さみくも/告げるは白日の


 湖面にうつる。

 裏山に湖があるんだって。乱が村雲の隣で、桃色の爪紅を眺めながら言う。
「そこでね、告白すると、ほんとうになるんだって」
 空色の目が、長い金の睫毛が、ふわりと村雲を見上げた。爪紅を塗り直した村雲は、そう、と呟く。
「まるでお伽噺みたいだね」
「うん、そうだね」
 でもね、乱は明るく笑う。
「たとえお伽噺でも、告白って大切だと思うな」
 誰かに愛を伝えるだけじゃない。告白とは、罪を白日の下に晒すことでもある。
 ねえ知ってる?
 乱は笑っていた。
「五月雨さんが、よく行ってるみたいだよ」
 雨さんが。
 村雲はパチリと瞬きをした。

 裏山に入る。出陣の予定も、遠征の予定も、内番だって何度も確認した。
 今日なら大丈夫。村雲は本丸の裏山を進む。
 湖なんて、何処にあるんだろう。帰る道さえ分かればいいや。村雲はすたすたと山道を歩く。
 雨さんが本当にいるのなら。村雲は思う。きっと、自分はそこに辿り着ける。そう思えた。
 だって、自分には雨さんさえ居ればいいのだから。

 視界が開ける。視界が切り変わる。広大な湖に、森が鏡のようにうつっている。波一つなく、風一つなく、湖面は凪いでいる。
 村雲はその現実離れした光景に、一歩、踏み出した。一歩、また、一歩と進む。やがて、湖面が近付いた。恐る恐る、爪先を浸す。ゆらり、湖面が揺らいだ。ざわり、森が鳴く。ぞうろり、湖に、何かがいた。
 妖の類だろうか。だとしたら村雲の専門外だ。さてはてどうしたものか。村雲は目を細める。腹が痛いが、刀はしかと手にしていた。
 アヤカシ退治など柄ではない。村雲はすうっと目を細めたまま、揺らぐ湖面を見つめる。湖面は揺らぎ、ざわめき、ぞうぞうと何かを内包している。

 何か、出る。

 途端に陽が傾く。誰そ彼、かわたれ、逢魔が時。ごうっとそれは顔を出した。
「え、」
 それは村雲江だった。正しくは、村雲の影のようなものだった。しくしくと泣くそれは、間違いなく己であり、真っ黒であった。
 なんで、どうして。村雲が焦ると、それは口を開く。
『悲しいよ。寂しいよ。雨さんはどこ?』
「は、」
『どうせ俺は二束三文だ。ねえ、雨さんはどこ?』
 声音は徐々に厳しさを増していく。急き立てるそれに、村雲は動けない。
 ああ、妖怪なんて相手にするものじゃなかった。そんな後悔が、頭を過ぎった。
「雲さん」
 五月雨が、音も無く村雲の隣に立っていた。清廉な匂いは、正しく村雲の知る五月雨だった。
「あれは告白のアヤカシです」
 わかりますか。五月雨は言う。
「雲さんの、もっとも深い部分を映し出すだけです」
「そう、なの?」
「ええ、そうですとも」
 だから怖がることはありません。五月雨は言う。
「私に伝えたいことがあると、聞きました」
 さあ、それを教えてください。五月雨は柔らかく言う。村雲は、ゆっくりと口を開いた。
「雨さんと、ずっと一緒がいい」
 それだけでいいのだ。村雲の言葉に、欲が無いですねと五月雨は不思議そうだ。
「俺なんかには、それ以上は勿体無いよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
 だからね、雨さん。どうか置いて行かないで。

 告白の怪異は、もう消えていた。


・・・


蛇足


本丸に帰ったら心配した乱に駆け寄られ、わんわん泣かれる。
また、告白の怪異だと明言した平安勢が妖怪退治に向かうのであった。
拍手喝采、大団円。

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