さみくも/おしえて、せんせい。


 本音を言えるひと、言えないひと、がいる。

 朝方、村雲はふらりと本丸内を歩いていた。すると、居間のひとつから、じゃらりと音がした。
「王手」
 凛とした声。ぐぬうと呻き声。はははと、笑い声がした。

 そっと部屋を覗くと、獅子王と大包平が将棋をしており、鶯丸がそれを見ていた。獅子王は暑いからか、簡易な服のみで、そのさらけ出された背中が眩しい。

「お、村雲か」
 鶯丸が気がつく。獅子王がおはようと村雲に声をかけた。
「こんな時間から将棋?」
「年寄りは早く目覚めるものでな」
「俺を年寄りっていうな!」
「平安では若いほうだが、そう大差ないだろう!」
「まあ、そうだけど」
 兎も角、俺の勝ち。獅子王がふふんと笑う。大包平は仕方ないと息を吐いた。
「村雲か?」
 則宗がひょいと縁側の方からやって来る。その盆の上には茶と茶菓子があった。
「則宗さんも朝が早いの」
「いや、まあ、はは、そうだな」
「あ、則宗さんお茶ありがとな!」
「落ち着け坊主。まずは盤を片付けな」
「うん!」
 大包平と共に片付けると、村雲も誘って卓についた。鶯丸、大包平、獅子王、則宗、村雲。則宗がやや遠い目をしていて、いつもおじいさんムーブしてるからなあと、村雲はやや同情した。
 なお。本当におじいさんな刀剣男士たちは、やんややんやと、何やら今日の狩りについて話をしていた。
「若いのが、そろそろタンパク質が欲しいと叫んでいたぞ」
「夏の狩りはまだ試してないからな!」
「でもさあ、まだ体調不良の刀もいるんだぜ? 様子見たほうが良くないか?」
「珍しいな獅子王」
「俺だって慎重になるっての!」
「あまり煩いようなら魚を獲ってくるか?」
「大包平にだけは煩いって言われたくないな」
「どういう意味だ鶯丸ゥ!」
「まあまあ。でも魚はいいな。また仕掛けを試したいし」
 やんや、やんやである。則宗が黙って村雲を見た。とても不安そうである。でも村雲とて平安刀になにか言える方ではない。そっと茶菓子の煎餅を差し出した。

「ところで、だ。村雲は何やら迷い事があるんじゃないか」
「えっ」
 鶯丸の言葉にぎょっとする。獅子王と大包平がそうなのかと首を傾げる。則宗も気遣うように見てきた。
 村雲は、迷い事なんかあったかなと、困ったように眉を垂らした。
「特にないよ」
「そうか? どうにも心に惑わされていると思ったが」
 こころ。人間を模したが故の、副産物。どくりと、動悸がした。
「あ……」
 獅子王がそっと見ている。魂の鋼の色。村雲をずっと守って、育ててくれた、先生。

「あのひとじゃなきゃ、意味がないんです」

 これは、懺悔だ。
 村雲はぽつぽつと口にする。
「楽しいことも、辛いことも、あのひとじゃなきゃ、駄目なんです」
 じわりと涙が浮かんだ。熱いそれが、頬を流れる。そっとハンカチを当てられた。獅子王(せんせい)だった。
「村雲、よく頑張ったな」
「うん」
「それが何か、分かるか」
「うん」
「じゃあ、お前はどうしたい?」
 それが、問題だった。
「どうにも、なりたくない」
 今を壊したくない。思いを伝えて、もし拒絶されたら。五月雨は詳しいことを言わなかった。だから、可能性としては、拒絶されることだってあるのだ。
「恐いよ」
 恐い、寂しい、辛い。獅子王に縋る。小さな体。薄い体。軽い体。でも、村雲にとっては何より大きかった。
「せんせい、教えて。どうしたら、拒絶されないの?」
 獅子王はそっと村雲の頭を撫でる。大きな手だった。
「ありのままを伝えればいい」
 いいか、村雲。先生は言う。
「それは嫌悪されるものでも、拒絶されるべきものでもない。大丈夫。素直に話せばいい」
 大丈夫。その言葉がずっしりと心に乗る。ああ、この刀は、知っている。それだけが、村雲の救いだった。

 救世主現る!

 村雲はぽろぽろと涙を溢しながら、こくりと頷いたのだった。

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