キバネズ/白を示せ/続けたい願望だけはあります。


 白、の塔。
 白い塔がある。ネズは前に立つ。扉は木製で、白く塗装されていた。金属の飾りを触ると、ひやりと冷たかった。そのまま、するりと、音もなく、扉は呆気ないほど簡単に開いた。鍵ぐらい付けたらいいのに。ネズは思った。


・・・


 起床。ネズは目を覚ました。隣では大男がぐうすか寝ている。時間は朝焼けの頃。いくらキバナが健康優良児とはいえ、まだ寝ているはずの時間だろう。
 変な夢を見たな。ネズは首を傾げた。白い塔の夢はやけにはっきり覚えていて、気味が悪い。二度寝をする気にはなれなかった。どうせなら久しぶりにネズが朝食でも作ろうか。きっと、恋人たるキバナは驚くことだろう。ネズは気分を切り替えて、ベッドから起き上がり、着替えた。

 朝食にホットケーキを焼くと、ポケモンたちがぞろぞろと顔を出してきた。キバナを起こしてきくださいと小さなヌメラに頼めば、分かったというようにぽよんと揺れて、のそのそとキバナの眠るベッドルームに向かった。
 タチフサグマやカラマネロと協力し、全員分のポケモンフーズを用意する。そういえばカブからもらったふりかけなるものもあった。ごそごそと棚の奥から探し当てて、賞味期限を確認し、それぞれ好みごとのフーズにふりかけた。
 その時だった。うぶぶと溺れるような叫び声がしたかと思うと、ばたばたと大男が起きてくる。
「おはよ、ネズ!」
 ひょいとやって来たキバナの顔は粘液まみれで、顔洗ってきてくださいとクスクス笑いながら言えば、分かってると苦笑していた。
「ヌメラがのっかってきてさあ」
「あの子らしくて、かあいらしいじゃないですか」
「そうだけどさ、窒息するかと思った」

 それにしてもと、顔を洗ってきたキバナは首を傾げた。

「ネズが早起きなんて珍しいな。何かあったか?」
「何も……ああ、本当ですよ。なんですかその胡散臭そうな目は」
 だってと、キバナは子どものように口を尖らせて言う。
「ネズは何でも背負いがちだからさ、心配にもなるだろ」
「恋人相手に酷いですねえ。ホットケーキをあげませんよ」
「オレさまの朝食!」
 冗談ですとネズは笑い、本当になんでもないと繰り返した。朝食の席につく。美味しそうな匂いが部屋中に漂っていた。
「ちょっと夢見が悪かっただけです」
「ふーん、そっか」
「一応納得していただけて何よりです」
 そうして、二人とポケモンたちとで朝食を済ませると、キバナはナックルへと戻って行った。

 一人、残されたネズはポケモン達と共に後片付けをし、洗濯をする。そのまま掃除までしてから、年長のカラマネロとタチフサグマに皆を任せて、作業部屋に籠もったのだった。


・・・


 白い塔の扉を開くと、埃っぽいにおいがした。咳き込むと、ぶわりと埃が舞う。ポケットからシルクのスカーフを出して、口元を覆った。そのまま、塔の中に入る。
 円筒形の塔には壁に沿うように階段があった。手すりもあり、不安定なばかりではないらしい。扉を開いたまま、ネズは中央に進む。そこにはネズのよく見る譜面台に似た木の台があり、本が置いてあった。

"MEMORIES"

 そう書かれた本の表紙に首を傾げた。なんと書いてあるのだろう。どうやらガラル文字ではないらしい。分からないなりに、本を開く。

"○○年○月○日
ネズ、生を受ける"

 やはり、読めない。ネズは諦めてページを捲った。

"○○年○月○日
ネズ、トレーナーとなる"

 ガラル文字ではない。どうしても読めない。ネズは本を閉じた。どうしようかと迷うものの、本を台の上に置いたまま、階段へと歩み寄った。
 一段、登ってみて、感触を確かめる。階段の木材からは軋む音すらしなかった。そういえば、ここは無音だ。ネズはそのまま、階段を登ろうと決めた。


・・・


 目覚めは最悪だった。やけに明瞭で、無音の空間。気味が悪い夢に、吐き気がする。何かを察知したらしいカラマネロがそっと顔を覗き込んでくる。そのまま、タチフサグマに何かを指示したかと思うと、メイクに使っている鏡を机から持ってきた。

 鏡にうつる己の顔は酷いものだった。顔面蒼白、青ざめきった顔色に、ようやくネズは事の大きさに気が付き始めていた。

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