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 花園4
膝大包/花園4/無自覚両片思いで友情だと思い込んでいる二振りの話/時系列は2→1→3→4(今回)です/告白編


 俺が恋心を自覚した次の日の早朝。早くに目覚めて部屋を見渡せば、すやすやと眠る兄者がいた。無事戻ったようだと安心し、俺は着替えを済ませて花園へと向かった。
 大包平と出会った場所である扉の前に、あの時と同じ時間に行ってみたかったのだ。

 花園の扉の前は、澄んだ空気に満ちていた。扉に近寄り、あの時、大包平が眺めていた光景を見つめる。
 扉越しの花園は、近寄り難いような、それでいて吸い寄せられるような魔力を持っていた。安全が語られる花園の中、実際には全ての外敵や攻撃が届かぬものではないと分かってしまっても、極めて高い安全性を持つそこは、楽園と呼べるのかもしれないと思った。
 審神者の思い入れのある花で埋め尽くされた楽園は、俺が担当する図書室とは正反対だった。何せ、あの図書室は審神者に吸い寄せられた本が行き着く場所なのだから。
「膝丸か?」
 後ろから声をかけられる。驚きを含んだその声に、振り返る。そこには大包平が立っていた。
「こんな朝早くにどうしたんだ。何か用があったのか?」
 不思議そうな大包平の腕の中には、紙袋があった。それは何だと問えば、ハーブを束ねる紐だと言われた。
「本当にどうしたんだ」
「大した用は無いな。ふと、来てみたくなったのだ」
「……まあ、良い」
 大包平はそう言うと、片手に紙袋を持ち替えて、扉を開いた。

 花園の中を進む大包平に続くと、最初とは逆だなと感慨深くなる。彼は振り返ることなく歩き続け、やがて小屋に着くと扉を開いた。まだ薄暗い室内の電気を付けて、机へと進んだ。籠一杯に積まれたハーブに俺が驚くと、大包平はラベンダーだと教えてくれた。
「昨日、収穫したんだ。紐が無かったから、そのままなんだ」
「昨日というと、兄者と共にいたな」
「ん? ああ、共に庭当番だったからな」
「小屋の中で泣いていただろう」
 そう言えば、大包平はぴたりと動きを止めて、目を見開いた。恐る恐る、彼は振り返る。
「誰かから聞いたのか」
 そこで俺はようやく、彼は俺が小屋の近くまで来たことを知らなかったのだと気がついた。

 どこか怯えた様子の彼を不思議に思いながらも、俺は盗み聞きする形となってしまいすまなかったと謝った。
「お供の狐ときみを探しに来たのだ。話し込んでいる様子だったので、引き返したのだが……」
「どこまで聞いたんだ」
「確か兄者が、俺と大包平は仲良しだと言っていたところまでだな。それに、恐らく最初から聞いていたわけでないぞ」
 俺の返事を聞くと、大包平はそうかと、体の力を抜いた。そんなに聞かれたくなかったのかと、どこか悲しいような気持ちになる俺に気がつかずに、大包平は椅子に座ってラベンダーを紐で束ね始めた。
「大した話はしていない。俺が泣いたのも、大した理由ではないからな」
「そうなのか?」
「本当だ。こんな事で嘘を言ってどうする」
 大した話ではない。大した理由ではない。こんな事で。そんな風に大包平は繰り返す。手は止まらない。俺は、まず悲しくなり、次に気がついた。
 大包平がそう言い表すのは、俺のことだ。
 あの時、兄者と大包平が話していたのは俺の事だった。正しく言うなら、俺と大包平の仲についてだった。それを、大したことではなかったと、繰り返す。
 大包平は静かな俺に対し、不思議そうに、笑いすら含ませて言う。
「何だ、髭切と話していたことが気になるのか。安心しろ、お前から髭切を奪ったりしない」
 手は止まらない。狂わない。震えない。声は、滑らかに歌うようだ。
 それは彼が知る、彼と俺の仲の表れだ。大包平が、俺達は何でもないのだと、表している。
(嫌だ)
 俺は大包平への気持ちを認めた。それなのにきみは、否定するのか。
(いや、そうじゃない)
 独りよがりになってはいけない。ただ、俺は。
(きみも同じ気持ちだと、思っていたのに)
 胸が痛くて、呼吸が苦しい。黙っている俺に、大包平がようやく手を止めて、振り返った。
「膝丸……?」
 その顔はどこまでも不思議そうで、俺は余計に胸が締め付けられた。
 当たり前のことだ。同じ過程を経ても、万人が同じ結論を出すわけではないのだ。俺と大包平だって、そうだったのだ。
 良き友だと言った大包平は、どんな気持ちだったのか。
「きみは、このままで良いのか」
 口をついて出たのは、あの時の兄者と同じ言葉だった。大包平は目を見開いた。銀の目はまるで鏡のように、俺を写していた。
 やがて、困ったように笑った。
「ありのままを認めただけだろう」
 その言葉に、俺は泣きたくなった。彼は信じているのだ。そして俺の言葉と、仲を、これからも守ろうとしている。
(良き友、だと)
 彼の顔からも、声からも、その奥にある感情は分からない。ただ表面には、今までと同じ友情があった。

