キバネズ/忘却/たぶん続かない/CP要素は薄いです


 忘却と怨念は相反するのか。

 瓦礫の中。ネズが歩く。崩れかけたビルの中、誰もが止めたが、ネズはそこを歩いていた。タチフサグマを隣に、彼は歩く。ああ、ここに神様がいた。立ち止まる。そこにはゆらりと石に縋るジュペッタがいた。
「おまえのご主人ならもういませんよ」
 残念だけどね。ネズは息を吐く。白い煙に、今日は寒いなとネズは感じた。
「もうここは取り壊すんです。そして、新しいビルが建ちます」
 いいですか。その決定事項に、ジュペッタは石に縋りながら涙をこぼした。嫌なのだ。ゴーストタイプなのに、人より情に厚いのは、きっとそれだけトレーナーに愛されていたのだろう。
「ジュペッタ、すみません」
 おまえの神様を守れなかった。ネズの声に、ようやくジュペッタが顔を上げる。ネズをようやく認識した彼女はああとネズの足に擦り寄った。抱き上げると、そのままふわりと浮いて、頭を抱えるように撫でられる。
 ぼうや、ぼうや、大きくなったね。そんな声が聞こえた気がした。
「すみませんでした」
 おれの力不足だった。素直に認めれば、ジュペッタもまた素直にネズから離れた。ネズは壊れたモンスターボールの破片を拾うと、おまえはとつぶやいた。
「おまえはもう、あの人のポケモンではないんですね」
 モンスターボールを破壊した。それはトレーナーが亡くなったからこそできる荒技だ。それを、彼女は成し得た。
 それでも、彼女はただのポケモンになっても、墓石を守り続けたのだ。
「もう一度、言います」
 ネズは口を開いた。
「ここは取り壊されます。ですから、おまえを外に出さなければなりません」
 もしくは。
「無事に取り壊されるのを、守ってくださいませんか」
 墓を壊すことを見守れなど、残酷極まりない。だが、激昂したジュペッタに工事を邪魔されては、何が起こるか分からない。
 町のリーダーとして、ネズはそこにいた。ただの少年では、もうなかった。
 床に降りたジュペッタがネズを見上げる。
 ぼうや、よい大人になりましたね。そんな、"かみさま"の声が聞こえた気がした。


「ジュペッタを保護した?!」
「ええ、オニオンに会いに行きます」
 無事に解体工事が終わり、それから数日後。ジュペッタを見たキバナが、まじかと天を仰ぐ。ネズの隣をてててと歩くジュペッタは愛らしくも不気味だ。オニオンなら専門だから悪いようにはしないだろう。それにしてもとキバナは首を傾げた。
「ジュペッタなんて、そうそう野生にいないぜ? どうしたんだよ」
「まあ、色々あるんですよ」
「説明全放棄しないでくれよな!」
 ジュペッタがきょろりとキバナとネズを眺める。そして、ぽんと思いついたようにニシシと笑った。
 ぼうや、よい人をみつけたね。そんな声が聞こえてきそうだった。
「……古い、知り合いのポケモンだったんですよ」
「ふうん」
 キバナは意図を察したらしく、それ以上は何も言わなかった。ただ、しゃがみこんで、がしがしとジュペッタの頭を撫でた。
「おまえはご主人を新しく見つけるつもりか?」
 ジュペッタがふるりと頭を横に振る。そうかと、キバナの垂れ目が柔らかく溶けた。
「それなら、オニオンによく伝えておかないとな」
 なあネズ、そうだろう。キバナの声に、勿論ですとネズは頷いた。
「ジュペッタの最良の選択のために出し惜しみなどするつもりはありません」
「そうだよな」
 オマエはそういうやつだ。そう明るく笑ったキバナに、ジュペッタはニシシと笑い、ネズもまた、僅かに喉を鳴らしたのだった。

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