さみくも/生きている、生きているから、私は言う
タイトルは自作お題サイト寄る辺に蝶々より。


 天は青く、地は明るく、空気は熱く、蝉の声が響き渡る。
 夏だ。

 本丸の裏山、川に遊びに来ていた。村雲は靴を脱ぎ、素足を冷たい川に浸して、ほうっと息を吐いた。とても心地良い。
「大丈夫かー」
 ひょいっと獅子王が村雲を覗き込む。その魂の鋼色の目に、ビクッと震えてしまった。
 向こうでは五月雨と大包平が釣具について議論を交わしており、三日月と厚がのんびりと川辺の日陰で川の音を楽しんでいた。
「村雲?」

 鈴の鳴るような声だと思った。
「な、なに……?」
「いや、ぼうっとしてたから。大丈夫ならいいんだ」
 五月雨を呼ぶか。そう言われて、村雲は大丈夫と頭を振った。大包平と釣具について考えている五月雨は、どうにも絵になるから、村雲としてはもっと見ていたかった。
「もっと、嫉妬深いかと思った」
 とても執着してるように見えたから。そんな言葉に、村雲は言い返す。
「俺なんかが嫉妬しないよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
 獅子王さんには分からない。
 そう続けようとして、止める。偶然にも、村雲は獅子王の在り方を知っていた。
 戦場で凛々しく戦うだけではない。本丸の片隅で、血の気の失せた顔で寝ている姿、緊張で震える姿を、見たことがある。
 そう、何故なら彼は村雲の教育係だった。
「戦うだけが刀剣男士ですか」
 こうして質問するのは久しぶりだった。村雲が励起してからもう随分と、経ったものだから。
 獅子王はかろく言う。
「否、我らは魂の道具である」
 艷やかに彼は笑う。
「審神者の手足でありながら、心を得た我らは、魂である」
 さあと獅子王は村雲に手を差し伸べた。
「向こうで五月雨と話そうぜ。大包平に用があるからさ」
 五月雨は任せたと、獅子王は笑っていた。
 彼は、戦場を知らなかった刀である。

「おや、雲さん」
 振り返る。村雲はそっと近寄った。大包平は獅子王に引っ張られて、何やら石を積んだ川の仕掛けに向かったようだ。
「雨さん、楽しそう」
「ええまあ。雲さんは暇でしたか」
「ううん。雨さんを見てたから、楽しかったよ」
 楽しそうな雨さんを見ているだけで、心が温かくなるんだ。村雲のそんな言葉に、そうですかと、五月雨は微笑んだ。
「夏バテは大丈夫そうですね」
「うん。すっかり慣れたよ」
 それに、この川は気分がいい。五月雨は、分かりますと頷いた。
「流れる水は、清浄の根源ですから」
「ふうん」
「もう少ししたら、三日月さんたちの所に行きましょうか」
「いいけど……」
「お八つがあるそうですよ」
「わ、それは嬉しいや」
 何かなあ。そう表情を柔らかくする村雲に、五月雨は私も何か知らないのですと楽しそうにしていた。

 しばらく五月雨と並んで川をぱしゃんと揺らして遊んでいると、厚がお八つにするぞと皆に声をかけた。
 お八つはわらび餅だった。きな粉と黒蜜を掛けて食べる。もちもちとしたそれは、甘くて美味しい。初めて食べる村雲が、ぱあっと顔を明るくすると、五月雨が良かったと安心した様子だった。
「川遊びはあと二刻ぐらいな。で、屋敷に戻るぜ」
 獅子王の指示に全員が同意し、お八つを片付けて、また皆が散らばった。今度は厚と大包平が川の仕掛けを探り、獅子王と三日月が並んで何やらカードで遊んでいる。
 村雲はそんな彼らを眺めてから、五月雨を見た。五月雨もまた、村雲を見ていた。きゅ、と手を繋がれる。
「魚を見つけてみませんか」
「そんな簡単に見つかるの?」
「少し工夫が必要ですね」
 でも、見るだけなら比較的簡単ですよ。五月雨はそう言って、村雲を導いた。村雲はそれに続く。

 空は青く、大地は明るく、空気は澄んでいて、川の音がぞうぞうと聞こえた。
 両側の木から漏れる蝉の声が、まるで夏の悲鳴のようだった。

 ああ、夏だ。村雲は、刀剣男士として励起してから初めての季節に、ようやく胸を高鳴らせたのだった。

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