もがく、藻掻く。ダメだ、沈む。溺れてしまう。誰か、だれか助けて。

「ッ!」

俺は勢いよく起き上がって荒く浅い呼吸を繰り返す。隣で寝ていた筈の勘右衛門が起きて俺の背中を摩っていた。あまりに夢見が悪そうだったから。そんな風に勘右衛門は言った。事実、夢見が悪かったので助かったとしか思えない。

「…ありがとう、勘右衛門」
「どういたしまして。」

呼吸は落ち着いても、到底眠れそうになかった。そんな俺を気遣ってか、勘右衛門も寝ようとせずに、むしろどんな夢だったのかと問うてきた。

「…」
「夢って話すと現実にならないと言うじゃない」
「そう、なのか?」
「たとえ気休めとしても。人に話すことで恐怖心が和らぐかもよ」
「…」

勘右衛門の穏やかな声に、冷静さがだんだんと戻ってくる。そして同じように八方塞がりなのではないかと思ってしまう。夢見は確かに悪かった。だが、夢見たことは現実と絡んでいたのだから。

「ほら」
「…」
「ゆっくりでいいよ」
「…綾部が」

その名を出した途端、勘右衛門の顔が険しくなる。俺はそれを指摘することはせずに話を続ける。

「池に沈めようとしたんだ」
「池か…」

俺は又やってきた恐怖心にぶるりと震える。
綾部の奇行は少し前からだった。いやおかしかったのはもっと前からかもしれない。ただ、表面上に現れたのがつい最近のこと。綾部は、何度も俺を穴埋めしようとしたのだ。今俺が生きていることから分かる様に、今のところ全て失敗しているが。

「綾部喜八郎が殺しにきてるのは確かだよね」
「勘右衛門から見ても、そうか…」
「先生に相談しよう。学園一の腕は俺たちでどうにか出来るものじゃない」
「綾部はあれだけの不思議ッ子でもい組だからな」
「何抜け出して来て聞き耳たててんの…」

天井から降りて来たのは五年ろ組の三人だった。だれとは言わなくても分かるだろうが、八左ヱ門と雷蔵と三郎だった。ちなみに喋ったのは鉢屋だった。冷静さを欠いていた俺は驚いたが、勘右衛門はきちんと把握していたようで、少し呆れただけだった。

「まあこの際許してよ。綾部喜八郎対策を一緒に考えに来たんだから」
「ならいいけどさ…」
「い組な上に作法だからな…ぽやぽやしてる様で彼奴は忍らしい冷酷さをしっかりと持ってる。いや、それはもう分かってる、か。」
「じゃなきゃ四年にもなれねえしな」
「どうする兵助」

言った勘右衛門の目は確かに先生に言うかどうかを問うていた。返事をためらっていると、雷蔵が口を開く。

「僕らで守ろうにも限界があるし、兵助もここ数日で警戒に疲れてしまったんじゃない?」
「兵助にとって綾部喜八郎は仲の良い後輩だったからね…そのショックもまだあるんでしょう?」
「先生に言おうぜ兵助。それに多分先生達も気がついていて、兵助が折れたら動く準備が出来ていると思う」
「忍術学園の先生達だからな。綾部如き忍たまのことを把握していない筈がない」

三郎の言葉に、俺は思う。確かに先生達は既に把握しているだろう。でも本当に助けを乞うていいものだろうか。それは綾部を退学に追い込んでしまうことにはならないだろうか。

「何考えてんの兵助、相手は命を狙ってるんだよ。それなのに生ぬるいこと考えてるんじゃないよ!」
「勘右衛門落ち着け。夜だ」
「ごめん三郎。でもね、これは譲れない。兵助、忍は生き延びて情報を伝えることが使命なんだよ。生き延びるの。自分が、自分が!」
「勘右衛門…俺は」
「もういい。兵助が言わないなら俺が先生に」

立ち上がろうとする勘右衛門を制止するように三郎が素早く口を開く。

「其れじゃあ先生達は動かないだろう」
「ああもう!そんなこと分かってるよ!」
「勘右衛門、落ち着いてよ」

雷蔵が勘右衛門をなだめるのをどこかぼんやりと眺める。勘右衛門がこんなにも俺を心配してくれるのが、ろ組の三人が俺のために動こうとしてくれているのがとても嬉しかった。だから。

「言うよ。」
「兵助!」

勘右衛門がぎゅっと俺を抱きしめる。温かいぬくもりに涙腺が緩んだ。

「それじゃあ今すぐ行こう。明日の朝なんて待っていたら綾部喜八郎が何をしでかすか分からない。先生達なら起きてるさ」
「ああ。」
「皆で行くか!俺たちは兵助の護衛として。」
「じゃあ兵助と俺は着替えるよ」

勘右衛門が俺から離れ、俺の手を握った。

「絶対に、綾部と対峙した時に情けなんてかけないで。わかってるね」
「ああ。」
「よし。なら着替えよう。明かり付ける?」
「いらない」
「そうだね」

微笑む勘右衛門に、とうとう涙が零れた。





君を×しにかかろう
(綾部、どうして俺を殺そうとする?)


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