さみくも/恐ろしや、花吹雪
今は遠き高天ヶ原の、唯一見た地の底は、雷轟き、草木は朽ち果て、地は揺れており、なんと恐ろしい場所かと、思ったものだ。
村雲は、桜の木の根本ですんすんと鼻を鳴らしている。泣かないでください。そう慰めてくれる五月雨は、残念ながら遠征中だ。大丈夫かいと亀甲が気にしてくれたが、村雲はすんすんと鼻を鳴らすことしか出来なかった。
ああ、腹が痛い。こうして泣いているのは今日の戦でも誉を取れなかったからだ。戦で活躍できない二束三文など、何になる。
それを近侍にして初期刀の加州に言えば、まあ二スロ打刀の宿命だよねと、笑われるだけだろう。ちょっと意味がわからない。
あゝ、花吹雪。ぞうっと吹いた風は生ぬるくて、ゾッとする。桜の木の下には死体が埋まってるんだって。そんな他愛も無い冗談が聞こえてきた。血の匂いが僅かに鼻腔を掠めた。
「村雲や」
「……ん、三日月?」
そうだぞ。三日月が微笑む。村雲はすんすんと鼻を鳴らしている。目も鼻も痛ければ、腹も痛い。三日月は小さな水筒を渡してくれた。
「水分補給をするといい。にしても立派な桜だな」
「うん?」
三日月は桜を見上げる。村雲は、桜だねとしか言えなかった。桜は桜。村雲は村雲である。村雲は死体になれない。励起されしこの体は、塵すら残らない。刀は、もしかしたら残るかもしれないけれど。
だが、三日月はそんなことは考えなかったらしい。
「花見といえば、昔は梅だったものだ」
「ふうん」
「季語として、どちらも優秀よな」
「雨さんならとっくに知ってるよ」
「左様だろう」
三日月は穏やかに笑っている。村雲の顔は、曇ったまま。
「明日までの辛抱だぞ」
「雨さんに迷惑かけれないよ」
「それでも、村雲は五月雨がいないと、だ」
好きなのだろう。そう言われて、村雲はハッキリと言う。
「そうだよ、当たり前」
「ならば良い。見失うと困るからな」
ははは、三日月はそう笑い声を上げてから、ではなと立ち去った。
残された水筒の栓を開けて、口元に近付けて傾ける。中身はキンと冷たい麦茶だった。
もう暑いから麦茶の季節だろうね。他の本丸よりも、わりと柔軟で大雑把らしい歌仙が言い出したのを思い出した。本丸は大所帯なので、サーバーが設置されているが、三日月の持ってきた水筒の中身は、水出しの麦茶だ。また手間のかかるものを俺に渡す。村雲は眉を寄せた。
「雨さん、まだかな」
潤った喉を、寂しさから揺らす。五月雨は明日帰還するらしい。村雲は、それまでに泣き止まないと、と鼻を鳴らしながら花吹雪を見ていた。