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 汽車の怪異/汽車の怪異譚、中
姫鶴+小豆/汽車の怪異/汽車の怪異譚、中


 夢を見る。ごとんごとん。汽車の中、椅子に座った姫鶴は窓の外を見る。木枠の向こうで、別の汽車が通る。窓越しに、見えたのは花を抱えた小豆だった。
 目を伏せた小豆のその腕の中にある花は、カーネーションだろうか。白いそれは、咲き誇っていた。

 目覚める。まだ夜だった。明け方にもならない時間に、姫鶴はむくりと起き上がった。白いカーネーションは、何を意味するのだろう。
「変な夢」
 汽車なんて、乗ったことがない。なのに妙にリアルな夢だ。そのことに、どこか違和感がある。何故だろう。呼ばれているような気がした。
 独り部屋を抜け出して、ぺたぺたと本丸を歩く。行く宛もなく歩いていると、図書室に着いた。戸を開く。鍵は空いていた。
「やあ」
 明かりが灯る図書室には、山姥切長義が居た。
「姫鶴さんか、珍しいね」
「きみこそ」
「まあね」
 花園で必要な知識があってね、という長義は園芸係の一振りだった。
「カーネーションを植えたいと言っていて……そうだ、姫鶴さんは何色がいいかな?」
「俺は、」
 淡く光る、白が脳裏をよぎる。
「白」
 ああ、いい色だね。長義はそう応える。
「万屋で苗を見てみよう」
 長義は見ていた本を閉じる。姫鶴は立ち尽くしている。こてんと、長義は首を傾げた。
「どうかしたのかい?」
 顔が真っ青じゃないか、と。

「夢を見た」
「姫鶴さんが?」
「うん。なんつーか、汽車に乗ってたんだけど」
「汽車?」
「俺が汽車に乗ってたんだけど、あつきが乗ってる汽車とすれ違ったんだ。その、手に白いカーネーションがあった」
「……白だったんだね?」
「ん。白」
「じゃあ、そう恐ろしい夢では無さそうだけど……汽車に乗ったことがあるのかい?」
「無い」
「それは、妙だね」
 そういえばと、長義は考え込む。
「新しく流れ着いた本が、汽車の話だったな」
「えっと"パディントン発4時50分"だっけ?」
「そう、それだよ。俺はあまり本に詳しくないのだけど」
 調べてみようと、長義は図書室のカウンターに向かう。その時、からからと図書室の戸が開く。おや、と鶯丸が目を丸くした。
「こんな時間に図書室か」
「鶯丸さん、丁度いいところに」
「どうした?」
「姫鶴さんが夢を見たそうだよ」
「夢?」
「ん、そう。汽車の夢なんだけど」
 それだけで鶯丸はピンときたらしい。難しい顔をして、ばたばたと歩く。
「今、禁書棚を見てくる」
「禁書?」
「流れ着いた"4.50 from Paddington"は今、禁書に指定しているんだ」
 図書係しか入れない禁書棚から、鶯丸が本を持ってくる。
 英字の本は、豪華な装丁が施されていた。綺麗だね。長義が言い、姫鶴が同意すると、鶯丸は綺麗ではおかしいんだと言った。
「どーいうこと?」
「まじないを掛けた筈だ」
「ああ、猫とかの?」
「この本丸の図書室の管理下にある本には、一冊残らずまじないを掛けている。特殊な墨で、な」
 この本の場合はいくつも重ね掛けしたのだ、と。
「それが全て消えている」
「どーして」
「可能性は一つ」
 鶯丸は二振りの前、カウンターに本を置くとばらっと開いた。
 そこには、無地の頁が広がっていた。
「やはりか」
「ん?」
「どう云うことだい?」
「何かを引き込むと主は予想していたが、逆だったな」
「は?」
「抜け出している」
 "抜け出している"。文が、本の中から。ぞっと姫鶴の背に悪寒が走る。慌てて図書室を飛び出した。

 駆ける。長義が後ろを追いかけていた。鶯丸は本を抱えて、ばたばたと走って来ていた。
 姫鶴が辿り着いたのは、長光部屋だった。するりと戸を開く。ぐうすかと寝ていた大般若が騒ぎで起きた。
「一体どうしたんだ?」
 くあと欠伸をする彼には目もくれず、姫鶴は寝ている小豆を揺さぶる。起きない。ばらり、胸部から花が落ちた。白いカーネーションだった。穏やかに伏せられた目を確認し、そして、首を見る。そこには、絞められたような跡があった。
「何、これ」
 姫鶴が困惑する後ろで、長義が大般若に説明をしようとして、鶯丸が辿り着いた。
 小豆が深く眠っていること、首の跡を見て、やはりかと鶯丸は眉を寄せる。
「詳しいことは主と判断しなければならないが」
「それで?」
「この本は探偵小説だとは知っているか?」
「ん」
「探偵小説には、事件がつきものだとは?」
「何が言いたいワケ?」
 姫鶴が促すと、鶯丸は強張った声を出した。
「"4.50 from Paddington"には、絞殺死体が出てくるんだ」
 は、と姫鶴は息を呑んだ。

 大般若が慌てる音がする。姫鶴は小豆の隣で、彼の手を握る。鶯丸が本を抱えて審神者の元に走った。大般若もそれに続く。
 まず、小豆は死んではいない。脈も呼吸も寝ているものだ。ただ、起きはしない。姫鶴の夢と、転がり落ちた白いカーネーションからして、本から何らかの影響を受けている可能性が高い。
「『パディントン発4時50分』に、白いカーネーションは出てこない筈です」
 駆けつけた平野が言う。彼もまた、図書係を請け負っており、本に詳しかった。
「英文学は鶯丸様の担当です。僕は少ししか分かりません」
 僕の担当は主に翻訳小説でして。平野は眉を下げる。
 長義が、白いカーネーションならと口にした。
「花言葉は"私の愛は生きています"だったかな」
「だとしたら、小豆さんの命に支障は無いかと」
「でも、寝ているね」
「はい。怪異に対して、何らかの反応が出ているものかと」
 云うならば。平野は断定した。
「これは"汽車の怪異"でしょう」
 その言葉に姫鶴は、ざわりとした悪寒をまた覚えた。



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