キバネズ/たまごのうた/11万打お礼リクエスト企画の作品になります。ymdおまめ様、リクエストありがとうございました!


 ふん、ふんと歌が聴こえた。キバナは起き上がり、その歌声につられるように立ち上がった。小さな小さな歌声は、足音で消えてしまいそうな儚さを持っていた。

「ああ、キバナ。おはようございます」
 途切れた歌声。こちらへと振り返るネズは普段より血色がよく見える。歌声が止まったことは残念だが、明るい顔のネズを見れて、キバナは嬉しくなる。
「よく眠れたみたいだな」
「ええお陰様で」
 ネズの深夜作業を無理やり止めて、ベッドに放り込んでよかった。キバナはふふんと、また嬉しくなる。

 早く起きても気分がいいのは久しぶりですよ。ネズはそう言いながら、ベーコンエッグトーストを並べた。
「ポケモンたちはもう食べましたよ」
「お、助かったぜ」
「というより、おまえこそ起きるのが遅かったですね」
「んー、なんか心地良くて微睡んでた」
 久しぶりのオフだし。そう言うと、ネズは仕方ないやつですねとくすくす笑った。
「じゃあ早めに飯を食べて、どこかに行きますか」
「いんや、雨だから家に居る」
「それもいいですね」
 あと、とキバナは控えめに告げた。
「オレさまも歌ってみたい」
「……はい?」

 キバナは決して音痴ではない。だが、歌が上手いわけでもない。
 ネズの歌を聴いてたら歌いたくなったと正直に言うと、彼は呆れた顔ながらに優しい目で、それなら教えますよと言った。
「おまえは耳がいいですから、少し練習すれば良くなりますよ」
「そうかあ? なんか、何でも出来るオレさまのイメージが先行してて、聴いた人は大抵微妙な顔するんだよ」
「そんなやつらは放っておきなさい」
 どんな歌がいいですか。そう言われて、キバナはすぐに答えた。
「子供に聞かせてあげるようなやつがいい」
「童謡ですか? それとも、マザーグース?」
「マザーグースかなあ。オレさま、そういうのに疎くてさ」
「ガラルでは常識ですからねえ」
 じゃあそれなら一つ歌ってみましょうか。

Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.

 ガラル語の滑らかな歌声に、キバナはほうと聞き惚れる。
「ハンプティダンプティです。謎掛け歌ですよ」
「答えは卵だっけ?」
「よく知ってるじゃないですか」
 では次はキバナですよ。ネズの声掛けに、ええと、とキバナは歌った。

 拙いそれを、ネズは笑うことなく聴き、拍手をした。
「とても上手ですよ」
「ほんとに?」
「まあ、おまえのルックスに合うかは別ですが、歌にはルックスなんて関係ないですし」
「そうか?」
「おれはルックスも含めた職ですから。キバナは違うでしょう」
「んー、まあそうだな」
 では、もう一度歌ってみましょうか。今度はメロディでもつけてみますかね。上機嫌のネズに、キバナは頼んだと相槌を打ったのだった。

 雨のスパイクタウン。アーケードに落ちる雨粒の音が、家の中にまで届きそうな午後だった。

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