ガーデン・ガーデン・ライブラリー


 花がほころぶ
実福『花がほころぶ』
※花園本丸設定


 手を叩く、空気が震える。祝詞が響く。その物に宿った魂が呼応する。光が溢れる、花が舞う。励起。
 実休はそうして、この本丸に立った。

 冬のきんとした空気のもと。実休の部屋はひとまずは福島と相部屋となった。同じ刀派だからということだが、燭台切はというと、すでに別の刀と相部屋だ。厨当番の関係で、小豆長光と、である。
 まず、本丸の特異性を学んだ。基本の本丸にはない設備について、福島がその場に案内しながら語る。
「あそこは審神者の花園。この本丸は花園本丸とも呼ばれててね。通称のひとつさ。外部から依頼が来ることもあるよ」
「花屋をしてるの?」
「そのようなものさ。で、こっち」
 福島が案内したのは図書室だった。多くの蔵書がありそうな、大きな区画である。今日の図書当番は鶯丸と膝丸らしい。
「この本丸は図書本丸とも呼ばれてる。審神者の前職が司書で、本丸に曰くつきの本が流れ着くから、それの管理だね。たまに外から依頼されて本をあるべき場所に返してるかな」
「ふうん。二つの名前があるんだね」
「通称だからね」
 そういうものか。実休は納得した。

「実休は庭がほしいだろ? 審神者に言えば場所は借りられるよ」
「よく分かったね」
「まあね。あれだけ花園を外から熱心に眺めてたら分かるよ」
 花園では庭当番だという大包平と髭切が作業していた。中には入らず、金属の柵越しに、実休と福島は眺めたのだ。
「少し、嫌だな」
「全ての季節の区画があるからね、変わったところだよ」
「うん。それに、僕の育てたい植物は無さそう」
「確かにね」
 福島はすぐにでも話に行こうかと、足を早めた。
「そんなに急がなくていいよ」
「いいや、趣味は大切だからね。俺も実休の庭が早く見たいんだ」
 それは。
「どうして?」
 ぱちんと、福島が振り返る。
「花を飾りたいんだ」
 きょうだいの育てた花を。

 審神者は快く実休に庭の区画を与えてくれた。裏山の近く、刀があまり寄り付かないそこを、審神者の霊力で柵と扉を拵えた。
「耕してもらってもよかったのに」
「それは自分でやるよ。ところで福島の趣味は?」
「フラワーアレンジメントかな。花を飾るのが好きなんだ」
 育てるのは別の話。そう笑っていた。
 冬の光が鮮やかに福島を包んでいた。

 実休の庭は実休だけのものだ。励起してから様々な生活のことを学ぶ。戦にはまだ出ないらしい。肉の器に慣れていないからだ。
 庭は少しずつ形にしていく。必要な物を給金をやりくりして、工夫を凝らして揃えていく。実休の庭には鍵をかけていないが、皆が近寄らないように気をつけているらしかった。実休があまり口にしないからだ。ただ、福島だけはよく様子を見に来ていた。
「福島、戦の疲れがあるだろう。無理しないでね」
「うん。だからここで見てるだけ。赤疲労なだかだから、怪我はないよ」
「そう? なら、いいけれど」
 実休はせっせと土いじりをする。この庭には薬草が多い。福島がいつか花をもらいに来るかもしれないと、園芸種の区画も少しだけ作っていた。
「初めは、庭当番になろうと思ってたんだ」
「へえ」
「でも、やっぱり飾るほうがいいなって思ったんだ」
 そちらを極めたいんだ。福島はのんびりと話していた。実休は庭仕事をしながら、ただ、話を聞いていた。

 福島は戦場と本丸を飾る切花たちの管理を一手に引き受けていた。庭当番とも顔が効くので、基本は審神者の花園で花を仕入れるらしい。
 本丸の季節に合わせた花を福島は飾る。たまに、別の季節の花を飾るのは、来訪者があるときだけだ。

 時に、図書室の図書当番たちはよく本丸の外へと、依頼された本を手にお使いに出ている。
 この本丸に流れ着く曰くつきの本たちはお喋りでイタズラ好きでおてんばらしい。猫の絵がある本には、鈴の術が図書当番によって掛けられており、歩くとリンリンと音を鳴らす。それを頼りに、図書当番が本を本棚に戻すのだ。

 実休は植物の図鑑を求めて図書室にやって来ていた。今日の図書当番は平野と巴形だが、巴形はお使いに出掛けているようだ。
「お探しの本は何でしょう」
「植物の図鑑はあるかな」
「ありますよ。ええと、七つ目の本棚です。植物の図鑑たちは静かなのですぐ分かりますよ」
「ありがとう」
「ああでも、少しでも花の香りがしたら教えてください」
 それは良くありませんから、と。

 実休が七つ目の本棚に向かうと静かに本が並んでいた。花の香りはしない。
 いくつか手にとって確認してみる。読書のための机と椅子も並んでいたので、そこの一角を借りた。
 鈴の音、本を捲る音、猫の鳴き声、犬の昼寝。
 さまざまな音がうるさくない程度に耳をくすぐる。
「目当ての内容はあった?」
 福島だった。

 本には怪異が宿る。福島はそっと本を手にしていた。海外の美術館の図録らしい。花の絵がたくさんあるんだと笑っている。
「実休もこういうものを見たっていいさ」
「そうだね。まだ、僕には早いかと思ったけれど、良さそうだ」
「うん。きっと合う」
 福島はそう言ってから、静かに本を開いた。その本の怪異は、今のところ大人しいようだ。

 花園へ招待された。庭当番の加州が案内してくれる。さまざまな種類の花が見事に咲き誇っている。
「きれいだね」
「ありがと。実休が好む庭とは全然違うだろうって主が言ってたから、少し不安だったんだ」
「そうなのかい? たしかに、僕の趣味ではないけれど」
「やっぱりそうなんだ。うーん、実休はいつか庭に誰かを招待するの?」
「福島かな」
「ああ、同派の。なるほどね」
 それならいいのかも。加州は自身に同派がないが、それ故の憧憬をその声に乗せていた。

 花の香りがする。福島が花を飾っていた。
「福島?」
「あ、実休。庭はいいのかい?」
「今日は掃除当番の手伝いをしてるの。ねえ、その花はなあに?」
「ええっと、クリスマスローズかな」
 そろそろ旬になるから。福島の言葉に、花を見つめるその目に、実休は呼吸を止めた。
 どくん、と心臓の鼓動に似た音がする。

 草花が好き、福島が、すき。

 僕は福島が好きだ。唐突に、実休は気がついたのだった。



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