キバネズ/白を示せ4/おわり!/海馬と城と死の話です。


 五階は他の階より明るかった。キバナに導かれるままに、ネズは書見台に向かう。部屋には赤い絨毯が敷かれていて、シャンデリアのような飾りも石作りの壁にあった。
 書見台にはまた、本がある。葡萄色に金字の豪華な本だ。

"MEMORIES"

 全く読めないが、ネズはいつもの字だろうと、気にせずに本を開いた。

"××年×月×日
マリィ、旅立つ"

 文字を見た瞬間、胸がいっぱいになる。幸福ではない。ただ、思いが溢れるようだった。キバナに手を握ってもらっていなければ、床に崩れ落ちてしまいそうだった。

 震える手で、ページを捲る。

"○○年○月○日
ネズ、引退試合を終える"

 まだだ、強く感じたネズはページを捲った。

"××年×月×日
マリィ、ジムリーダーになる"

 これだ。ネズは今度こそ、胸が幸福で満たされたのを感じた。ああ、この為だったのだ。ネズは思う。この為に、己は塔に登ったのだ。何一つとして無駄はなかった。全てはこの一文のためだった。読めはしない。だが、心が理解した。

 しかし、隣のキバナがきゅっと手を握る。気がつき、顔を上げると、上を指さされた。階段はまだ、続いていた。


 白い塔を登る。六階には壁がなかった。正真正銘、頂上だった。晴天の空の下、石作りの床の上に野ざらしにしては重厚な木製の書見台があった。ネズはそれを、迷わず開く。

"○○年○月○日
ネズ、生を受ける"

"○○年○月○日
ネズ、トレーナーとなる"

"××年×月×日
マリィ、生を受ける"

"○○年○月○日
ネズ、モルペコを捕まえる"

"○○年○月○日
ネズ、モルペコをマリィに譲渡する"

"○○年○月○日
ネズ、旅立つ"

"暗黒の時代"

"××年×月×日
マリィ、旅立つ"

"○○年○月○日
ネズ、引退試合を終える"

"××年×月×日
マリィ、ジムリーダーになる"

 そして、ネズはゆっくりとページを捲った。

"○○年○月○日
ネズ、キバナと出会う"

 それは時系列を無視していた。ただ、ネズにとっても、キバナにとっても、正しい位置だった。この本は必ずしも時系列に沿うものではない。"記憶"とはそういうものだ。

"MEMORIES"

 その字はもう読めるようになっていた。

「ここで問題、なのでしょう?」
 ネズはキバナに問いかける。隣のキバナは目を丸くした。

 塔の頂上、白い塔の天辺で、ネズはキバナと向き合う。愛する恋人の手を撫で、頬を撫でる。似ている。だが、違った。

「おまえ、ムシャーナでしょう」
 おまえはおれの記憶で形成されている、キバナではないもの。ネズは謎を紐解いた。
「そもそも、キバナが夢に入れるのなら、初日にキバナがいないことの方がおかしいじゃありませんか」
 一緒のベッドで眠ったのに。そう言うと、キバナは、ムシャーナはくしゃりと泣き笑いの顔になった。

 キバナが揺らぐ。揺らぎが強くなると、やがて、ムシャーナがそこにいた。苦しそうにしている。普段ならピンク色を帯びている煙が、真っ白だった。

──死を選べば良かったのに

 ムシャーナの声無き声に、ネズは応える。

「おまえを殺しはしませんし、自殺願望も無いんでね」

──うそつき

「過去に思ったとしても、過去は過去ですから」

──そう

 ムシャーナは煙を止めた。白い塔が下から崩壊していく。ネズは走り、宙に浮かぶムシャーナを抱きしめた。びくりと驚くムシャーナに、ネズは子を胸に抱き、言う。
「おまえを殺しはしないと言ったでしょう」
 いくらネズの専門とは相性が悪いとはいえ、少しぐらいは言うことを聞いてくれたっていいじゃないか。そんな皮肉に、ムシャーナは崩壊する夢の中、ゆるゆると微笑んでいた。


・・・


「ネズ、ネズッ!!」
 起きるとキバナが体を揺すっていた。そんなキバナの隣にはムシャーナがいた。まさかムシャーナを起こしたんですかと、キバナを見ると、違うってとキバナは頭を横に振った。
「なんかいつの間にか家に入って来てて、それで、オマエを何回揺すっても起きなくて!」
「起きたじゃありませんか」
「そうだけど!」
 本当に良かった。そう泣き崩れたキバナの隣ではムシャーナがピンク色を帯びたゆめのけむりを吐いていた。もう平気なのだろう。ネズはそれでもモンスターボールを取り出した。
「念の為、ビートとジョーイさんに見てもらいましょう」
 いいですね。そう問いかけると、ムシャーナは自分からモンスターボールに入っていった。

 アーマーガアタクシーに揺られる。キバナが隣でネズの手を握っている。温かな手だった。でも、必死だった。どうにか繋ぎ止めようと一生懸命な手に、ネズはもう平気だと笑う。
「ああそういえば、夢にね、オマエが出てきたんですよ」
「は? オレさまが?」
「そうですよ」
 ムシャーナのへんしんでした。そう言うと、ムシャーナはへんしんを覚えないだろと至極真っ当な返事が返ってくる。それがまた、嬉しかった。
「タクシー、速度を上げてください。すぐにアラベスクタウンへ」
「ちょ、何で?!」
「早くビートに会って、それからおまえとデートがしたいんですよ」
 デート先はルミナスメイズの森なんてどうですかね。そう笑いかけると、キバナはあんなところは散歩にも向かないだろうと驚いた顔をしていたのだった。





『白を示せ』終わり


・・・


おまけ


【解題】

『白を示せ』
白は、城(城塞)、白い塔、白い煙(ムシャーナの異変)、死(私の中では白=死)を意味しています。

つまり、

城を示せ(根城を示せ)
白い塔を示せ(問題を解け)
白い煙を示せ(ムシャーナの異常を指摘せよ)
死を示せ(苦しむムシャーナの願い)

となります。

雰囲気で付けました。


【何故、塔なの?】

海馬がなんとなく階段を登るようなイメージに見えただけです。
何故海馬なのかは、記憶を司ると聞いたからです。
専門的なことはよくわからないです。


【登場人物について】

ネズ…ムシャーナに夢のターゲットにされた。それ以外は元気です。

キバナ…恋人が大変な目に合ってても何もできなくてとても悔しかった。エンディング後はルミナスメイズの森でデートします。

ムシャーナ…黒い煙は悪夢、ならば白い煙は吉だったり?とかなんとか思いましたが、私の中で白に死のイメージがまとわりついているので悪夢じゃないけど悪夢になりました。

ポプラ&ビート…専門の差がこういうときに現れたらとても嬉しいです。ピンク師弟、長生きしてね。

アーティ…実は初書き。ネズのCDジャケットの仕事は、新たな方面の仕事したいなあと思って気まぐれに受けた設定です。きっちり素晴らしいジャケットに仕上げたと思われます。

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