さみくも/矢を射る/楼閣本丸シリーズ


 誰にも言えない秘密があるとして、村雲はそれを隠し通せるだろうか。
「分かんないよ」
 分からない。だから、一生、分からないままがいい。秘密なんて、そういくつも持ちたくないから。

「やあ」
 桑名が顔を上げる。村雲はぺこりと会釈をした。
「どうも」
「畑当番かな?」
「いや、野菜を貰いに来たんだ」
「個刃ってことかな」
「うん」
「いいよ。じゃあはい、収穫鋏」
 物に困ったらまた言いにおいで。桑名は赤茄子畑を背ににっこりと笑った。髪で隠れて目が見えないのに、優しい顔をしているのが、はっきりと分かった。
 村雲はいくつかの夏野菜を収穫すると、籠に詰める。収穫鋏を桑名に返して、すたすたと厨に向かった。

 厨では松井が歌仙の手伝いをしていた。おやと歌仙が言い、松井がやあと笑む。
「あの、この野菜で何か、作れる?」
「またざっくばらんだね。うーん」
「用途を聞いてもいいかな?」
「あの、雨さんに、ごはんを作りたくて」
 嗚呼なるほど。歌仙は納得したらしい。松井もその後ろでニコニコと笑っていた。
「それならスープにするといいよ。肉も少しあるといいね」
「肉なら鶏肉の余りがあるはずです」
「それを使おうか」
 さあ、村雲さん、手を洗って、野菜も洗っておいで。
 歌仙に言われて、村雲はせっせと野菜洗い場に向かった。

 手を洗い、丁寧に野菜の土を落とす。つやつやの野菜は、桑名や畑当番たちの力作だ。きっとこれから何度もお世話になる。いつか畑当番が回ってきたら、できる限りの努力をしようと村雲は決めた。

 歌仙の指示の元、松井と共に野菜の下拵えをしていく。野菜くずはスープの出汁になるんだ。松井が丁寧に言った。
「松井は、料理好きなの?」
「いや、歌仙さまが居るから手伝うぐらいかな」
「ふうん」
 それにしては熱心だけどなあ。村雲は首を傾げた。

 鶏肉を細かく切り揃える。先に火を通して、一旦取り出し、野菜を炒める。野菜くずなどからとった出汁を入れて、火を通した肉を入れる。ローリエというハーブを入れて、沸騰したらコトコトと弱火で煮込む。
 その間に、歌仙は皆の昼餉を作り上げていた。
「五月雨さんなら、帰るのは八つ時前かな」
「出陣ですから」
「うん、そのくらいだと、思う」
「だったら村雲は昼餉をお食べ。少しでもいいから」
 五月雨を待っていたら体が持たないだろうと、歌仙は笑っていた。

 昼餉には軽い握り飯と緑茶をもらった。村雲がどこで食べようかとウロウロしていると、あれっと声がした。
「村雲さん!」
「篭手切?」
「はい!」
 それが昼餉ですかと彼は不思議そうだ。まあ色々あってと言えば、何かを察した様子で、ではこちらにと誘われるままについて行く。

 南北の戸を開け放ったそこには、脇差仲間であろう、物吉と浦島がいた。
「あれ、村雲さんだ!」
「こんにちは」
「う、うん。こんにちは」
 あまり話したことのない刀剣男士達にどうしようかと視線をうろつかせると、篭手切がまあ座ってくださいと座布団を持ってきてくれた。卓には本日の昼餉が三食分ある。どうやら三口で食べる予定だったようだ。
「実は亀甲兄さんと太鼓鐘が遠征中で」
「こっちもにーちゃん達が遠征と出陣中なんだ!」
「そういうことです!」
「あ、豊前も遠征中だっけ」
 こくりと頷かれて、なるほどと村雲は席についた。

 握り飯をゆっくり食べる間、脇差三口は各々あれこれと本丸生活について話していた。殆どが誰かの助太刀をする内容で、実に脇差らしいなと村雲は感心した。

 昼餉を終えて、自室に戻る。スープは出来上がっていて、今は冷蔵庫の中だ。夏なので何でも足が早いよ。そう、松井が教えてくれた。

 カランカラン。出陣部隊の帰還を告げるベルの音が響く。村雲はぴんっと跳ね起きて、門に向かった。

 門の前には出陣部隊が揃っていて、どうやら怪我は無いらしかった。
「雨さんっ」
 駆け寄ると、おやと五月雨が顔を上げる。村雲は、目視で怪我がないかを確認し、あのねと口にする。
「雨さんに食べてほしいものがあるんだ」
 スープだよ。そう笑えば、五月雨はええと微笑んだ。
「それは楽しみです」
 では、湯浴みを済ませて来ますので、食堂で落ち合いましょう。
 そう言われて、村雲は勿論と厨に向かった。

 冷蔵庫からスープの入った小鍋を出して、火にかける。温まったら深皿に移して、茶碗に白飯を盛り、レンゲを添えた。慎重に食堂に持って行くと、獅子王と鶴丸が、頑張れよと通りすがりに声をかけてくれた。
 どうやら、スープが誰の為なのかはお見通しらしい。

「雲さん、お待たせしました」
 五月雨が髪をすっかり乾かして食堂にやって来た。村雲はそう待ってないよと笑む。
「これ、作ったんだ」
「すーぷですか。いいですね」
「俺の分もあるから、一緒に食べよう」
「勿論です」
 では、いただきます。そう挨拶をして食べたスープは、とても美味しかった。

- ナノ -