シルカリ/オートミールと花ジャム


 コトコト、オートミールの煮える音がする。茨の谷では一般的なそれを、カリムがジッと見ている。
 珍しいんだ。文化の全く違う世界で育った彼は、シルバーにそう言った。

 シルバーにとっては当たり前のことは、カリムにとっては当たり前から程遠くて、逆もまた然り。シルバーもカリムも、あまりに違う土地で育ったし、関わってきた大人や妖精たちも全く異なっていた。

 ナイトレイブンカレッジは夢の国だな。ふっと思う。シルバーとカリムは、ナイトレイブンカレッジに入学しなければ決して出会うことはなかっただろう。

 最も幸福なのは、見聞を広げたことである。親父殿こと、リリアが言っていた。まったくその通りだ。シルバーは目を細める。アメジストの瞳が鈍い谷の光を乱反射する。カリムはオートミールの鍋をくるりと木ベラで掻き混ぜた。
「シルバー、いい感じだぜ!」
 もう食べよう。そう笑ったカリムに、シルバーはキッチンの食器棚から木製の器と匙を取り出した。これもまた、シルバーには馴染みのあるものであって、カリムには全く縁のないものだったものだ。

 二人でカレッジの学生生活の傍ら、こうして過ごすのはもう二年目になる。カリムは従者のジャミルの目を盗んで──それでいて、気がつかれてはいるのだけれど──、シルバーはリリアに勧められて、こんな日常を得ている。

 ナイトレイブンカレッジは夢の国である。こんな日常も、カレッジを出たらもう味わえない。そう思っているのは、シルバーもカリムも同じだ。
 だけど、周りはそうは思わないらしい。リリアとセベクは早く嫁にしないかと急かすし、マレウスはアジーム家と協議を進めているし、ジャミルは茨の谷のルールを学ぼうとしている。ジャミルについてはアジーム家の従者である筈ではと二人で首を傾げたが、ジャミルは婚姻の手続きは俺がすることになるだろうとゲンナリしていた。彼もまた、当然のようにカリムとシルバーが家族になると思っているのだ。

 薄明るい小屋は、茨の谷ではごく一般的な住居である。マレウスの手ずから、何重にも守護魔法が掛けられたそこで、カリムは温かいオートミールにジャムを添える。彼の馴染み深いジャムは、色とりどりで、シルバーの知る木の実のジャムとは全く違っていた。
 花ジャムっていうんだ。お茶によく添える。カリムがそう教えてくれた。
「いただきます!」
「いただきます」
 広がる花の香、後から鼻に抜ける蜂蜜の匂い。これが彼の育った世界か。シルバーはそっとカリムを見る。カリムは赤い目を輝かせて、美味しいと笑っていた。
「また食べような、えーっと」
「オートミールだ」
「そう、オートミール!」
 約束をしようと笑う彼は、どこまでも明るくて。シルバーはただただ彼に好意を示したくて、どこまでも柔らかい笑みを返したのだった。

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