 気がついたら図書室にいた。どうやってここまで来たのか思い出せないが、俺は朝の日が差し込む図書室の、本棚の間にいた。りん、りんと鈴の音がする。これは猫の本が歩き回る音だ。
「何をしているんだい」
 浮遊する猫の本を拾って、笑ったのは兄者だった。

「へえ、彼が、ねぇ……」
 兄者に、大包平が友人関係を継続したいと考えていることを伝えると、首を傾げた。
「僕が聞いた話とだいぶ違うのだけど、何かあったのかな」
「……どういうことだ?」
 どうもこうもと、兄者は顎に手を当てて考える。
「あの子はお前のことを好いていると言っていたよ」
「それは、友として」
「ううん、そうじゃない。恋愛感情で好きだって言ってた。うん、確かにそうだったよ」
 兄者の証言に、俺は瞬きをする。どうにも頭が混乱した。それでは、先程の大包平の様子と合わない。しかし兄者が嘘を言うことは有り得ないのだ。
「それは、一体どういうことだ?」
 混乱したまま言うと、どうしたと今度は別の声がした。兄者が、やあと笑った。その兄者に、やあと返事したのは鶯丸だった。

「なるほど、大包平は相変わらず馬鹿やってるわけか」
 兄者がかいつまんで説明すると、鶯丸はすぐに理解したらしく、苦笑した。彼は大包平が馬鹿やってると言う時はいつも楽しそうなのに、今は苦笑である。
「とりあえず、俺達はお前達が泣いていたところまでしか知らないわけなんだが、何があったんだ?」
「そういえばそうだねぇ。きみ達、なにがあったの? お前だってメジロ君に泣きついた時は、どうすれば良いのかと悩んでいたんだろう?」
「俺は鶯丸であって草食ではないぞ」
「あれきみ肉食なの?」
 何やら軽口を叩き合っているが仲良さそうな友情を感じる二振りに、ちょっと涙を覚えつつ、俺は何があったかと考える。兄者と鶯丸以外だと、今剣と毛利が喧嘩したことと、そうだ。
「お供の狐が俺達を心配してくれたのだ」
 二振りはぴたりと軽口を止めて、振り返った。それはまた意外な獣が声を上げたなと、鶯丸は不思議そうだ。兄者は、あの獣が何を言ったんだいと俺の話を促した。
「彼は、俺と大包平が共に過ごした時間は、長い刃生の刹那の交差点だと言った。だから、二人で過ごした時間を大切にしろと」

─「何一つとして否定してはなりませぬ。何一つとして、取りこぼしてはなりませぬ。この交差点を、疎かにしてはなりませぬ。例え、間違えたとしても、皆様は、その間違いを否定し、まやかしとし、無かったことにしてはならないのです」

