ガーデン・ガーデン・ライブラリー


 花と書/汽車の怪異譚、上
姫鶴+小豆/花と書/汽車の怪異譚、上


 戦場から戻る。今回の隊長は五虎退だ。姫鶴たち隊員に、報告は自分がしておくからと笑いかけた彼は怪我も疲れも無いらしい。姫鶴たちはそれを受けて、湯浴みや手入れに向かった。
 姫鶴は湯浴みをする。まだ気が立ってるな。早く切り替えないととつらつら考えていると、隊員の膝丸が落ち着けと肩を叩いてくれた。有り難いことだ。

 湯浴みで汚れ落とし、本丸を歩く。ふらふらと歩いていると、毛利とすれ違った。小豆さんなら花園ですよと声をかけられて、見破られたかと苦笑してしまう。
 ありがとと礼を言うと、それだけですからと毛利は返事をしてどこかに向かった。きっと子どもたちのところだろう。今の姫鶴は、子どもたちに合わせる顔がなかった。これは大人の姿を持つものとしての意地だ。

 金属の華奢な門を開き、花園に入る。ぶわりと審神者の霊力が姫鶴を包み込んだ。それはあまりに強すぎるが、安心した。物ゆえの意識だろう。
 そのまま進むと、ガーデンテーブルに小豆と鶯丸がいた。
 ふっと、小豆が顔を上げる。気がつかれたらしい。彼はふわりと微笑む。
「やあ、姫鶴。しゅつじんおつかれさまなんだぞ」
「ああ、姫鶴か。お疲れ様だな」
「ん」
 何してんの。姫鶴が問いかけると、鶯丸は話し相手になってもらっていたのさと笑う。
「今日は、大包平が遠征で不在で、暇だったからな」
「わたしは、おちゃをはこんだだけだよ」
「話し相手もしてくれたさ。良い孫に恵まれたものだ」
「おじいさまのみうちはんていはひろいぞ」
「もしかして俺も入ってたり?」
「はっはっは」
 この刀、古刀の自覚はあるのだろうか。むしろ、古い自覚がたっぷりあるからこその、判断かもしれない。姫鶴が考えていると、鶯丸は先に戻ると言って花園から去ってしまった。

 残された小豆は、おいでと姫鶴を呼んで、隣の椅子に座らせた。大人しく言うことを聞く姫鶴の、その頭をポンポンと撫でる。
「おつかれさま」
「……ん」
 息を吐く。吸う。吐く。やっと呼吸が出来たような気がした。本丸に戻ってきたのだと、きちんと実感する。緊張していた神経が緩められていく感覚に身を委ねた。とろとろと溶けるままに、目を細める。小豆の温かな手はいつの間にか離れていて。物足りないと掴む。ぎゅ、ぎゅ、と手を絡めると、小豆は穏やかに受け入れてくれた。
「ゆあみはおえたんだね」
「ん」
「けがは?」
「無い」
「なら、よかったぞ」
 はやめにやすむといいよ。そんな提案に、姫鶴はただ短く返事をした。動かない姫鶴に、小豆が首を傾げている。
「まだ、この儘がいい」
 そう告げると、小豆はわたしでよければとただ居てくれた。

 そのまま夕暮れを迎える。姫鶴が意識を取り戻した頃には、夕飯時の自室だった。ぼんやりと小豆の手を握り続けた記憶はあるものの、どうやって自室に戻ったのか分からない。よほど疲れていたのだろう。
 食堂に向かうと、小豆が厨にいた。燭台切から夕飯を受け取り、席に着く。すると、すぐに謙信と五虎退がやって来た。
 謙信はこれから夕飯らしい。五虎退は食べ終えたようだ。
「やあ、けんけん、ごこ」
「おかえりなんだぞ!」
「ごこは一緒に出陣してたよ」
「はいっ、隊長でした」
「けんけんは何してたの?」
「きょうはそうじしてたぞ」
「へえ」
 ふわふわと笑みが溢れる。謙信はむぐむぐと夕飯を食べている。五虎退は湯呑を手に、そういえばと口にした。
「また、不思議な本が流れ着いたらしいです」
「また?」
「はい。ええと、あるじさまの御縁で、この本丸には曰く付きの本が流れ着くことがあるんです」
「ん、そうなんだ」
「今回は"4.50 from Paddington"らしいです」
「なんて?」
「邦題は『パディントン発4時50分』。有名な探偵小説のひとつです」
 その本に"曰く"が付いていた。
「図書係の方々がまじないを掛けたそうですが、念の為に気をつけておいてほしい、と」
「何を?」
「あるじさまが言うには、今回のは誰かを引きずり込むかもしれないそうです」
 誰かを引きずり込む。一体、何に?
 きょとんとする姫鶴に、謙信が忠告する。
「つまるところ"かいい"なのだ。姫鶴はいつわからして、たいせいがありそうだけど……もしなにかの、ちゃねるがあったら、ひきずりこまれるかも、だぞ」
「ふうん」
 それは気をつけた方が良さそうだね。姫鶴の返答に、よく気をつけてくださいねと五虎退が念を押したのだった。



- ナノ -