さみくも/露草/露の連作
※ネタバレ注意


 朝から空が曇っている。黒い雲を見た五月雨が、嵐が来ますと、言っていた。

 村雲が励起してから、初めての嵐だった。夏の匂いに誘われてあいつらはやってくるんだ、豊前がそう笑っていた。村雲は本丸の一員として、嵐対策の合板を持ちながら、そうとだけ応えた。素っ気ないかもしれないが、五月雨の姿を見れないのが残念だったのだ。

 五月雨は、屋根の上で瓦の点検をしているらしい。さらに、陸奥守と短刀たちと連れ立って、城の防衛装置の点検も行うのだとか。
 身軽な刀は身軽な刀なりに戦うのですよ。厨の手伝いに駆り出されて握り飯を握っていた宗三が言った。出来上がった握り飯を見て、彼の手は案外大きいなと思った。
 村雲は水出し茶を貰って握り飯を食べつつ、松井と桑名が、畑で何やら多くの刀と連携して嵐対策をしているのを眺めていた。賑やかだった。

 そこのお方と鳴狐とお供の狐に声をかけられる。馬小屋の補強を頼まれて、村雲は一口で向かった。
 馬小屋では既に獅子王と大包平と三日月が馬の世話と小屋の補強を始めていた。
 言われるがまま、素直に手伝いをしていたが、何となく居心地が悪い。きっと大包平と三日月という美しい刀たちと、獅子王という尊い方から下賜されし刀とは、村雲は正反対だからだろう。
 別にいいけどさ。そう思いつつも、村雲は居心地が悪い。獅子王も大包平も三日月も、きっと気にするなと言ってくれるとは、分かっている。彼らは、実に気のいい刀たちだからだ。

 夜になった。嵐で風がぞうぞうと木々を揺らし、ゴトゴトと本丸を揺らす。大丈夫ですよ。五月雨が声をかけてくれる。早めに夕餉と湯浴みを済ませて、二口は内番着姿だった。
 部屋に二口ッきり、電灯が揺れる。
「こういう時はかーどげーむでもしましょうか」
「かーどげーむ?」
「花札の方がいいですかね」
「どっちにしろ分かんないよ」
「では教えますので」
 五月雨の優しい声が村雲の耳に届く。ゆうらりゆらゆら、嵐の音が遠くなり、五月雨の声だけが村雲に届く。
 ああ、好きだな。この声が一等好きだ。村雲はうっとりと目尻を垂らした。
「雲さん、」
「なに?」
「こちらを」
 そっと手を伸ばされる。指と指が絡んだ。ああ、怪我していますね。さっきまで札を触ってた手が、村雲の指に触れている。肌が燃えるように熱く感じた。夏、だからだろうか。
「軽傷にもならないよ」
「合板で怪我したんですね」
「うん、よくわかったね」
「不慣れな方には、よくあることですから」
 五月雨はそうっと微笑んだ。
「私も同じようなことがありましたから」
「雨さんにも?」
 ほんとうに?
 村雲が驚いていると、当然ですよと五月雨は消毒液と清潔な布などを用意する。

 簡単に傷口の手当てを受けて、絆創膏を貼られる。大したこと無いのに。村雲が言うと、小さな傷も甘く見てはいけないそうですと、五月雨が言った。
「ばい菌が入って化膿しては厄介ですから」
「ふうん、肉の器って大変だね」
「ええ、そうです」
 では札の続きでもしましょうか。五月雨のそんな声に、村雲は夢現にこくりと頷いたのだった。

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