さみくも/あなたがいなきゃ、意味がない


 気だるい夏の午後。蝉の声がした。

「雲さん、平気ですか」
「うん、なんとか」
 村雲と五月雨は畑当番だった。他の刀剣男士に様々なことを聞きながら、せっせとあくせく働く。
 単純に見えて、畑とは、実にやることが多い。これを何時もこなす桑名たちはすごいやと、村雲は感心した。
「村雲、五月雨、そろそろ休憩だよ」
 桑名の声がする。五虎退がその後ろから、浅漬けのきゅうりをもらって来ましたと、控えめに言っていた。

 きゅうりの浅漬けをつまみながら、日陰で茶を飲む。休憩も仕事の一つだよ。桑名は言った。
「夏は特にね」
「そうなんだ」
 五月雨は無言できゅうりを食べている。気に入ったのかな。村雲がそっと見ると、紫色の目と目が合った。
 ごくん。彼は咀嚼していたきゅうりを飲み込んだ。
「美味しいですよ」
「雨さんが言うなら」
「ど、どうぞ!」
 まだまだあるので。五虎退はふわっと笑った。

 そうこうして畑当番を終えた夜。村雲が寝間着にも着替えずに外を眺めていると、声をかけられた。
「雲さん。いますか?」
「雨さん? いるよ」
 失礼します。五月雨が戸を開き、微笑んだ。
「蛍狩に行きませんか」
「蛍狩?」
 ぱちり、村雲が瞬きをする。ええと、五月雨は言う。
「裏山の沢に、蛍狩ができる場所があるそうです」
「へえ、雨さんが行くなら行くよ」
「では一刻後に本丸裏で会いましょう」
 そうして五月雨は部屋を出ていった。村雲はうんと考えてから、山に行くならと相応の服に袖を通した。

 月のない夜だった。暗い中を、歩く。五月雨が電気式のランタンを持って立っていた。

 五月雨に連れられて、村雲は夜の山に入る。ほうほう、フクロウの声が聞こえた。ざわざわ、風が吹き、木の葉が擦れ合う。生暖かい風は、夏らしかった。
「もうじきですね」
 五月雨がランタンの明かりを消す。そのまま、進む。村雲の手を、五月雨が握った。
「あ、」
 手が、温かい。
 同時に、ふわ、光が舞う。蛍光色が、ぽつぽつと光る。蛍だった。

 沢の音が聞こえる。その中を蛍が舞う。五月雨の手は酷く優しく、温かい。
「夢みたいだ」
 ぽつりと、言う。五月雨は村雲の手を握る力を強めた。夢じゃない。そう言われている気がして、村雲はくしゃりと顔を歪ませた。

 美味しいごはんも、楽しい祭りも、蛍を見ることも。ぜんぶ、あなたがいなきゃ、意味が無い。

「きれいだね」
 貴方が居なきゃ、意味が無い。懸命に込めたそれを、五月雨なら汲み取るだろうと、村雲は確信していた。
 ただ、五月雨は何も言わずに村雲の手を握っていた。

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