ガーデン・ガーデン・ライブラリー


 花園
膝(→←)大包/花園/無自覚両片思いで友情だと思い込んでいる二振りの話


 花園の先に蝶。

 保存容器の中にはジャムクッキー。水筒には水出しの紅茶。持たされた籠の中身を確認してから、俺は歩く。
 目指していた花園の門の前に着くと、錆びた金属の扉をゆっくりと開いた。蝶番に油を差したばかりなのか、大した音も立てずに扉は開いた。
 その花園は様々な花が季節を問わずに咲いている。我らの主である審神者が、近侍の歌仙に渋い顔をされても無理を通したその花園は、どうやら審神者にとって思い入れのある花が植えられているらしい。
 晴天の下に広がる花園の小道を進むと、やがて小さな広場に出る。白いガーデンテーブルと揃いの椅子。テーブルの上には水筒が置かれていた。手に取ってみると中身はいくらか減っているらしかった。きちんと水分をとっているようだ。肝心の刀はどこかと辺りを見回せば、こちらに背を向けて花に水を与えている刀がいた。
「大包平」
 そう呼ぶと、刀はくるりと振り返った。
「膝丸か」
 ジョウロを持っている彼に、籠を見せて休憩時間だと告げた。

 大包平が残っていたジョウロの水をすべて花に与えている間に、俺は籠の中身をテーブルに並べた。水筒とグラスとコースター、保存容器を開けばジャムクッキーのジャムが艶々と光った。
「待たせたな」
 ジョウロを置いて手を洗ってきた大包平に、そう待っていないぞと返事をする。グラスに紅茶を注ぐと、それぞれ椅子に座った。
「いただきます」
 挨拶をして、大包平はジャムクッキーを食べる。飲み込んでから、燭台切が作ったのかと、目元を和らげた。
「よく分かったな。ジャムも手作りだそうだ」
「小豆とは少し味が違うからな」
「そうか。きみが言うならそうなんだろう」
 俺には美味いとしか分からないからなと言えば、充分だろうと大包平は冷たい紅茶を飲んだ。
 白い喉がこくりと動くのを眺め、俺はジャムクッキーに手を伸ばす。一枚を手に取り、口に運び、食べる。とても甘い。茶請けに丁度良い味がした。
「それにしても、膝丸は毎日この花園に来ているな。花が好きなのか」
「そっくりそのまま同じ質問を返したいのだが」
「俺は園芸に興味があっただけだ」
「そうか」
「お前はどうなんだ」
 刃色の目が俺を見る。真っ直ぐな目は、少しばかり擽ったく感じた。ふと笑ってしまうと、大包平は不可解そうに眉を寄せていた。
「なんだその顔は」
「いや、何でもないぞ。俺は、きみが居るから来ているんだ」
「何故だ」
「会いたいと思うからな」
「会いたい? 俺に?」
「そんなに不思議なことか?」
「いや、そんな事は無いが……」
 気まずそうな顔をする大包平に、俺は首を傾げる。
「どうした」
「……いや、何というか」
「む?」
「まるで恋仲の会話のようだな、と」
 その言葉に俺は会話を回想する。確かに恋仲の会話にも思える。思えはするが、そう気にするような会話だろうか。
「周りに誰もいないのに気にすることなのか」
「周囲の目は関係ないだろう」
「そうか」
 一応納得してみせれば、大包平はそういうものだと息を吐いた。その顔はやはり気まずそうだ。彼の白い肌が日に照らされているのを眺めながら、俺は口を開いた。
「恋仲になりたい刀がいるのか?」
「別にいない。突然どうした?」
「いや、やけに気にすると思ってな」
 少し気になっただけだと言いながら、俺はジャムクッキーを食べた。やはり、甘い。
 大包平はすぐに口を開いた。
「確かに気にしすぎたのかもしれん」
 何となく、気になっただけだ。大包平はそう言うと、グラスの紅茶を飲み切った。静かにグラスを置くと、作業に戻ると言って席を立つ。しばらく此処にいてもいいかと問えば、構わんとの返事が返ってきた。

 広い花園を歩き回り、花に水を与えている。様子を見ながら慎重にジョウロを傾け、時折ぐっと花に近寄って観察し、枯れた花を見つけては鋏で摘んでいた。
 晴れた空の下、咲き誇る花々の中を、彼はせっせと動き回る。丁寧に、慎重に、愛おしさを滲ませて、花へと触れる彼を見ていると、花に吸い寄せられる蝶を思い出した。
(美しいな)
 戦場で華々しく戦う姿も美しいが、こうして花の世話をしている時も美しい。ならば、この友が最も美しいのはどのような時だろうか。そんな風に考えて、俺は苦笑した。
(きっと、すべてが美しいのだろう)
 考えるまでもないと、俺は最後のジャムクッキーへと手を伸ばした。



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