
「うん」
 カーヴェがこくり、こくりとスープを飲む。そして、半分ほど飲むと、アルハイゼンに恐る恐る手を差し出した。
 両手を掴むと、アルハイゼンは骨董品を眺めるように観察し、人肌に温めた濡れタオルで汚れを拭き取った。
 真っ白な、綺麗な手になる。カーヴェは眉を寄せた。アルハイゼンは何も言わない。
「僕が」
 カーヴェは言う。
「僕が悪かった」
「懲りたら仕事を減らせ」
「無茶を言うな。借金だって、助け求める人だって、不幸な人だっている。助けなきゃ、働かなきゃ、僕の、心残りにならないように」
「虚実を望め」
「無茶苦茶だぞ、君」
「君には虚を愛でる心が必要だ」
「なんだそれ」
 訳がわからない。カーヴェは息を吐いた。

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