さみくも/オレンジ・かわいい・レモン
タイトルは自作お題サイト寄る辺に蝶々より。


 鳥が飛ぶ。夏だ。

 茹だるような暑さに、村雲はすっかり体調を崩していた。典型的な夏バテだな。様子を見に来た薬研はそう言って、漢方をいくつか渡してくれた。薬研は部屋を回って体調の良し悪しを見る任務を任されたらしい。この本丸屋敷は広い。大仕事だな。村雲は思う。

 窓の外は日が高い。エアコンとやらを付けるべきだとは分かる。現に薬研にも指摘されたが、あれは腹を痛めるのだ。つまり体に合わない。なので、扇風機と窓を開けることで対処していた。幸いにも、村雲の部屋は二階。地面の照り返しも無ければ、上からの熱もなかなか届かない。
「雲さん」
 声がした。慌てて起き上がると、くらりと立ちくらみがした。
「雲さん、大丈夫ですか」
「うん、なんとか……鍵開いてるよ」
「入りますね」
 するりと、五月雨が膳を持って入ってきた。
「昼餉を食べに来ていないと、聞きまして」
「うん。食欲、なくって」
「無くても食べないと、肉の器は耐えられません」
 五月雨は膳をそっと村雲の前に置いた。白い器に白く細い麺、並々とスープが注がれていて、ネギと海苔が散らされていた。
「入麺です」
「温かいね」
「冷たいものだと腹に悪いですから」
「ありがとう、雨さん」
 胸がじんわりと温かくなる。村雲はいそいそと入麺を食べた。
 食べ始めると、食欲が湧いてくる。するりと食べられるそれに、有り難いなあと村雲はしみじみした。
「ごちそうさまでした」
「はい。では下げますね」
「自分で行くよ。雨さんは出陣とかあるでしょう」
「いえ、今日は休暇です」
 何せ、季節の変化で、本丸が上から下までてんやわんやなのだ。出陣どころではありませんよ。五月雨は微笑んだ。
「共にいてもいいですか」
「うん。でもまずは、これ、下げるね」
「ついていきます」
「いいのに」
「雲さんが倒れたら大変ですから」
「それはそうだね」
 まあいっか。村雲は、五月雨と厨に向かった。

 厨では、燭台切たちがばたばたと忙しなかった。村雲のように体調不良を起こした刀が多く、いつもと違う料理を試しているらしい。
 手伝いの太鼓鐘が村雲の体調を気遣いつつ、空の食器を預かってくれた。
「そーだ! ついでに水菓子でもどうだ?」
「水菓子?」
「甘橙と檸檬水! ちょっと待っててくれよな!」
 太鼓鐘がするすると甘橙を手にすると、食べやすいように切り分けて皿に盛り、檸檬が入った水差しからコップ二つに水を流し込んだ。
「はい! 五月雨さんと食べてくれ!」
「わ、いいの?」
「大丈夫、大丈夫。それより栄養取ってくれよ」
 夕餉も、食べやすいものを用意する予定だから。太鼓鐘の言葉に、助かると村雲と五月雨は返事をした。

 村雲の部屋に戻り、ちゃぶ台を出して甘橙と檸檬水を置いた。まずは檸檬水を飲む。酸味が心地良かった。甘橙に手を伸ばし、食べる。口いっぱいに果汁が溢れた。
「美味しいですね」
 五月雨が言う。村雲はこくこくと頷いて同意した。
「夏バテしてても、食べやすいや」
「予想外のものを頂きましたね」
「太鼓鐘さんに感謝しなきゃ」
「ええ、本当に」
 そういえばと、五月雨は言う。
「給湯室の冷蔵庫に、甘い炭酸水を持ってきておきました。後で飲みましょう」
「わ、いいね」
 楽しみだなあ。村雲が笑うと、五月雨もまた微笑んだのだった。

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