さみくも/口実/Twitterアンケートより


 ここにいるよ。
「雨さん?」
 布団から起き上がる。きょろりと周囲を見回した村雲に、おはようと後藤が声をかけた。
「ここがどこか分かるか?」
「ひえっ、ええと、俺の部屋、じゃないね?」
「そう。手入れ部屋な! ちょっと記憶が混乱してるのかも。初めての重傷だったからな」
「重傷になったの?」
「村雲さんがな」
「俺が」
「そう」
「えっと、ご迷惑をおかけしました」
「頭を下げなくていいぜ。ほら、戦に出てるんだからそういうこともあるってば」
 それよりも、そろそろ迎えを呼ぶか。後藤が戸を開く。二束三文の俺なんかに迎えとは誰だろう。そう思っていると、手入れ部屋のすぐそばの待機室に、後藤は声をかけた。
「五月雨さん、村雲さんが目覚めたぜ」
「わん! えっ、雨さんいるの?!」
「お呼びですか」
 五月雨が慌てて手入れ部屋に駆け込んでくる。村雲は雨さんだと顔を明るくした。
「雨さん! 雨さんだあ」
「はい。体は大丈夫ですか?」
「うん、たぶん平気だよ」
「後藤さん」
「手入れは無事行われたぜ! 部屋に戻って安静にしてること。審神者との面会の準備が整ったら長義さんが迎えに行くから」
「分かったよ」
「分かりました」
「くれぐれも安静にな! じゃ、お大事に!」
 後藤がたったかと手入れ部屋から出ていく。審神者に手入れ結果を伝えるのだろう。村雲は未だ霞む思考で、五月雨を見つめていた。
「わん!」
「ワン」
「あのね雨さん、俺よく分かんないんだけど」
「はい」
「出陣に何か手違いがあったの?」
 ここの審神者は慎重すぎる程に安全策を取る人間だ。それなのに村雲が重傷になるなど、手違いがあったに違いない。そんな村雲の疑問に、記憶が混乱しているのですねと五月雨は告げた。
「落ちたんです」
「落ちた」
「雲さんが、崖の上から」
「俺が崖の上から?!」
 そもそも、鯰尾が重傷になり、それを庇って、落ちたのだ。
「鯰尾さんはまだ手入れ中です」
「俺の言えたことじゃないけど、鯰尾くん、大丈夫なの?」
「霊力が何らかの不具合で枯渇しているそうです。骨喰さんたちが交代で看ているので、きっと大丈夫です」
「そう、それなら、いいんだけど」
「私としては、雲さんの記憶が混乱している事が気になります」
「いや、大分思い出してきたよ」
 そうだ。鯰尾が足を折られた。それなのに崖から落ちそうになったので、思いっきり腕を引っ張ったのだ。鯰尾がこれ以上怪我を負ったら折れてしまう。誰かが折れるなら、自分が身代わりになったっていい。
 一応、算段はあったのだ。村雲はその時軽傷すら無く、重傷でなければ折れることも、システム上は有り得ない。いつかの酒の席で噂話に聞いたそれを実行するなら今だと確信した。だからこその、無茶だった。
「雲さん」
「なあに、雨さん」
「もう、無茶はしないでくださいね」
「こんなこと、滅多にないよ。鯰尾くんが重傷だったのは、槍に集中攻撃を受けたからだったよね。彼ならこれを反省に先にうまく立ち回れるだろうから」
「雲さんのことですよ」
 鯰尾さんも確かに心配ですが。五月雨の歯痒そうな声に、村雲はそうかとこれを見上げた。
「ねえ、雨さん。俺が怪我したら不安になるの」
「はい」
「二束三文なのに」
「私にとってはたった一振りの雲さんです」
「そっか」
 それなら、俺も気をつけなくちゃ。そう言いつつも、村雲は同じ局面に陥ったら、同じことをする自信があった。
「雲さん」
「あのね、雨さん。俺はきっと同じことを繰り返すよ。でもね、雨さんがいるから怖くないんだ」
 何があっても、五月雨がいるなら、村雲は戦える。
「雨さんがいちばん好きだから、頑張れるよ」
「……無茶は止してください」
「善処するってば」
「約束してください」
「無理だよ」
「雲さんは、折れてもいいんですか」
「雨さんがいるから、折れないよ」
 そうだよね。村雲の微笑みに、五月雨はぎゅっと手を重ねて握りしめたのだった。

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