さみくも/風車


 風車がぐるぐると回っている。風が強く吹いている。世界は閉じようとしている。
「雨さん、あのね」
 風吹き荒れる中、村雲は桃色の髪を軽く耳元で押さえながら、笑顔で宣言する。
「俺、雨さんのこと、大好きだよ!」
 知ってる。知ってるのに、村雲の声が脳内に響いて止まらない。反響音が頭を支配する。すきだよ、すき、だいすき。それは、一体何だったか。
「私も──」
 それ以上は続かなかった。
 落ちる、落ちる、世界から落ちていく。高い高いそこはきっと、五月雨と村雲の、愛しい世界だったのだ。

 夢だった。五月雨は起きる。村雲は隣に寝ていた。幸せそうな寝顔に、五月雨は微笑む。
 夢を共有していた気がした。まあ、そういう不思議も、刀剣男士ならあるかもしれない。
 五月雨は深く考えず、そろりと布団から出た。村雲が寝る布団をそのままに、朝露の匂いがする外へと出る。本丸内でも、洗面台がいくつも並ぶ場所に向かうと、同じく早起きしていた大包平がおはようと声をかけてくる。五月雨は相変わらず美しい刀だと思いながら、おはようございますと返事をした。

 洗面台と部屋を行き来して、身支度を整える。そろそろ本丸の改修で、各部屋に洗面台やら簡易台所が設置されることになっている。早くその時がくればいいのにと、五月雨は思わずにはいられない。

 朝餉を作る匂いがする。畑に向かうと、桑名が当番でもないのに畑仕事をしていた。季節は初夏、畑に苗を植えたり、雑草を抜いたりとせっせと働いている。やることは多そうだ。
「桑名、手伝いましょうか」
 気まぐれに言うと、桑名はやあと顔を上げて、大丈夫と笑った。
「五虎退くんと秋田くんが手伝いに来てくれる約束なんだ」
「そうでしたか」
「細かい作業は二口の方が向いてるからね」
「そうでしょうね」
 そろそろ耕作機械でもかけようかな。桑名が言うので、では私は武道場の様子でも見てきますと、五月雨はその場から去った。

 武道場では、加州と大和守が打ち合いの真っ最中だった。泥臭い、それでいて洗練された剣術は新しい彼らだからこそのものだ。五月雨はそれを好ましく思う。
「よっ、五月雨さん!」
「おや、愛染さんでしたか」
「五月雨さんも打ち合いか? オレでいいなら協力するけど」
「いえ、私の練度では極めた上に練度の高い愛染さんには相手にならないかと」
「うーん、そこまで言うなら引き下がるけど、相手に合わせるのも得意だからさ、いざという時は呼び出してくれよ!」
「ありがとうございます」
 大人だ。五月雨はそう思いながら、厨の手伝いでもしてくると駆けて行った愛染を見送り、さてと武道場を去った。

 フラフラと歩いていると、池に辿り着く。ぽちゃんと小さな音がして、顔を上げたら篭手切と小夜が鯉に餌をあげていた。
「篭手切、小夜さん」
 呼びかけると、あ、と二口は顔を上げた。
「おはようございます」
「おはよう……」
「はい、おはよう御座います。餌やりですか」
 立派な錦鯉ですね。そう言うと、本当は歌仙が世話してるんだよと小夜が言った。
「歌仙さんが?」
「歌仙は、朝に弱いから、朝の餌やりは、ね」
「ということです」
「なるほど」
 そうしていると、そういえばと篭手切が言った。
「そろそろ村雲さんが起きる時間では?」
「おや、そうですね」
 それでは。五月雨はそう言ってすたすたと部屋に戻った。

 一人、布団で丸くなっている村雲の顔は少し寂しそうだ。雲さん、そう声をかけると、うむむと呻きながら、目を開いた。穏やかな淡い桃色の目が潤んでいる。
「雨さん?」
「おはよう御座います。朝ですよ」
「もうそんな時間かあ」
 朝の支度をしなくちゃ。そうして起き上がった村雲はふわふわとしていて、五月雨は手伝いましょうかと声をかける。大丈夫。村雲はへらりと笑った。
「雨さん、あのね」
「はい。何でしょう」
 俺、雨さんが大好きだよ。
 その言葉に、五月雨はとすんと胸を射抜かれた気がした。
「私も、好きです」
 言えなかったことを、やっと言えた。
 遠く、カリカリとした紙の擦れる音がした。ああ、風車が回ってゐる。

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