さみくも/椿


 椿の花のおつる頃に。

 椿は首が落ちるから不吉だ、というのは、割と最近の話で。武士が隆盛を誇った時代には、むしろ、その潔さが崇高なる切腹を思わせて、好まれていたのだという。
「椿だね」
 二口の部屋。五月雨の使う卓上に、ちょこんと咲く椿は、こぶりの白色をしていた。はっとするような黄色とのコントラストが目を引く。

 歌仙さんとの茶会でいただいたんです。

 着物から内番着に着替えた五月雨は、嬉しそうにしている。村雲はその楽しげな五月雨を見ているのが嬉しくて、ぴょんと跳ねたい心地だった。
 彼が嬉しいと、村雲も嬉しくて。以前に、それは依存だろうなんて南泉は呆れていたけど、知ったことではないから、村雲は聞かないふりをしていた。
 大体、雨さんと過去に所蔵を共にした刀たちはどうしてあんなに仲良しなのだろう。村雲にはそういう仲はあまり居なかった。いるとしたら、亀甲と三日月だろうが、あの二口はあまりに高価すぎる。二束三文の村雲としては目の前にすると、ぴんと背筋が伸びる相手だった。

 すん、鼻を鳴らしたのはどちらだったか。窓の外、鳥たちが騒がしい。
「にわか雨が降るそうです」
「だから、洗濯物を急いで取り込んでたんだ」
「そうらしいですね」
「俺は出陣から帰ったばかりだったから、泥を落としてきてって、風呂に入れられちゃった」
「私は茶会でしたので、声はかかりませんでしたね」
「あれ、誰がいたの?」
「歌仙さんと、古今さんと、小夜さんと篭手切がいました」
「あ、篭手切いたんだ」
「小夜さんと一緒に、お手伝いとして世話をしてくれたんです」
「それは、後でお礼しなくちゃね」
「ええ、そうですね」
 ぽつり、ぽつり、雨が地面を叩く音と、僅かに跳ねた泥の匂いがする。にわか雨が降り始めた。刀たちがざわざわと騒がしくなり、あちらこちらで窓や雨戸を閉める音がする。ガラガラと騒がしい本丸だった。

 五月雨と村雲は、窓を閉めない。

「いいの?」
 ふと、振り返る。欄干にもたれ掛かり、村雲は五月雨を見る。曇天を背景に、村雲の淡い髪色が鈍く輝いていた。彼の肌がしとりと、にわか雨に濡れる。
「いいんです」
 五月雨は目を逸らし、そっと椿の花瓶を回した。綺麗でしょう。ゆったりと微笑む。
「雲さんによく似合う」
「ええ?」
 何それ。
 村雲はふふと笑う。五月雨は、私さえ分かればいいんですよと、楽しげだった。

 雨はしばらく止みそうになく、夕餉までかかりそうだと、二口は穏やかに雨音を受け入れていた。

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