さみくも/おむかえ


 雨が降る。五月雨が和傘をさして立っている。赤いそれは、五月雨らしくない。村雲は、ぼんやりと立っている。軒下は広かった。
「梅雨が近いそうです」
 遠くから声をかけているのに、五月雨の声は不思議と村雲の耳に入る。雨の音はまるで舞台装置のように、五月雨をより美しく魅せていた。
「でも、未だです」
 そうでしょう。五月雨は微笑む。村雲はこくりと頷いた。軒下から、出られない。出たら、濡れてしまう。それは避けたかった。
 どうしてか、分からないけれど、どうしても、嫌だった。
 二束三文のくせに。
 ふと、思う。そんなこと気にするんだね、なんて、内なる何かが囁きかける。
「雲さん、見てください」
 五月雨が空を指差す。その薄紫の先に、天使の階段が見えた。
「晴れ間です」
 ほらね、梅雨ではありませんよ。そんな優しい声に、村雲は無性に泣きたくなる。
「優しくしないで」
 これ以上、優しくされたら戻れなくなる。そう言うのに、五月雨は一歩も引かない。ただ、判然としない微笑みのまま、和傘を手に立っている。
 いつの間にか、傘は閉じられていた。
「雨が止みましたね」
 舞台装置は壊れてしまった。村雲は、ぬかるんだ外へと出ることができる。もう、濡れることはない。なのに、どうしてか、勇気が出ない。村雲は元来、そういう質なのだと思い込むことにした。どうせ二束三文。ぬかるんだ地面に、ずるずると引きずり込まれてしまうんだ。
「雲さん、昼餉をいただきに行きましょう」
 五月雨は動かない。村雲は動けない。ただ、視線は交差する。交わる。それは花へと開花するのか、しないのか。村雲は、思う。どうせ俺なんて、と。
 正義だとか、悪だとか。雨に濡れるとか、濡れないとか。二束三文だとか、お家の宝物だとか。
 分かんないよ。村雲は悲痛に叫ぶ。喉を無数の針で刺されたようだった。
「分かんないよ!」
 ねえ、雨さん。俺は、居てもいいのかな。
「昼餉は何でしょうね」
 五月雨はただ、そこに立っている。でも、和傘を持たぬ手を、差し伸べていた。
「さあ、行きましょう」
 雨さんが呼んでる。手によって、刀は理解する。刀とは、元来、手に包まれるものなのだから。
「俺でいいの」
 他にも、仲良しの刀はいるでしょう。そう言うと、五月雨は果てと首を傾げた。
「私は雲さんがいいのですよ」
 そこに大義は無く。正義は無く、悪も無い。ただ、存在の肯定だけが、じんわりと村雲の指先を温める。
「そっか」
 そうだったね。村雲はようやく、ぬかるんだ地面に足を踏み入れた。

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