キバ→(←)ネズ/ノイズ、レコード、リピート2/幸福になるわけにはいかないネズさんと、共に幸福になりたいキバナさんの話/まだ続く、かもしれない


 何と。何とを幸福と謂う。

 古いレコードがあった。機械に置いて、電源を入れる。そっと針を懐に忍ばせるかのように置くと、び、び、とノイズ音がした。ああ、駄目かもしれない。そう思いかけた時、音は流れ出した。譜面なんて無い。おそらくバーで録音されたそれは、その場限りのジャズだった。
 ネズはその音を聞きながら、譜面にメロディを起こす。レコードは物好きがまだ持っているが、じきに使われなくなるだろう。こうして音楽の保存と引き継ぎをするのも、ネズの音楽活動の一つだった。
 静かだった部屋に溢れる人々の囁きとジャズの音。時折、わっと声が上がるのは、ミュージシャンのパフォーマンスの結果だろうか。ネズはややうっとりと聴き惚れながら、譜面を綴る。
 ポケモンたちがのそのそと起きてきた。眠るには些か向かない音楽だからだろう。だが、彼らはネズが作業中だと分かると、そっと昼寝やボール遊びに戻った。特にカラマネロなどは、新入りのジグザクマにネズの活動を教えているような気配がする。よく出来たパートナー達だ。
 そっと、タチフサグマがパックのきのみジュースを差し出してきた。冷蔵庫にあった物だろう。冷たいそれにありがとうとキスを返して受け取った。

 譜面へ起こす作業を終えると、やっと一息つく事ができる。レコードは止まっていた。針が飛ぶことがなくて良かったとネズは安堵しながらきのみジュースを飲んだ。
「ネズ、いるかー?」
 ノイジーな野郎がきた。ネズはやや迷ってから立ち上がり、作業部屋を出て玄関へと向かった。
 マリィの成長と共に、家を別ち、一人とパートナー達で移り住んだ家は、どうにも古くて軋む階段のある、木製のアパートメントだ。共同の玄関を開く前に、がちゃりと鍵が空いてキバナが入ってきた。合鍵を作ったのかと言いかけて、ネズの背後にいるカラマネロがぽんと背を叩いた。どうやらよく出来たパートナーのエスパーの力らしい。後でよく言い聞かせるべきだと、ネズは説明することを決めた。
「あ、ネズいた! これさ、ナックルのベーカリーで売ってたベーグルなんだけど、食べようぜ」
「何でですか」
「美味いもんは一人より二人だ。ポケモンにも土産買ってきたからさ」
「ああ、そうですか」
 ひとまず二階の、ネズが借りたフロアに向かう。平均より高めのネズの身長でも平気な高さが確保されているが、キバナの背には足りないようだ。次に住むならオレさまが頭を打たない部屋がいい。そんな戯言を言うので、ネズはノイジーなやつと紅茶のための湯を沸かし始めた。
 キバナはトースターでベーグルを焼く間に新鮮な野菜とハムとチーズを用意する。それができたらポケモン達への土産だというポロックをネズに渡した。
「トレーナーから渡したほうがいいだろ?」
 特に警戒心の強いあくタイプのことだから。そんな気遣いに、どうもとネズは受け取るしかなかった。

 紅茶が入り、ベーグルサンドが完成し、ポケモンたちにポロックを手渡した。豊かな紅茶の香りに負けないベーグルサンドに、美味いですねとネズが呟くと、そうだろとキバナは笑った。
「絶対、気に入ると思ったんだ」
「そうでしたか、それはありがとうございます」
「嫌味っぽく言わなくてもいいだろお」
「嫌味にとってもいいですよ」
「褒めてくれたとしか思えないな!」
 ニッと笑う男に、ネズは何度目かのノイジーなやつとの柔らかな罵倒を彼に投げたのだった。

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