キバネズ/間違えない僕ら


 僕らは決して間違えない。それはもう、不思議なくらいに決められた運命だった。

 キバナが目を向ける先、ネズが歌っている。レコーディングスタジオのガラスの向こう。大きなヘッドホンをして歌う男が、儚く見えた。
 キバナに音は聞こえない。だが、監督だとかミュージシャン仲間だとか、そういう今回のアルバムに関わる人たちは皆、その音を聞いていた。疎外感が無いわけではないが、ネズが未熟な歌をキバナに聞かせるわけにはいかないと言ったので、不満はない。完璧主義ともとれる言い分だったが、ミュージシャン仲間などは、恋人にはかっこいい姿を見せたいんだと笑っていた。しぇからしかとネズが怒った辺りからして、図星なのだろう。優越感すら抱けた。

 もう一回。ネズが監督に言う。トライアンドエラー、いつだって、どんな職だってそうなんだ。監督はひっそりと教えてくれた。ちなみに手持ちのポケモンたちの中でカラマネロとストリンダーは部屋の外にいる。エスパータイプや音を操るポケモンは、レコーディング中はその精密な音の調整の間に体調を崩すことがあるらしい。同じ音を自分の意思を無視して何度も聞いていると、相当なストレスになるんですよ。繊細なポケモンは特に、である。ミュージシャン達やネズがそう教えてくれた。

 やがてレコーディングが終わる。しばらくは調整を続けて、新作ずくめのアルバムは来年になるだろうとのことだった。
「いい子で待ってましたね」
 そう言われて、キバナはそりゃオレさまだからなと笑った。
「いい子が取り柄みたいなもんだ。なあ、なんか食べるか飲むかしようぜ」
「いいですね、近くにパブがあるんですよ」
「そりゃ最高だ」
 スパイクタウンの町の奥、パブには程々に人がいた。おやと見渡せば、ネットやテレビで見たことのある顔がいくつかある。有名人の溜まり場ですよ、ネズはくつくつと笑った。
「SNSへの投稿はご法度ですから注意なさい」
「そりゃ怖いな」
 念の為、スマホロトムの電源を落としてテーブルに向かった。立ち飲みのスタイルで、小さなテーブルがいくつかと、商品をキッチンから受け取るテーブルがあった。
 ネズは気楽な様子で酒とつまみを注文する。おれと同じでいいですかと言われて、勿論と返事をする。慣れない場所なら、慣れているネズに任せるべきだし、彼なら意地悪もしないだろうと認識していた。


・・・


 スパイクタウンのネズの家に帰る。マリィはチャンピオンとワイルドエリアに泊まり込みで特訓をするらしい。だからこそパブに連れて行ってくれたのだろうとキバナは確信した。
 ネズとマリィの家は、ポケモンのグッズと音楽の機械と、家族愛に満ちていた。週末にしか帰らない両親は、ネズの成長と共に随分前から別居となったようだ。マリィを引き取ったのは彼女自身の意思と、何よりポケモンのことを学ぶためだったとネズはおいしいみずを片手に語った。
「先にシャワー浴びていいですよ、おれは少し酔いを冷まします」
「ん、わかった」

 シャワーを浴びて戻れば、ネズはまだおいしいみずを片手に椅子に座っていた。暖炉の火はコータスが着けたのだろう。褒めておくれとコータスが嬉しそうにしていた。
「ネズ、シャワー浴びて来いよ」
 そう声をかけると、おやもうですかとネズは顔を上げた。顔色は明るい。どうやら酔いは程良く冷めたようだ。
 シャワーを待つ間にミルクティーを作る。寝る前に飲むものではないが、心を落ち着かせるには丁度いい。ヌメルゴンがご主人ごはんはと擦り寄ってきたので、そういえばとネズに声をかけてから、フーズを彼らに渡した。

 ネズはシャワーから戻るとフーズありがとうございますと言ってから、キバナの淹れた紅茶を飲んだ。ほっと息を吐き、飲み終わったら寝ましょうかと言う。
「じゃあ、オレさまどこで寝ればいい?」
「あー、おれの部屋、片付いてないんで、すみませんがソファで寝てください」
「ベッドの上に書きかけの譜面とか広げてたらオレさま怒るからなあ」
「さっさと片付けますね」
「ほんとに広がってるのかよ」
 熱中すると本当に周りが見えなくなる。ネズの悪い癖だと言えば、ネズはふふんと笑った。
「そういうところも好きなんでしょう?」
 ねえ、ダーリン。あくタイプらしい笑みに、キバナはくつくつと笑った。
「当たり前だろ」
 おやすみハニー、良い夢を。そうしてキバナはネズを寝室へと送ったのだった。

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