キバネズ/どくのうた/優しさが毒だと知ってるネズさんと御託はいいからオレさまを見てほしいキバナさんの話/友情出演エリカさんがいます。
優しさとは毒である。
ネズはそれをよく知っている。優しさとは時に助けにもなるが、大概が身を蝕む毒である。その毒はやわらかく喉を締め、ぽきりと喉仏を破壊して、須らく息の根を止める。
だから嫌なんだ。ネズは思う。キバナの優しいだけの愛が嫌だった。
「ほんとに愛しているのなら、」
痛みだって、くれてもいいじゃないか。一人、ベッドのシーツの海で溺れた。
・・・
花が舞う。キバナの勝利で終わったエキシビションマッチ、最後の間際に相手が放ったはなふぶきに、あと一歩前に出ていたら危なかったと、フライゴンと共に冷や汗をかいた。ジョウトのジムリーダーだという彼女はたおやかに笑いながら、負けてしまいましたとやや残念そうに言う。
「本当にお強いのですね」
「ジョウトのジムリーダーにそう言っていただけて光栄だ」
「ふふ、こちらではバトルはエンターテイメントではありませんから」
その点でも、負けてしまいましたね。そう言いつつも、彼女は魅せるバトルに長けていたように思う。歓声の中、握手をした。
「恋人がいらっしゃるのですよね」
エキシビションマッチ後、記者の前での対談の後に言われて、ぽかんとする。
「え、なにそれ、どこ情報?」
「まあ、色々と。女性の噂話です」
「ルリナか……」
ふふと彼女は口元に手を当てて微笑む。時に、と彼女は言った。
「きちんと向き合えていますか?」
思わず、背の低い彼女の目をじっと見てしまった。失礼だというのに、目が離せない。からからと喉が渇く。
「どうしてそれを」
絞り出した声に、勘ですと彼女は穏やかに言った。
「迷いが見えました。バトル相手だからこそ見えたものですよ」
「はは、初めて戦ったのに、もうバレちまったか」
「ふふ、これでも勘は鋭い方なんですよ」
さて、と彼女は言った。
「恋人さんに会いに行った方がいいと思いますよ。恋人さんもきっと、キバナさんを恋しいと思っていることでしょう」
「そうかなあ」
嫌がれる気がする。そう言うと、それは勘違いというものですよとたしなめられた。
「キバナさんほどの殿方に愛されている御方が、愛を拒むわけがありません」
「……ルリナ、そこまで言ったのか?」
「いいえ。全部私の妄想に過ぎません」
でもきっと、そうでしょう。そう微笑んだ彼女に、参ったとキバナは頭を垂れた。
・・・
夕飯の材料を買ってネズの家に向かう。マリィと家を分かち、一人で暮らすネズの家に、恋人のキバナが住み着いたのは自然の成り行きだった。とは言っても、毎日帰るわけではない。メインはナックルシティのジムリーダーなのだから、当然だ。
スパイクタウンとナックルシティが隣同士で良かった。キバナは地理に感謝をして、ネズの家に合鍵で入った。
「ネズ?」
ひと気のない部屋。手持ち達が静かに座っている。ネズはどうした。そう言うと、タチフサグマがすっと寝室を指差した。
「ネズ、ネズ、入るぜ」
音を立てて寝室に入ると、シーツに包まるネズがいた。まだ夕方だというのに、否、もう夕方だというのに、彼は寝間着でシーツに溺れている。
「何してんだ」
何も手につかなかったんですよ。ネズはそうして不格好に笑った。エキシビションマッチをした彼女の得意な、たおやかな笑みとは対照的だった。
「痛みをください」
愛してください。そう言われて、キバナは言葉を失う。ネズはふるりとまつげを震わせて、キバナを見上げている。
「痛みだけが、救いなんです」
それこそが、愛しいと、思うことなのだから。キバナは目の前が真っ赤に染まった。
「愛して、優しくしてちゃ駄目なのかよ!」
「優しくって、勘違いしそうなんです」
「勘違いって何?」
おまえの。ネズは言う。
「おまえの唯一じゃないかと思ってしまうんです」
「オマエが一番なんだって!」
「違うでしょう」
ちがう、ちがう。ネズは首を振る。頭を振り、涙声を出す。
「おれはおまえの……」
いくらでもあるひとつがいい。優しいだけの愛なんていらないんだ。そんな独りぼっちの彷徨うような声に、キバナはひとりごちる。
「どうしてうまく伝わんないんだろ」
オレさまの一番はオマエだ。そんな声に、ネズはただ、否を唱えた。