さみくも/ただ、愛おしくて


 飲み込まれる。

 暗い暗い森の中。村雲は走る。飛び跳ね、潜り、駆け抜ける。
 宙を舞うのは、光を帯びた遡行軍(おに)たち。村雲はただひたすらに走り続ける。
 ここだ。
「雨さん!」
 叫べば、彼は気がついてくれる。
 そうでなくとも、彼なら気がつくだろう。
「雲さん、ご苦労さまです」
 では、と五月雨は刀を構えた。鯰尾と物吉が弓兵を展開。後藤が銃兵を展開。南泉が駆け抜けた。
「一斉攻撃!」
 叫んだのは、隊長こと五月雨だった。

 村雲が囮役を引き受けたのは、村雲としては何の迷いもない選択だった。危険ですよ。物吉が提言したが、村雲はそれを突っぱねた。自分なら、この中で一番背が高いからよく目立つだろう。腹を押さえるのをぐっと耐えて、そう伝えれば、皆は押し黙った。

 あっという間に遡行軍を殲滅すると、後藤が念の為に索敵をする。村雲は疲れたなあと髪を触った。血と泥で汚れた髪は、ごわごわと固かった。
 敵影無し。後藤が言うと、一同は本丸へと帰還した。

 お帰りと出迎えたのは山姥切国広だった。初期刀である彼は、報告を受けて手入れが必要無いなら風呂に入れと言ってくれた。
「村雲江」
 しかし、風呂に行こうとすると呼び止められる。なに、そう振り返れば、山姥切国広は複雑そうな顔で言う。
「囮作戦はなるべく行わないように」
「どうして?」
「危険だからだ」
「俺なら平気だよ」
「主にとっては等しく愛しい刀剣男士だ」
「そんなの分からない」
「分からないとしても、そう、なんだ」
 今後は囮役は引き受けるな。そう釘を刺されて、村雲は渋々頷いた。

 風呂から出ると、先に出ていた五月雨が村雲を呼ぶ。どうしたのと近寄れば、どらいやーとぶらし、そして香油を手にしていた。

 丁寧に髪を乾かし、西洋の櫛を入れ、香油を垂らされる。
「そこまでしなくていいのに」
 本心から言えば、私の自己満足ですよと穏やかに言われた。
「手入れすれば、元通りだよ」
「ええ。ですが、今は手入れが必要ありませんから」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
 雨さんが言うなら、そうなのかな。村雲はむず痒いなあと頬を緩める。どうせ二束三文。売られ買われ、物として、精神すら失われかけた日々だった。
「雨さんは優しいね」
 本心からの言葉だった。一瞬、五月雨の手が止まる。あれ、と思う前に、香油を馴染ませる手がまた動いた。
「次の戦もきっと同じ部隊です」
 その時も、私に髪の手入れをさせてくださいね。五月雨の声はやや強張っていて、何を怖がるのさと村雲は笑う。
「もちろん。その時はよろしくね」
 だいすき。そんな言葉を裏に込めると、五月雨は、わんと、返事をしてくれた。

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