さみくも/視界明瞭


 ほんもの、に、出会うための、生を。


 村雲は歩く。よたよたと、山の中を歩いていた。その先を、五月雨が歩いている。夏の日差しが木の葉の隙間から二口を刺す。
「雲さん、大丈夫ですか」
「うん。雨さんこそ大丈夫?」
「私は平気です」
 慣れましたので。五月雨の言葉に、雨さんはすごいやと村雲はへらり、笑った。

 本丸の裏山、山奥に山小屋がある。非常時の小屋だというそこは、点検のため、定期的に刀剣男士が泊まることになっている。今回は五月雨と村雲の番だった。

 山道を歩くこと暫く。ふっと視界が開けた。
「ここですよ」
「わあっ」
 小さな、しかし立派な小屋が、小さな広場に佇んでいた。

 小屋に入る。この本丸の刀剣男士ならば鍵は要らないらしい。自動認証だそうです。五月雨は荷物を置き、さらりと言った。
「では軽く掃除でもしましょうか」
「う、うん。それぐらいなら出来るよ」
「ええ、出来ますとも」
 掃除道具はこっちに。五月雨は戸棚へと向かった。
 村雲は持ってきた着替え等の荷物を隅に置くと、五月雨の手からハタキを貰う。

 ぱたぱたと埃を落とし、箒で外へ。定期的に手入れしているだけあって、大して汚れてはいなかった。
 すぐに掃除を終えて、昼食でも作りますかと五月雨に提案され、村雲はそうしようと同意した。

 本丸の食料庫と繋がっているという戸棚から、米と野菜を取り出す。タンパク質は高野豆腐ですかねと、五月雨は悩んだ。村雲は何を作るのと不思議そうだ。
「粥でもと」
「あ、それなら俺でも作れるよ。雨さんは他事してて」
「いいんですか?」
「点検したいところ、俺わかんないし」
「ではよろしくお願いします」
 五月雨が身軽な動作で二階に向かう。村雲はさてと、食材を目の前に気合いを入れた。

 粥は待つ料理である。食材を全て整えて、鍋で煮る。ネギは最後だな。村雲はぼんやりと囲炉裏の火を眺めていた。
 五月雨は屋根の上まで点検しているようだ。身軽な五月雨らしい。なお、鍋には蓋をしたので大丈夫だろう。

 粥が出来た頃、五月雨がひょいと姿を表した。出来ましたか。そう声をかけられて、ばっちりだよと村雲は返した。

 粥を食べる。粥というより、おじやだろうか。料理名は何だっていいが、温かいそれは腹をじんわりと温める。刀剣男士として肉の器を手に入れてからこの方、腹痛に悩まされる村雲にとっては嬉しい限りだ。
「まだ日暮れには時間があるので、少し小屋の周りを散歩しますか」
「いいの?」
「ええ」
 点検は終わりましたので。そう言われて、村雲は、それならと誘いに乗った。

 小屋の周りを二口で歩く。夏の空は晴れ渡っていて、今晩は星が見えそうですねと五月雨が嬉しそうにしていた。
「星?」
「ええ、天の川など」
「ああ、いいね。俺、詳しくないけど、雨さんが見るなら一緒に見たい」
「では、夜は星を見ましょう」
 山の日暮れは早い。そろそろ小屋に戻りましょうかという頃には、夕暮れとなっていた。

 小屋に戻り、粥の残りを食べて、すっかり道具を洗って乾かす。風呂に入り、布団を整えて、二階へ向かった。
 天窓がある。村雲はわっと驚いた。空が十分に見えますよ。五月雨は嬉しそうだ。
「外だと、冷えますから」
「ありがとう、雨さん」
「ええ」
 天の川は分かりますか。そう言われて、あれでしょうと指をさす。ミルク色のそれに、正解ですと五月雨が微笑んだ。
「では、夏の大三角形は」
「なに、それ?」
「有名な、星たちです」
 デネブ、アルタイル、ベガ。
「ベガとアルタイルは、織姫と彦星ですよ」
「あ、それなら分かるよ。へえ、あれが」
「ええ、そうです」
 他にもあります。五月雨は嬉しそうだ。
「少し長くなりますが」
「教えて、雨さん」
「では少しだけ」
 そうして二口はまた、空を見上げた。天窓の四角い空は、どこまでも広がって見えたのだった。

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