キバネズ/同類/未来捏造


 似たり寄ったり。

 崖っぷち、ネズはほうと息を吐く。乾いた空気が体に沁みる。隣ではカラマネロが落ちないようにと見守ってくれていて、タチフサグマが周囲への警戒を怠らない。さあ、行こうか。ネズは高らかに告げた。
「崖から落ちたなんて、酔狂なポケモントレーナーでなければ死んでますね」
 その、無謀なトレーナーを助けるため、ネズは崖から飛び降りた。

 カラマネロのねんりきで体が浮く。ふわふわと降りると、崖の下には川が流れていた。体を縮めて助けを待っていたらしい子どもの前に、ネズはふわりと降り立った。天使様みたいだ、そんな呟きに他地方かの参戦者なのかと首を傾げた。
「チャレンジ精神が旺盛なのは良いことですが、戻れなくなってはいけませんね」
 くつくつと笑って見せれば、子どもはごめんなさいと目から涙をこぼした。宝石のような涙に、この子は善良な精神の持ち主らしいと、相棒らしきサーナイトを眺めながら思った。
 サーナイトは特に人間に依存するポケモンだ。彼女(彼かもしれない)をサーナイトにまで育て上げたのなら、相応の人間なのだろうと思う。
「アーマーガアタクシーに要請しました。じきに飛んできますよ」
 ありがとうございます。そんなチャレンジャーの言葉に、まあ元気になってマリィに再戦を挑みなさいと、ネズはまたふわりと浮いて崖の上へと戻った。
 エスパータイプのねんりきで人を浮かせるのは細かな調整と経験が必要となる。マリィに勝てないあのチャレンジャーには出来ないだろうと、ネズは判断した。

 スパイクタウンに戻ると、たたたと足音がした。おやと顔を上げれば、キバナが走ってきている。
「ネズ! 崖の下に行ったって聞いたんだけど」
「行きましたよ。道がボロボロだったのでカラマネロのねんりきを使いました。道の補修をしないといけませんね」
「無事なんだな?」
「ええ、どこにも怪我はありませんよ」
 そりゃ良かった。キバナがほっと息を吐く。空風の吹くスパイクタウンにすっかり溶け込んだ様子のキバナを見て、ネズは彼と出会ってもう何年になるだろうと考える。
 互いに年をとったとか、急に互いをよく知ったとか、そういう事をひっくるめて、彼とスパイクタウンを近づけたのだろうか。

 マリィのジムリーダーとしての初シーズン、ネズは各地を飛び回って、チャレンジャーの補助活動をしていた。身軽になった今だからこそ出来るし、ガラルのトレーナーをより高みに引き上げたいと願うダンデの言葉に共感できたからだ。
 ネズだって、バトルが好きだ。ジムリーダーをやり続けられたぐらいには、バトル狂である自覚がある。そして、それを恥じることはなかった。バトルと、シンガーとしての活動と。二足のわらじで何が悪い。ネズは嘲笑う聴衆にハッと笑ってみせる。何が中途半端だ。何が敗北者だ。ネズは自分の力を信じている。独りぼっちで泣きたくなる夜もある。でも、何よりも、自分を信じていた。人はそれを気性が荒いと云う。だから何だ。ネズは叫ぶ。自分を信じて何が悪い。マリィの才能を信じて何が悪い。人は皆、深く信じれられるものをもっているだろう、と。

 キバナはネズと対極にいると判断されがちだ。だが、彼とてバトル狂なのは変わらないし、ナックルシティの宝物庫の番人としての性質もまた、ネズの固着と変わらない。似たもの同士だな。そう言ったのは、ダンデだったか、ホップだったか。あの兄弟もよく似ていた。
 本質を見抜く目。あの兄弟の特異はそれだ。故に、ダンデは勝利が見えるし、故に、ホップは真なる王となった。
 そんな兄弟にはキバナとネズが似たもの同士に見える。当たり前だろう。キバナは初めて聞いたとき、笑っていた。
 オレさまとネズは似たもの同士で、不安ばかりの、ただびとだと。尤もだった。

「なあネズ、夕飯の買い物してきちゃった」
 ネズの家に行きたい。そう言われて、ネズは呆れた。カラフルなネオンが光るスパイクタウン。ネズは言う。
「おまえならいつ来たっていいんです」
 わかりませんか。ネズの薄赤い口がちらりと覗く。キバナはそうだったなと目を垂らして、ネズの手を握った。
「冷たい」
「まあ、崖にいましたし、いま冬ですし」
「あったかいもん食べようぜ」
 時に。キバナが立ち止まり、振り返る。ネオンの光が放たれて、空中で混じり合い、不可思議な輝きで地面を照らし、キバナとネズを染め上げる。ああ、まるでキバナがおれのものになったみたいだ。そんなロマンチストじみた思考に嫌気が差した。
「なあ、夕飯食べたらバトルしようぜ」
 スパイクタウンなら夜も明るいだろう、なんて。仕事は片付けてきたんでしょうねと、ネズは呆れ返ったのだった。
 目をそらす。否なんて、言えなかった。

- ナノ -