 不思議と淀みなく、彼が言ったその言葉を、そのまま言うと、兄者は眉を寄せた。
「妖術だね。あの獣、僕の弟になんてことを」
「しかし言葉を印象付けただけだろう。悪意は感じない。あの獣の善意だ」
「善意ねぇ」
「とりあえず、今は覚えていたことを歓迎したほうが良い。その言葉を受けて膝丸は自分の気持ちに素直になることを決めたんだな?」
「あ、ああ、そうだが」
「しかし大包平はそうではなかったということか」
 ふむと考え込んだ鶯丸に、兄者が閃いたと声を上げた。
「前提だよ。この子達、前提が違ったじゃないか」
「ああ、なるほど。そうすると、やはり大包平は馬鹿やってるわけか」
「兄者、鶯丸、どういうことだ?」
 それはねと兄者は言った。
「お前達は揃って友人関係に縛られていたわけだけど、全く恋愛感情に気が付かなかったお前と違って、赤色君はその可能性を考えていたんだ。そして、僕の前で泣いた時に、そのことを僕の前で認めた」
「膝丸が恋愛感情を自覚し、受け入れたのは、あの獣の言葉だったな」
「お前が教えてくれた獣の言葉は、迷っているときに聞けば、新たな光が見えるような導きの言葉だよ。だけど」
「ついさっきとも言える瞬間にこれは恋愛感情だと認めてから聞くと、やっぱり友情だったんだと後戻りする言葉じゃないか?」
「あの子、随分と悩んでから、好きだって認めたからね。きっと、安易に認めてしまったと悔やんだんだよ」
 だが、と俺は口を開いた。
「だが、あの時の大包平は落ち着いていたぞ?」
「そりゃあ、自分の気持ちを疑う前の状況に戻っただけだもの。むしろ安定するよ」
「そんな……」
 あの瞬間、大包平は自分の気持ちに蓋をしたということなのだろうか。俺の目の前で、同じ言葉を聞いて、俺とは真逆の結論を出したのか。
「そう悲壮な顔をすることではないだろう。大包平は馬鹿やってるだけだ。気持ちがそう早く変わるわけない」
「そうだよねぇ。あんなに泣くほど悩んでいたんだもの。認める前からずっと好きだったんじゃないかな。そんな気持ちを一晩で消してしまえるわけないよ」
 だから、ほら。兄者はそう言って俺の背中を叩いた。
「早く行っておいで。口実は朝餉の呼び出しでいいんじゃない?」
「あいつは頑固だが、根っからの真面目だ。はっきり伝えれば、それなりに考えるさ」
「それなりじゃあ困るよ、メジロ君」
「ははは、俺は草食ではないと言った筈だが?」
「兄者も、鶯丸も、落ち着いてくれ。しかし、ありがとう。俺は大包平の元に行ってくる」
 すぐに駆け出せば、後ろから兄者の、頑張りなよとの声が聞こえた。あれだけ心を砕き、背中を押してくれた兄者と鶯丸の為にも、俺は心を決めていた。
 絶対に言わねばならない。伝えねばならない。俺のこの気持ちを少しも知らないあの刀に、全部伝えるのだ。


 すっかり朝日が昇った花園の中を、駆け抜ける。大包平を探せば、彼はラベンダーの咲く場所で、ぱちりぱちりと花を収穫していた。
「大包平っ!」
 呼べば、彼は振り返った。朝日に照らされた、美しい刀は不思議そうにこちらを見ている。
「膝丸、そんなに急いでどうしたんだ」
 首を傾げそうな彼に、俺は言う。
「好きだ」
 銀の目が瞬きをした。
「何を?」
「俺が、君を、好きなのだ」
 唖然とした顔をする大包平に、俺は続けた。
「きみが、良き友であろうとしてくれたことは知っている。でも、俺はきみが好きだ。友愛は嘘じゃない。間違いでもない。そして、この恋愛感情だって本当だぞ」
「……勘違いじゃないのか」
「そんな訳が無いだろう」
「友情であり、恋情であると?」
「そうだ」
「無茶苦茶だ」
「そうかもしれんな」
「だったら、」
「もし、きみに感じた友情が間違いだとして」
 そう言うと、大包平は銀の目に怯えを浮かべた。だが、俺は続ける。
「間違いだからと言って、否定はしたくないのだ」
 だから、全部本当なのだ、と。

「全部ひっくるめて、きみが好きだ」

 大包平はどうなのだと穏やかな気持ちで問いかければ、彼は俯いた。
「お前は欲張りだな」
「そうだろうな」
「源氏の重宝が、そんなに欲張りだとは知らなかったぞ」
「俺も初耳だ」
「折角、良き友であろうと決めたのにな」
「ふむ、それは悪いことをしたな」
 だが、そうだな。大包平は顔を上げた。その顔は泣きそうな笑顔だった。

「俺も、お前が全部好きだ」

 花々が咲き誇る朝の花園。涙を浮かべて笑う彼は、今迄で一番美しかった。



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