転機
手作り石鹸をカバンに詰め込む。丁度良く、ビートが薬屋にやって来た。
「イミテーションさん」
「あ、ビートくん。ついてきてくれるの?」
「勿論。ぼくもナックルシティに用がありまして」
「そう、良かった」
一人じゃ心細かったから。イミテーションが言うと、まあ優秀なぼくがいれば安心でしょうねとビートは胸を張った。
「テアはひどいなあ、僕がいるじゃないか」
ひょっこりとオッドが小さな窓から顔を出す。ビートがゲっと顔を歪ませた。
「貴方もナックルに?」
「ううん、ワイルドエリア。魔女の弟子くんは?」
「ナックルシティへ。イミテーションさんも、だそうですよ」
「風の噂で知ってるよ。ふふ、デートだね!」
「馬鹿なことを言わないの、オッド!」
「分かってるよ! 怒らないでおくれ、愛しい妹よ!」
「はいはい」
「相変わらず自称兄ですか」
「本当だよ?」
「はいはい」
イミテーションはじゃあ行きましょうと、ネマシュのシュシェに声をかけた。
先頭をビート、殿にオッドが歩く。真ん中のイミテーションの肩にはシュシェがゆらゆらと楽しそうに乗っている。
ルミナスメイズの森を抜けて、しばらく道路沿いに歩けばアーマーガアタクシーに出会えた。アーマーガアタクシーはアラベスクタウンからでも使えるが、ルミナスメイズの森に埋もれるようなアラベスクタウンは上空から見づらいらしい。アラベスクタウンの人ならばルミナスメイズの森を抜けるのは簡単だ。
よって、アラベスクタウンの住民はルミナスメイズの森を抜けたところでアーマーガアタクシーを使うのが定石となっている。
ナックルシティまで。三人を乗せて、アーマーガアタクシーは飛び立った。
ナックルシティまでの空の旅、シュシェが楽しそうに外を見ている。ぽこんとアブリーのリィとモンメンのメルがモンスターボールから飛び出して、皆で張り付くように窓の外を見ていた。こんなに高い位置を飛ぶことは、アラベスクタウンから滅多に出ないイミテーションのパートナーである以上、殆ど無い。今のうちにたっぷり見てていいよ、イミテーションはそう言って皆を自由にさせた。
ナックルシティに着くと、ぴょんと最初に飛び降りたのはオッドだ。彼は黒い髪をくるりと揺らして、イミテーションへと振り返る。
「じゃあ僕はワイルドエリアに行ってくるよ! 愛しい妹よ、またね!」
「そう、怪我しないでね」
「分かってるよ!」
オッドは跳ねるようにワイルドエリアへと駆け出した。
イミテーションは仕方ないなあと呆れ、ビートはあの人は相変わらず訳のわからない人ですねと首を傾げていた。
石鹸をセレクトショップに納品すると、ふと外が騒がしい。イミテーションとビートが外に出ると、どうやらポケモンバトルで技の当たりどころが悪かったらしい。倒れているラプラスに、トレーナーが懸命に声をかけていた。
イミテーションはすぐに、あれではポケモンセンターでは間に合わないと判断し、駆け寄る。
人混みを押しのけて、イミテーションはラプラスの傷口に手を当てる。文字通り手当てだ。ふわりと傷口が癒えていく。
「ラプラス、大丈夫、大丈夫よ。私を信じて」
すっかり傷が癒えると、トレーナーを見上げる。
「ラプラスをポケモンセンターへ、私の手は応急処置にしかなりませんから」
驚いて声も出ないトレーナー。周囲もまた騒然となったものの、ビートが前に出た。
「不思議な力を持つ人間ぐらい、よくいるでしょう。あのポプラさんだってそうです」
ビートが空気に臆することなく言い放つ。周囲はその言葉に、あのアラベスクタウンの住民だったかと納得したらしかった。
・・・
「ワイルドエリアはやっぱりいいね!」
オッドは胸いっぱいにワイルドエリアの空気を吸うと、たったかと走り出した。ワイルドエリアを自在に走り回り、飛び跳ね、ポケモンたちに遠巻きに見られる。
「おーい、少年!」
ふと声をかけられてオッドは立ち止まる。キバナがひらりと手を振った。
「よっぽど腕に自信があるんだな?」
「まあね! 君は?」
「オレはキバナ。そっちは?」
「うーん、オッド」
「ふうん」
なあとキバナは言った。
「バトル、出来るか」
「へぇ!」
良い提案だね。クスクスとオッドは笑った。
「僕はオッド。ピュワー=オッド!」
「オレはナックルシティのキバナ! いくぜ!」
バトルが始まった。