キバネズ/消毒
ひとさじのあまいミツ。
とろりとホットミルクに回し入れられたそれに、キバナはぱちりと瞬きをした。
場所はネズの家。マリィが家を出てから久しい頃。キバナは運良くネズの住処に自由に出入りする権利を手に入れた。
恋人と、いうその権利を、キバナが手に入れたのは、本当に運が良かったのだろう。
「それ、あまいミツだよな?」
「そうですよ」
おまえも要りますか。そう言われて、やや迷った後に、キバナはこくんと頷いた。
あまいミツがたっぷり入ったホットミルクは甘ったるいのに後味はさっぱりとしていた。知り合いの養蜂家がいましてね。ネズは軽く言う。
「そのツテでもらった品ですよ」
「はー、そういや、あまいミツって喉にいいんだっけ」
「殺菌作用がありますね」
シンガーですので重宝してますよ。ネズはくつくつと笑った。キバナはそれをちらりと見て、家の中をぐるりと見回す。
パートナーのポケモンたちは、それそれが決して広くはないネズの家で寛いでいて、リラックスしているのが目に見える。どうにも寒いスパイクタウンらしく、暖炉があり、火がついている。キバナのコータスが見守っているので、火事の心配は無いだろう。
モノトーンで統一された部屋に、差し色としてキバナのオレンジやネズのビビットピンクが映える。そんな部屋なのに、どうしてか、とても温かく思えた。
「ネズはさあ」
キバナは言った。
「寂しくないの?」
マリィがいなくなった家。寂しくはないのか。その問いかけに、ネズはけろりと応えた。
「寂しくなんかありませんよ、成長は喜ばしいことです」
「ホントに?」
「ええ、本当です」
そうか。キバナは歯噛みする。ネズが不思議そうに振り返った。夕飯の支度をしていた彼の邪魔をしてしまったと、キバナは反省した。
「いや、なんかさ」
「はあ」
「寂しいなら、オレさまで埋めるとか、できたのかなーって」
言ってしまってから、気恥ずかしくてなんでもないと早口で言ってから、ホットミルクを飲む。
しばらくの静寂。ネズは振り返るのをやめ、キッチンに向かっていた。そっとしておいてくれるのか、そんな希望を、ネズは歌うように打ち砕いた。
「寂しくないとおれに寄り添え無いんですか」
意気地無し。うっすらと赤い唇と白い喉に指摘されて、キバナは呻いた。
「ほんっと、あくタイプ使いだよなあ!」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
それよりも、夕飯は食べていくのでしょう。そう告げたネズに、そのつもりだとキバナは応えたのだった。