アラベスクタウンでの日常

 イミテーションはむくりと起き上がる。朝日を浴びて、うんと背伸びをしてから、ネマシュのシュシェを起こさぬように着替えを済ませた。

 ここはアラベスクタウンの小さな薬屋だ。種々雑多な干からびた草木や、ドライフルーツに加工したきのみ、吊るしたてのハーブが見える。イミテーションは滑らかな銀髪を結い上げて、せっせと店の掃除をした。からりと戸を開いて表に出る頃になると、やっとシュシェが起きてきた。

「おはよう、テア!」

 素っ頓狂な方向から声がする。イミテーションが顔を上げ、薬屋の屋根を見ると、ひらりと手を振る黒髪黒目の少年がいた。
「オッド! またそんなところに登ってるの?」
「やだなあ、オードと呼んでおくれよ、僕の可愛い妹よ」
「それはオッドが勝手に言ってるだけでしょ」
「ひどいなあ、泣いてしまいそうだ」
 ひらりとイミテーションの隣に立つと、オッドはそれじゃあ僕はこれでとイミテーションに何かを握らせた。メモ書きには丁寧なガラル文字で、眠気覚ましを3日分とあった。
「八百屋のご婦人が早朝に頼んだんだ」
「それをどうしてオッドが持ってくるの?」
「頼まれたからに決まってるだろう!」
 さてはて。オッドは艷やかに笑みを浮かべた。
「僕はほんのすこし遠出をしてくるよ」
「今度はどこまで? いつ帰るの?」
「さあねえ、いつだろう。明日かもしれないし、一週間はかかるかもしれない」
「またそんな適当なこと言って……」
「ご飯は用意してくれなくていいからね」
「それでも毎日律儀に暖炉のクリームを空にするくせに。家事妖精なら少しは家の手伝いぐらいしてよね」
「僕は残念ながら家事妖精ではないんでね! ああそうだ、ポプラさんが僕の歌を聴きたいって言ってたから、まずはそっちに行ってるね」
「こんな朝早くからなんて迷惑よ」
「いいのさ、いいのさ。僕は歌えれば契約が果たせるんだから」
「お金でも借りたの?」
「いいや、違うね。彼女には随分と恩があるから、妖精の恩返しはそういうものさ」
「なにそれ」
 兎も角、行ってきますとオッドはポプラの屋敷へと駆けていった。イミテーションは風みたいな人ねと呆れながら、シュシェと開店準備を進めた。

 八百屋のご婦人からの依頼の品を作っていると、からんころんと扉が開いた。いらっしゃいませ。イミテーションが店先の厨房で振り返ると、こんにちはと紙袋を持ったビートが立っていた。
「ポプラさんがこれをあなたにと」
「ええと、モーモーミルク?」
 どうしてまたと驚くと、そろそろ暖炉のミルクが足りないだろうとのことですとビートは言った。
「本当、ポプラさんには全部お見通しだわ。ビートくん、ありがとう。お駄賃にあまいミツでも出すわ」
「いいえ、ぼくは頼まれただけなので」
「すぐ出すから……あった、これこれ」
 はいどうぞと、ティースプーン3杯分程度の小さな琥珀色の瓶詰めを渡すと、なるほどとビートは慎重に頷いた。
「妖精へのお礼用ですか」
「うん。ビートくんも少しは持ち歩いているといいよ、いつお世話になるか分からないもの」
「そうさせてもらいます」
 ビートは慎重に小瓶を鞄に仕舞うと、それではとイミテーションの薬屋を出て行った。

 イミテーションは注文の品を作ると、シュシェを呼んだ。店番を頼み、すたこらと八百屋まで走る。
 行き交う町の人と挨拶を交わすと、イミテーションは八百屋にたどり着いた。
「こんにちは、薬屋です!」
「おやまあ、テアちゃん早いねえ」
 八百屋のご婦人に注文通りの眠気覚ましを3日分渡すと、お礼に新鮮な野菜とお金を受け取った。
「あたしにはテアちゃんの眠気覚ましが一番効くからねえ」
「いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます」
「これからも頑張ってね」
「はい!」
 それではとイミテーションは八百屋を出て、急いで薬屋へと戻った。
 カウンターでシュシェがゆらゆらと揺れている。どうやら来客はなかったようだ。イミテーションはそれはそれで時間が出来たと、作り置きの薬を配合し始める。

 こりこりと鉢を混ぜていると、すぐに日は暮れる。アラベスクタウンのどこかかしらでキノコがほうほうと光り出し、チョンチーが輝きだす。アラベスクタウンは日が短い。よって、日が暮れてからが本番だ。イミテーションは今日もまだまだ頑張ろうと気合いを入れ直し、薬の調合へと戻ったのだった。





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