さみくも/サイダーサイダー、一息に
タイトルは自作お題サイト寄る辺に蝶々より。


 悲鳴が聞こえる。

 村雲はふっと起き上がる。深夜、どうにも起きてしまった。また寝付くには時間がかかるだろう。白湯でも、もらおうか。厨へと向かった。
 給湯室ではなく、厨に向かったのは、ただの気まぐれだった。

「おや、雲さん」
「あれ、雨さん?」
 こんな深夜に、と聞けば、五月雨はお互い様ですよと言った。
「白湯でも?」
「うん。雨さんは?」
「私は握り飯です」
「……お腹空いたの?」
「ええ、どうも、燃費が悪いようで」
 五月雨は苦笑する。村雲はううむと考えてから、俺が用意すると宣言した。
「冷凍のごはんを握り飯にするんでしょ、俺がやる」
「いいのですか?」
「うん。白湯作ってる間にできるよ」
 料理なんて滅多に作らないけれど、厨の手伝いを許可されるぐらいの腕前はあるつもりだった。
 村雲は薬缶に水を入れて沸かす間に冷凍のご飯を電子レンジで温める。その間に冷蔵庫から残り物のタラコを出した。
 熱いご飯にタラコを詰めて、三角になるように握る。
 その頃にはすっかり白湯が出来ていて、火を弱めた。

「雨さん、できたよ」
 二つの湯呑に白湯、握り飯はひとつ。ありがとうございますと五月雨が頬を緩めた。
「中身は何でしょう」
「食べてからのお楽しみ」
「それはいいですね」
 いただきますと、五月雨は握り飯を食べた。


 翌朝。村雲はううむと起き上がる。打刀以上の刀には一人部屋が用意されているのが、この本丸だ。屋敷は三階建てで、非常に広い。防犯にと、マヨイガが放たれていて、歩くには審神者特製のお守りが必須だった。
 のそのそのと朝の支度をして、食堂に向かう。がやがやと賑わう中で、五月雨を見つけると、村雲はいそいそと彼の隣に座った。
「おはよう、雨さん」
「おはようございます、雲さん」
「あの後は眠れた?」
「ええ、ぐっすりと」
 それは良かった。村雲はほっと胸をなでおろした。

 朝食の後、本日のお知らせとして、午後から夏の景趣を試すと審神者の口から言われた。季節が変わると体調を崩す刀もいるらしい。村雲は、自分は春しか知らないなと気がついた。
「夏もいいものですよ」
「そうなの」
「はい」
 そうだと、五月雨は言った。
「今晩、食堂で会いましょう」
「え、なんで?」
「来てからの、お楽しみです」
「うー、分かったよ」
 楽しそうな五月雨に、雨さんが楽しいのならと村雲は深く考えずに頷いた。

 かくして出陣を終えた深夜。村雲は読んでいた本を閉じて食堂に向かった。夏の景趣は村雲の体を蝕む。
 日中、じりじりと暑い日照りに、景趣が変わった午後から夕方まで体調を崩していた。午前中に出陣を終えていて本当に良かったと思う。

 食堂に着くと、既に居た五月雨が振り返る。いつから待っていたのだろう。村雲がそう考える間に、そこに座っていてくださいと言われて、言われるがままにちょこんと席につく。
 すると、五月雨がすぐに戻ってきた。氷の入ったグラスが二つ、そして瓶が一つ。
 ぽんっと封を開けて、とくとくと注ぐ。しゅわっと聞き慣れない音がした。
「サイダーですよ」
 五月雨は微笑む。
「さいだー?」
「ええ。これは甘くないので、夜でも大丈夫かと」
「甘くないんだ」
「少し舌がピリピリしますよ」
「へえ」
 村雲は渡されたサイダーを口にする。舌の上で水が踊るようだった。その、飲んだことのない心地に、ビクッと驚いた。
「な、何これ」
「サイダーです。気に入らないですか」
「驚いたけど、美味しいよ」
「それなら良かったです」
 村雲はちまちまとサイダーを飲む。五月雨はこくこくと飲んでいる。どうやら慣れているらしい。雨さんはすごいや。村雲はぼんやりと思った。
「夏は熱中症に気をつけてくださいね」
「熱中症?」
「明日、また説明があると思います」
「そっか」
 雲さん。五月雨が呼ぶ。なあに。村雲は首を傾げた。
「明日は甘いサイダーを飲みましょう」
「昼間に?」
「ええ、昼間に」
「いいね」
 雨さんに賛成。村雲はへらと笑った。その笑顔を、五月雨は眩しそうに見ていた。

 からん、氷の音が響く。深夜の食堂はただ、静かだった。

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