さみくも/ほんとにすきなひと


 五月雨の姿は美しいと思う。村雲はぼんやりと彼を見つめた。背ばかり高い己とは違い、彼はしゃんと芯を持っている。忍の心得を持つ彼は、本丸で活躍している。
「村雲さんの髪とかも、とっても綺麗だと思うけどなあ」
 すい、すいと器用に櫛を入れる乱に、彼の好きにさせながらも、そうかなあと村雲は反論した。だって、このくせっ毛は、天気が荒れるとすぐにうねうねと爆発するのに。
「こんなに綺麗なのに!」
「雨さんみたいな髪のほうが綺麗だよ」
「ストレートも綺麗だけど、ボクは村雲さんの髪の方が好き。うーん、でも比べるモノじゃないかな」
「どっちだって同じだよ」
「同じ、じゃないよ」
 さあ、できた。乱の手により、村雲の髪がゆるく結わえられた。なのにすっきりと纏まっていて、鏡を見た村雲はふむと頷く。
「乱はすごいね」
「ふふ、ありがとう!」
 ぜひ、五月雨さんに見せてあげてね。そう言われて、でも雨さんは忙しいよと、言う。窓から入った、春の風が吹き抜けた。あ、と思い、外を見る。五月雨がこちらを見ていた。
「雨さん」
 小さく呟く。五月雨は柔らかく微笑んでいた。
「五月雨さんって、村雲さんの前だと、表情が柔らかいよね」
「そう?」
「うん。少なくとも、村雲さんが来るまで、笑ったところ、見たことなかったもん!」
 もっと怖い人かと思ってた。乱の言葉に、そうなのと村雲は驚いた。
「雨さんはあんなに優しいのに?」
「村雲さんにはね」
「いや、でも」
「まあ、たしかに他の刀にも優しかったみたいだけど。それより、あるじさんを優先してたからね。ボクは少なくとも、あんまり関わらなかったや」
「ええ?」
 意外な話だと村雲は首を傾げる。
 五月雨はいつも優しく村雲を導いてくれる。いつも笑いかけてくれる。いつもその甘い声音で雲さんと呼んでくれる。なにもかも、砂糖菓子のような刀だった、と思っていたのに。
「村雲さんが、亀甲さんと三日月さんと、案外仲良し。みたいなところ」
「うん?」
「そういうのはわかるよ。でもね、五月雨さんったら、村雲さんにすっごく優しいから。見てると、どきどきしちゃう」
「え、え?」
「ね、村雲さん。五月雨さんは、本当に、村雲さんのことが好きなんだね」
 そんなのは、分からない。村雲はそっと窓の外を見る。五月雨はもう、いなかった。

 困ると五月雨に頼るのはいけないことだろうか。村雲はむうと眉間にシワを寄せた。
「村雲や、どうした」
「やあ、村雲さん。どうしたんだい?」
「あ、三日月さんと、亀甲さん」
 昼の食堂にて、三日月と亀甲と同じ卓に着く。昼餉はにっかり青江監修のうどんで、五月雨は鯰尾や長義といった馴染みと出陣中だった。
「ねえねえ、雨さんって俺が来る前、どんな感じだった?」
「五月雨さんかい? うーん、物吉なんかはよくお世話になってたかな。存外世話焼きなんです、って聞いてたよ」
「存外?!」
「俺はよく知らんな。ただ、村雲が来てからは変わったように思うぞ」
「ええ、そうなの?」
 村雲の反応に、二口は微笑む。
「気になったんだね」
「うう、まあ」
「よきかな、よきかな。他の刀とは己の鏡だ。自己を見つめるためにも、興味を持つことは悪いことではないぞ」
「そう……?」
 勿論だとも。三日月は嬉しそうに笑っていた。

 夜。そろそろ風呂に入るかという頃。出陣部隊が帰ってきた。
 迎えに行こう。いそいそと二口の風呂の用意をして、五月雨の元に向かう。五月雨は審神者の執務室から出てきたところで、どうやら結果の報告をしていたらしかった。
「雨さん!」
「おや、雲さんですか」
 うん。村雲は頷いてから、風呂に入ろうと泥だらけの五月雨の手を掴む。五月雨は僅かに目を見開いてから、あのと口にした。
「あの、その髪のことですが」
「ああこれ? 乱がやってくれたんだよ」
「ええ。とても綺麗ですね」
「そうかな? よく分かんないや」
「とても綺麗で、可愛らしいです」
「可愛い?」
「とても」
「それって褒めてる?」
「勿論です」
「じゃあいっか」
 村雲は力を抜いて笑った。
「雨さんが喜んでくれて、嬉しいよ」
「私も、雲さんが笑ってくれて嬉しいです」
「同じだね」
「そうですとも」
 さあ、風呂に行きましょう。五月雨は軽く手を引っ張る。村雲はそれに従い、そっと歩く。夜の本丸は、どこからか宴会の声が聞こえてくる。今まで渡った家の中で、最も賑やかで、最も最前線である。村雲は嬉しかった。だって、五月雨がいるから。
 俺たちが揃うには、戦場を共にしなければならないから。村雲はそう思う。結んだ髪は自然と解れる。とびきり美しいのはどちらなのか。そんなことは村雲は考えない。最も大切なものを見失わなければ、それで良かった。
 春の夜。夜風は少し冷たかった。

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