空蝉/さみくも/夏の連隊戦ネタ/とくび組やトーハク組なども出てきます。


 空蝉。
 ジンジンと音がする。血が沸騰する。夏の音、木の葉が擦れる。五月雨は神経を尖らせる。切っ先のように、真っ直ぐに、鋭い。鋭利なそれを、思い浮かべて。
「五月雨ッ!」
 後藤の声がした。ヒュッと息を飲んだ。
「っ前線突破します!」
 作戦は単純に。敵の刀を全て折る。
 後藤が走る。続けて鯰尾と物吉が弓兵を展開する。長義と南泉が、木の上の五月雨の下を滑り抜けた。
 そんな五月雨率いる第一部隊の行動を、毛利が知らせる。馬に乗る獅子王が厚を走らせた。三日月と亀甲が村雲の傍にいる。
「いいか」
 獅子王が振り返る。村雲はこくんと頷いた。
「雨さんが、動いたよ」
 それだけは間違えない。村雲の言葉に、獅子王は高らかに告げた。
「全軍前進! 派手に行け、撹乱させろ、俺たちは全ての可能性を潰し、歴史を守る!」
 獅子王率いる第二部隊と、厚が知らせた大包平率いる第三部隊が馬の音を鳴らして出陣する。
 第四部隊は遠戦専用部隊だ。千代金丸が率いるそれが、水砲兵を展開する。
 夏の連隊戦。その戦いが始まったのだ。


・・・


「私が第一部隊の隊長、ですか?」
「すごいね、雨さんっ」
「喜んでお受けよ。主はきみたちに経験を積んでほしいようだよ」
 審神者の執務室。近侍である歌仙の言葉に、五月雨は背筋を伸ばした。
「部隊は仲の良い刀で揃えておいたよ。幸い、極短刀と極脇差が揃ってる。戦力としては申し分ないね」
 ただし、と歌仙は告げた。
「村雲は別部隊だ」
「えっ?」
「言っただろう? 主は"きみたち"に経験を積んでほしいんだ」
「最も、私と仲が良い刀を選んだ訳ですね」
「えっ、えっ」
「そういうことだよ。最も信頼を置いた刀同士。つまり、信じる心がどれだけ効力を発揮するか。主は、信頼こそが一番だと信じている」
 それは、僕もだよ。歌仙は微笑む。五月雨と村雲は一度顔を合わせてから、審神者に向けて、御意にと頭を下げた。


・・・


 本日の出陣を終える。土と泥だらけになった体を洗い清める。五月雨は第一部隊の仲間たちと湯浴みした。他の部隊はまだ帰っていない。幸い、連隊戦ではすぐに怪我が回復するらしい。ただ、疲労は溜まる。五月雨はふうと息を吐いた。
「村雲に会いたいかい」
「ええ、そうですね」
 君たちは恋仲だからね。長義が嬉しそうに笑う。そんな長義に、やや間を置いてから、五月雨は問いかける。
「貴方は、私達の関係を危ぶまないのですか」
「そんなことを考えるヒトがこの本丸にいたのかい」
「居ませんが……刀が刀に思いを寄せるのは、喜ばしくないのかもしれないと」
「悲観的だね。まあ、俺としては愛も恋も知らぬのに生きているヒトガタの方が危ないと思うよ」
 個体差かもしれないね。長義は嬉しそうだ。その時、物吉と鯰尾に泡だらけにされていた南泉が助けろと叫んだので、長義はハイハイと生返事をしながら向かった。
 先に上がった後藤が、湯浴みの後は食堂に集合と声をかけた。
 風呂を上がると、食堂に集まる。他の部隊は先程帰ってきた所らしく、第一部隊の無事を確認して安心したらしかった。今回、五月雨率いる第一部隊は限界まで暴れるという、危うい戦場を駆け抜けた。他の部隊はその援護になる。
 村雲がたったかと五月雨のもとに駆け寄った。
「雨さんっ!」
「雲さん、ご無事ですか」
 勿論。村雲がへたりと笑う。獅子王が良い判断をしてくれたと村雲を褒め、三日月と亀甲も良い仕事だったと言う。
「五月雨のことを普段からよく見てるだけある。発言に信頼を置けるぞ」
「本当にね。ご主人様にいい報告が出来るよ」
 そこで歌仙が食堂に入った。彼はぐるりと部屋を見回して、こくんと頷く。
「全員揃ったね。伝令は既に受けているけれど、主は改めて無事を確認したいそうだよ」
 各部隊の隊長は前へ。歌仙の言葉に五月雨は獅子王たちと並んだ。静まり返ると、審神者が入ってきた。審神者は刀たちの無事をその目で見ると、やっと安心したと声をかけて、今日はゆっくり休んで明日に備えるようにと告げ、去った。歌仙が、各自自由にしていいと告げて、審神者の後に続いた。
 鯰尾が走り寄る。
「五月雨、村雲さん、詠み合いが無いなら、遊戯部に来ません? 獅子王さんは来るよね?」
「俺腹減ったから厨の手伝いする」
「私は警備がありますので」
「俺も警備についてく」
「むむ、皆さん真面目!」
「鯰尾」
「あ、骨喰」
「今日、新しいトランプを買ったんだ」
「わ、いいね!」
 鯰尾と骨喰が離れていく。遊戯部の部室に向かったのだろう。獅子王は湯浴みをしてから厨に向かうらしい。厨番の手伝いをすると、つまみ食いの特権が得られる。それだけではなく、おかずも増えるので、この本丸では腹の減った刀ほど、厨番の手伝いをしていた。
 五月雨と村雲は風呂に向かいながら、自然と手を結んだ。外は夕暮れ、廊下の大窓から射し込む光は甘橙色をしていた。
「これから暗くなるね」
 村雲がそっと言う。五月雨はそうですねと息を吐いた。手の温もりが、互いの無事を知らせる。まだ湯浴みを済ませてない村雲からは、土の匂いがした。
「明日は晴れますね」
「どうして?」
「夕焼けが綺麗なので」
 きっと、そうです。五月雨が微笑むと、村雲は、雨さんが言うなら当たるだろうと、無垢に受け止めた。

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